
後編:女性幹部はなぜ増えないか?【成田悠輔】
日本型DEIの真の課題:形式ではない実効性のある多様性へ
ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン(DEI)は、現代社会における企業の重要なテーマである。しかし、この概念は単なる理念で終わってはならず、真に組織変革をもたらすものでなければならない。
特に日本において、DEIは単なる「お題目」としてではなく、経営戦略や社会変革に深く根ざした具体的なアクションが求められる段階に来ていると言えよう。
本稿では、職場におけるマイノリティが直面する壁から、マネージャーの役割、そして法制度が孕む問題まで、日本のDEIの現状と未来について考察する。
Q. マイノリティが職場で直面する具体的な障壁とは何か?
マイノリティの当事者は、自身のアイデンティティを開示するメリットを感じにくいケースが多い。しかし、キャリアに悩む後進や学生たちのロールモデルとして、自分らしく働き、夢を描ける社会の実現を後押しするため、自らが積極的に意思表示をするべきだと意識するようになる場合がある。カミングアウトを通じ、続く世代に希望を与える役割を担うこととなるのだ。
一方で、マイノリティが職場内で見えない壁に直面する場面も多い。企業間の取引において、同じ規模や業績を持つ企業同士でも、男性社長の会社は男性社長の会社と取引しやすいという研究結果がある。これは、ビジネスにおける意思決定が会議の場だけでなく、飲み食いを伴う会食や会議後の雑談など、非公式な付き合いを通じて進むことが多いことに起因する。
こうした「男性同士」のインフォーマルなネットワークから疎外されることは、マイノリティのキャリア形成において不利な状況を生み出す。会議で発言できても、その後の密室的な情報共有の場に入れないといった経験は、まさに「そこにいても会話に入れない」という、心理的疎外感を伴う障壁なのである。
Q. 能力に男女差はないのか?
「女性が組織の上に立つことのメリットやデメリット、男女間で能力差はあるのか?」という問いが高校生から寄せられた。これは、男女間に能力差があるというステレオタイプを前提としている点で危険な問いである。実際、学術的な研究によれば、事前に「女性は数学が苦手」と暗示されると、実際に数学のテストの点数が低下する「ステレオタイプ脅威」と呼ばれる現象が存在する。これは、外部からの思い込みが個人のパフォーマンスを大きく阻害しうることを示唆する。
男女の間に違いは確かにある。しかし、それが直接的な能力の差に繋がるわけではない。重要なのは、性別による違いを能力差と結びつけず、あらゆる個人が持つ能力を最大限に発揮できる組織を構築することこそが経営課題なのである。
企業がマイノリティをボードメンバーに迎える場合、ある程度の数(3人以上とされることが多い)がいなければ、その声が組織内で埋もれてしまうという研究もある。多様な声が組織に届き、議論に反映されることで、意思決定の質を高め、組織全体のパフォーマンスを向上させることができるだろう。
Q. マネージャーがDEI推進で果たすべき具体的な役割とは何か?
DEI推進において、現場のマネージャーは「最も身近なトップ」として極めて重要な役割を担う。マネージャー自身が明確に自らの立場を意思表示することが不可欠である。
例えば、堀江貴文氏のノートパソコンにLGBTフレンドリーの象徴であるレインボーフラッグのシールが貼ってあったというエピソードがある。このような何気ない行動でも、「私はLGBTフレンドリーです」という意思が明確に伝わり、当事者が相手への警戒感を解き、安心してコミュニケーションをとれるようになるという。
また、マネージャーは無意識のバイアスにも敏感でなければならない。ある経験談では、若手マネージャーが子育て中の社員を考慮せず午後5時にミーティングを設定し、上司から叱責されたという。これは、多様なライフスタイルを持つ社員がいることへの配慮が欠けていたためである。マネージャーはDEIを意識的に訓練し、多様な働き方を促進するための環境整備を行う必要があるのだ。
マネージャーによる積極的なアライシップ(味方としての意思表示)と、インクルーシブな職場環境への配慮が、心理的安全性の確保と、最終的な組織全体の生産性向上に繋がるだろう。
Q. 日本社会においてDEIを阻む法制度上の課題は何か?
日本においてDEI推進の大きな壁となるのは、未整備な法制度である。現在の日本では、性的指向や性自認を理由とした解雇や差別を明確に禁止する法律が存在しない。これは企業や個人の努力だけでは埋めきれない構造的な問題であり、国レベルでの法整備が急務と言える。
さらに、同性婚が法的に認められていない点も深刻な問題だ。異性カップルには保障されているパートナーが死別した場合の年金受給権や遺産相続権が、同性カップルには適用されない。これは「特別な配慮」を求めているのではなく、異性カップルと同じレベルの「権利の平等」を求めているのである。こうした問題は国が制度を改めることでしか解決できない。
子育て環境においても、日本社会の歪みが浮き彫りになる。「日本では子供を産めないから海外転勤したい」と訴える女性社員の言葉は、育児支援制度の不十分さ、労働環境の厳しさなど、日本の現状が個人のライフプランに深く影響を与えていることを示す。多くの有能な女性社員が、本質的でない社内力学や非生産的な会議文化に嫌気がさし、自発的に組織を離脱する傾向も無視できない。これは日本が出生率向上に取り組む中で直面する最も深刻な課題の一つだと言えよう。
Q. 「多様性」の概念にはどのような落とし穴があるのか?
「多様性」やDEIという概念は、一見すると「良いこと」のように聞こえるが、その扱いは慎重でなければならない。成田氏が指摘するように、アメリカではDEIの推進が行き過ぎ、「逆差別」を生んでいるというバックラッシュの動きすら見られる。日本はその議論において「半世紀遅れている」状況であり、まずは行き過ぎと批判されるレベルまで、DEI推進を強力に進める必要がある。
また、「多様性」という言葉自体が曖昧で、具体的な定義がなされないまま使われることに危険性が潜む。例えば、男女比の改善にばかり注力しすぎた結果、その他の属性(国籍、学歴、身体能力など)に関する差別や区別が悪化する可能性もあるのだ。ある特定の属性の多様性ばかりを追求すると、結果として「金太郎飴」のように同質な組織ばかりになり、真の多様性が失われる恐れもある。
DEIは、単なる人権問題としてではなく、「経営のサステナビリティ(持続可能性)」の観点から捉えるべきである。マジョリティだけでビジネスが立ち行かなくなる現代において、多様な人材がそれぞれの能力を最大限に発揮できる組織こそが、持続的な成長を実現する鍵となる。これは企業経営に不可欠な戦略なのである。
さらに、インクルージョン(包摂)の概念は、将来的に人間社会の枠を超え、動物や自然にまで拡大する可能性を秘めている。既に一部の国では、川に「人権」を認め、川の汚染に対して代理人が裁判を起こすといった事例もある。これは、DEIが単なる属性の多様性確保に留まらず、地球上のあらゆる存在の権利と共存を問い直す壮大なテーマへと進化していく未来を示唆している。
