
猿田彦珈琲 資本金ゼロからの成長ストーリー【大塚朝之】
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2025年11月22日
コーヒービジネスを起業する竹内由恵がスモールビジネスのノウハウを学ぶ第二弾。竹内自身が目標と掲げる猿田彦珈琲の創業者・大塚朝之が出演し波乱万丈の成長ストーリーを語る <出演者> 竹内由恵(renag coffee代表/フリーアナウンサー) https://note.com/renag_coffee...
猿田彦珈琲はいかにして「目標とされる存在」となったのか? その情熱と戦略の秘密に迫る
「猿田彦珈琲さんみたいになりたい」。数多くの起業家がそう口にし、コーヒー業界の憧れの存在となった猿田彦珈琲。その創業者の大塚朝之代表は、しかし自身の成功について驚くほど謙虚だ。「褒められ慣れていない」「裏があるのではないかと社内で勘ぐってしまう」。そう語る彼の言葉の裏には、俳優時代の挫折、そして一歩ずつ手探りで事業を拡大してきたからこそ持続する「危機感」があった。
本稿では、大塚代表が資本金ゼロから恵比寿に1号店をオープンするまでの波乱万丈な道のり、そして「品質は落ちても、全体としては上がっている」という彼独自の経営哲学に迫る。成功の秘訣は、単なるコーヒーの味だけではなかった。
Q. 猿田彦珈琲が多くの人々に目標とされる存在になった背景は何なのか?
猿田彦珈琲は現在、多くの人々に憧れられ、「あの会社のような存在になりたい」とまで言われるほどの地位を確立している。しかし大塚代表自身は、その成功に対して実感が乏しいと語る。「褒められ慣れてなさすぎて、何の裏があるのだろうと思うほどだ」と謙遜する姿勢からは、現在の地位に安住することなく、常に事業の持続可能性を自問自答し続けている経営者の真摯な姿がうかがえる。
彼は「何かを掴んだ」という感覚が全くなく、「この事業は本当に成立するのか?」と常に自社に問いかけている。特に、開業当初とは環境が変化した今でも、自身の事業モデルが成立し続けるかを疑う。「今でもめちゃくちゃ思っている」という言葉は、彼が成功を決して一過性のものとせず、現状に満足しない「常に問い続ける」経営者であることを示している。このストイックな姿勢こそが、猿田彦珈琲を目標とされる存在たらしめているのかもしれない。
Q. 俳優からコーヒー事業への転身はどのような経緯で決断されたのか?
大塚代表のコーヒー人生は、俳優としての挫折経験から始まった。10代後半から20代前半にかけて、年間100回以上のオーディションに挑み、その大半が不合格という日々であった。お金もほとんどなく、コンビニの廃棄弁当をもらうような生活で、社会との繋がりを失いノイローゼ気味になっていた。
そんな中で、彼にとって唯一の居場所が「スターバックス」であった。毎日2~3回も足を運び、そこで社会との繋がりを感じていたという。同時期、2000年代初頭の沖縄での映画撮影中に、フルーツのような味わいのスペシャルティコーヒーに出会い衝撃を受けた。
スタバでアルバイトができなかった彼は、幼稚園からの親友が店長を務めるコーヒー豆専門店「ナンバ屋」で働き始めた。そこで高品質なブラックコーヒーと出会い、「この素晴らしい豆を、スタバのように顧客が直接コーヒーを飲む形で提供すれば、もっとダイレクトに魅力を伝えられるのではないか」と考えるに至った。これが、豆屋ではなく「飲ませるカフェ」というビジネスモデルの着想となり、コーヒー店の開業を決意する決定的な転機となったのだ。
