
ゼロから解説「賃上げ」の仕組み
Q&A で学ぶ今さら聞けない経済の基本知識 賃上げ編
賃金アップの鍵は何か?労働生産性から賃金決定の仕組みまで、経済の専門家が解説します。日本の賃金が上がらない理由と、その対策について一緒に考えていきましょう。

Q. 経済の勉強は何から始めればいいですか?
経済を勉強するなら、まず身近な「賃金」や「賃上げ」から始めるのがおすすめです。経済という言葉は、中国の古典から来た「経世済民」の略で、「民を救済する」という意味があります。つまり、人々の生活を安定させることが経済の根幹であり、その中心となるのが賃金収入です。
Q. 賃金はどのように決まるのでしょうか?
賃金を決める要素は主に3つあります。
1. 労働生産性:働く人がどれだけ価値を生み出せるか
2. 労働需給:人材の需要と供給のバランス
3. インフレ率:物価水準の変化
特に重要なのは労働生産性です。企業がどれだけ利益を出せるかが、従業員への分配額に影響します。日本企業は現在、過去最高の利益を更新していますが、それに見合った賃金上昇が実現していません。
Q. 日本の賃金が長い間上がらなかった原因は何ですか?
日本の賃金が上がりにくい大きな原因として、「労働分配率の低下」があります。労働分配率とは、企業の利益のうち、どれだけを労働者に分配しているかを示す指標です。データによると、大企業の労働分配率は50年前の水準まで下がっており、中小企業も30年前の水準まで低下しています。つまり、企業の儲けに対して、働く人への配分割合が減少しているのです。
また、日本の雇用システムも影響しています。日本では長期雇用が一般的で、景気が悪くなっても簡単に解雇されないかわりに、景気が良くなっても急激に賃金が上がることはありませんでした。この「雇用の安定性」を重視する慣行が、賃金の上下動を抑制してきたのです。
Q. 賃金と物価の関係はどうなっていますか?
最近のデータでは、賃金の伸び率が物価上昇率を上回り、実質賃金がプラスになったとの報道がありますが、これは一時的な現象です。この上昇は主にボーナスの増加によるもので、基本給はまだ物価上昇に追いついていません。
例えば、2023年6月のデータでは、物価の上昇率が3.3%に対し、基本給などの「決まって支給する給与」の伸びは2.2%にとどまり、実質的には1.1%のマイナスとなっています。企業はボーナスで還元しても、将来の不況に備えて基本給の引き上げには慎重な姿勢を示しています。
Q. なぜ企業は基本給ではなくボーナスで還元するのでしょうか?
企業が基本給よりもボーナスで還元する理由は、経営の柔軟性を確保するためです。基本給(ベースアップ)を上げると、将来にわたって人件費が増加します。一方、ボーナスは景気が良い時は増やし、悪い時は減らすことができるため、企業にとってリスクが少ないのです。
しかし、働く側からすると、将来の生活設計を立てるためには、安定した賃金上昇が重要です。家を建てたり、子どもを育てたりするには、長期的な収入の見通しが必要です。そのため、政府は持続的な賃上げを企業に促しています。
Q. 労働生産性を高めるにはどうすればいいですか?
労働生産性を高める要因は主に3つあります。
1. やる気:活力を持って働くこと
2. 能力:スキルや専門知識
3. 適材適所:自分の能力を最大限発揮できる職場や業種
ここで言う「やる気」には、与えられた仕事を一生懸命こなすだけでなく、自分のスキルアップや、より良い職場への転職も含まれます。特に若い世代は転職に積極的で、その結果として賃金も上がりやすくなっています。
Q. 若い世代と中高年では賃金の伸び方に違いがありますか?
データによると、企業規模によって賃金の伸び方に違いがあります。一般的には「大企業は賃上げをしているが、中小企業はできていない」と言われますが、実際は異なります。
2022年のデータでは、小企業の賃金伸び率が最も高く3%以上、中企業が2%以上だったのに対し、大企業全体では賃金が減少しています。ただし、大企業でも年齢層別に見ると、20代前半の若手の賃金は上昇しています。一方、30代後半から50代前半の中堅層の賃金は低下しており、全体の平均を引き下げています。
この傾向は、若い世代が転職に積極的なため、企業側も高い賃金を提示せざるを得ないことを示しています。対照的に、30代後半以降は転職市場での競争力が弱まるため、企業も賃金を上げる必要性を感じにくいのかもしれません。
Q. 日本の労働市場は変化していますか?
日本の労働市場は確実に変化しています。かつての「昭和型」の長期雇用モデルから、より流動的な労働市場へと移行しつつあります。特に若い世代は、3年以内に転職する割合が高く、これが結果的に若年層の賃金上昇につながっています。
専門家からは「人材が移動できる構造を作ることが重要」という指摘が15年以上前からあり、ようやく現実の動きとして表れ始めています。この変化を後押ししている要因としては、深刻な人手不足とインフレの2つが挙げられます。人手不足により企業間の人材獲得競争が激しくなり、またインフレにより実質賃金の維持・向上が課題となっているのです。
Q. スタグフレーションとは何ですか?
スタグフレーションとは、経済が停滞(stagnation)している状態でインフレーション(inflation)が進行する現象です。通常、景気が良い時にインフレが起こり、不景気の時はデフレになるというのが一般的な経済の法則ですが、これに反する状態がスタグフレーションです。
現在懸念されているのは、輸入物価の上昇によるインフレが進む一方で、賃金が追いつかず実質賃金が低下することで消費が減少し、さらに景気が悪化するという悪循環です。インフレ自体は適度であれば問題ありませんが、年率10%や20%といった高インフレは経済に深刻なダメージを与えます。
Q. なぜ中央銀行は2%程度のインフレ率を目標にしているのですか?
2%程度のインフレ率が目標とされる理由は、国際的な経済活動と関係があります。日本はエネルギーの約9割、食料の多くを輸入に頼っています。もし他国が2%のインフレで物価が上昇し続ける中、日本だけが物価上昇ゼロを維持すると、相対的に輸入品の価格が上昇し続けることになります。
そのため、物価も賃金も海外に遅れを取らないよう適度に上昇させることが、長期的な生活水準の維持には必要なのです。ただし、上昇率があまりに高くなると経済活動に混乱をもたらします。
Q. 日本の経済は今後どうなっていくのでしょうか?
日本経済には変化の兆しが見えています。2023年の春闘では33年ぶりの高い賃上げ率を記録し、設備投資もバブル崩壊直後の過去最高に近い水準まで回復しつつあります。「失われた30年」と言われた時代から、少しずつ前進し始めています。
今後は労働市場の流動性がさらに高まり、働く人々がより適材適所で能力を発揮できる環境が整っていくでしょう。それによって労働生産性が向上し、賃金の上昇、消費の拡大、企業収益の向上という好循環が生まれることが期待されます。