Q. 資本金ゼロからの恵比寿出店はどのように実現したのか?
「資本金ゼロ」。貯金もほとんどない状態での起業は困難を極めた。当初は金融機関からの融資も望めず、まず彼はかつての同僚から100万円の支援を受け取った。そこから母親と兄に協力を懇願し、さらには親戚や友人にも連絡を取り資金を募った。当時の友人には「今10万円を貸してくれないなら、君はもう僕の友人ではない」と半ば脅迫じみた口調で助けを求めたと苦笑いする。こうした周囲の人々からの協力と情熱を基に、恵比寿の一等地に店舗を構えることを決意する。
恵比寿という立地を選んだのは、自身の「根性のなさ」が理由だ。高価なエスプレッソマシンなどの初期費用を回収するためには、一日あたり187杯というコーヒーを販売する必要があることを計算していた。これほどの数を売るには、必然的に人通りの多い「良い場所」が不可欠だと判断したのだ。一歩路地裏に入ってしまうと成立しないビジネスモデルであることを理解していたため、家賃が高くても集客力のある場所を選んだという。
店舗はほとんどDIYで、費用を抑えるために友人たちが無償で手伝ってくれた。工事が遅れ、オープン予定日を何度も変更せざるを得ない状況に陥ったが、これが意外な結果をもたらした。地域住民からは「いつオープンするんだ」「あの店は大丈夫か」と心配の声が上がる一方で、徐々に「まだやすりをかけているぞ、一体いつ始まるんだ」という期待感が募っていった。結果、オープン初日には400人もの客が来店し、異例の成功を収めた。
オープン直後に地方金融機関から350万円の融資を受け、大塚代表は綿密な赤字計画を立てる。1年半の間、月10万〜15万円程度の赤字を許容し、その期間に店舗経営を安定させることを目標とした。開業当初は夜間に自ら工事を行いながら店舗運営を続けたが、この計画通り、1年半後には黒字化を達成する。まさに「見切り発車」から緻密な計算に基づいた成長を遂げた創業期であった。
Q. 「店舗を拡大すると品質が落ちる」という通説に対し、どのように考え、実行しているのか?
店舗を拡大する際に懸念されるのが「品質の低下」だ。しかし、大塚代表は「極論言うと品質は落ちているが、全体としては品質を上げている」と矛盾するような言葉でこの問いに答える。新しく入社した従業員が淹れるコーヒーが、経験豊富なチャンピオンレベルのバリスタと同じ味を出せないのは当然のことである。この「一杯の味」という観点で見れば、品質は一時的に「落ちる」というのだ。
しかし、猿田彦珈琲が提供する体験全体の品質は常に向上させている。使用する豆の品質、焙煎技術、従業員教育といった組織全体としての基盤を絶えず改善しているのだ。彼らはAKB48のビジネスモデルからヒントを得たと語る。AKB48がデビュー当時から、ファンに成長の過程を「応援させる」ことで熱狂的な支持を得たように、猿田彦珈琲も顧客に店舗と従業員の「成長物語」を共有させることで、長期的なファンを築き上げてきた。
完璧でない状態であっても、愚直に、真摯に成長していく姿勢をお客様に見せる。その上で「お客様へのホスピタリティ」を最も重視し、「ここに居場所がある」と感じてもらえるような温かい空間作りを心がけている。単なる味だけでなく、そうした顧客体験全体を磨き上げることで、「品質は落ちるが、上がっている」というパラドックスを成り立たせ、持続的な成長を実現しているのである。
Q. 競争の激しいコーヒー業界において、どのように独自の地位を築いてきたのか?
大塚代表は、創業の原体験から「スタバより美味しいコーヒーを提供したい」という強い思いを持っていた。しかし、単に味を追求するだけでなく、かつての自身がスタバに居場所を求めたように、多くの人々にとってアクセスしやすい「居場所」を創造することに重きを置く。高品質なスペシャルティコーヒーを手が届く価格で提供し、顧客に「もう一杯飲みたい」と思わせるような店作りを目指した。それが店舗拡大へと繋がり、価格を下げられるという好循環を生んだ。
大塚代表は、今の時代、顧客はコーヒーの「美味しさ」だけを求めているわけではないと考えている。彼の顧客層で最も売り上げを支えているのは「一番安い価格帯のコーヒー」であり、これは高価格帯の商品よりも、より多くの人が日常的に利用できる「居場所」としての価値を重視していることの裏返しである。徹底した顧客理解と、誰もが気軽に楽しめるホスピタリティ精神。これが、競合がひしめくコーヒー業界において猿田彦珈琲が独自の地位を築けた理由と言えよう。
