日本再興ラストチャンス
後編:成田悠輔と考えるデータ活用
(1)
761回視聴
2023年1月18日

【collaborated with 経済同友会】 日本再興ラストチャンス。日本が失われた30年を経て、これからどのように経済を再興するべきなのか。経営者と有識者と対談を通じて、日本再興に向けた具体的なアクションプランを発信していく。 【Sponsored】
社会保障費130兆円を「巨大成長産業」へ、データが描く幸福な未来とは?
日本が抱える年間130兆円という莫大な社会保障費は、もはや単なるコストと捉えるべきではない。急速な高齢化社会の先進国である日本には、そのノウハウを世界に輸出し、新たな市場を創造する大きなポテンシャルが眠っている。しかし、データに基づいた効果的な政策立案(EBPM)は現状多くの課題に直面している。本稿では、この巨額な社会保障費を「巨大成長産業」へと変革し、最終的に人々の「幸福度」を高める社会システムを構築するために、データがどのような役割を果たし、いかに活用すべきかを議論する。企業経営、官僚制度、個人の生き方にまで踏み込み、データによって日本の未来を再デザインする可能性を探る。
Q. 毎年130兆円に上る日本の社会保障費、その真のポテンシャルとは何だろうか?
年間130兆円という巨額な社会保障費は、一見すると日本の財政を圧迫する重荷と見なされがちだ。しかし、この数字を「巨大な成長産業」として捉え直す視点が重要となる。防衛費の20年分に相当する規模の市場は、コスト削減だけでなく、新たな価値創造の機会を提供する。この領域にたった1%でも事前予防の投資を回せれば、1.3兆円もの新しい市場が生まれる計算だ。例えば、現在進行形で介護保険制度は、要介護度が重くなるほど事業者の収入が増える「逆インセンティブ」の状態にある。だが、デジタル技術を用いた重症化予防サービスに対し、費用削減効果に応じて報酬を支払う仕組みを構築できれば、民間企業の参入が加速し、大きなビジネスチャンスが生まれる可能性を秘めている。
また、日本は世界でも類を見ない超高齢化社会を経験している。ここで培われた高品質な医療・介護のノウハウは、今後同様の道を辿るであろうアジア諸国にとって貴重な「切り札」となる。単なるサービス輸出に留まらず、予防医療の知見や効果検証のシステムそのものをパッケージとしてグローバルに展開することは、日本経済の新たな柱になりえるだろう。
Q. 社会保障におけるデータ活用の必要性が叫ばれているが、現在の国や自治体にはどのような課題があるだろうか?
データに基づいた政策立案(EBPM)の重要性は認識されつつあるものの、国や自治体での実装には大きな障壁が存在する。特に、国が主導する効果検証においては、「結論ありき」の分析に陥りやすい傾向が指摘される。これは、既存の政策を正当化するための証拠を集める「ポリシーベース・エビデンス」となりがちだ。こうしたバイアスを避けるためにも、政府から独立した第三者機関が中立的な立場でデータ分析を行うことが不可欠となる。公正なデータが提供されて初めて、真に効果的な政策が検討できるようになるのだ。
また、自治体の成功事例が全国規模で横展開されないことも深刻な課題だ。ある自治体で糖尿病腎症の予防プログラムが効果を上げたとしても、他の自治体がそれを導入するには議会の承認など煩雑な手続きが必要となり、担当者にとってメリットが少ない。さらに、医療や教育に関するデータは各自治体に分散されており、互いに連携されないため、単体での分析には限界がある。国は、医療費削減など明らかな効果が期待できる施策の横展開を義務付け、不実施の自治体にはペナルティを課すなどの大胆な介入も視野に入れるべきだろう。同時に、自治体を跨いだデータ連携の基盤を整備し、成功事例や研究成果を一元的に集約・流通させるプラットフォームの構築が求められている。
Q. なぜアメリカではEBPMが進展している一方で、日本では組織デザインが障壁となっているのだろうか?
アメリカでEBPMが進展する背景には、制度と民間資金が強力に連動する仕組みがある。オバマ政権以降、一定規模以上の政策導入にはエビデンス提出が法制化され、データに基づく政策決定が半ば自動的に行われる。また、ゲイツ財団やザッカーバーグ財団のような巨大な民間資金提供者が、効果検証の結果を基に多額の投資を行うことで、効果の高いプログラムが急激にスケールアップする好循環が生まれている。チャータースクールの成功がその典型的な例と言える。
一方、日本の官僚組織では、長期的なEBPMの推進を阻む複数の組織的な課題がある。第一に「単年度予算主義」だ。長期的な視点が必要なデータ分析や効果検証が、短期的な予算サイクルによって断絶してしまう。第二に、官僚の人事評価制度は「予算を多く獲得した者」を高く評価し、「効果を多く出した者」ではないため、効果検証を行うインセンティブが欠如している。第三に、専門家が2〜3年で異動する「ジョブローテーション制度」も深刻だ。デジタルやデータのような深い専門性が求められる分野では、ノウハウが蓄積されず、人材が育ちにくい構造にある。これらの問題は、データ活用の基盤となる組織デザインそのものに深く根差している。
Q. 個人の幸福度は健康寿命に影響するとのことだが、現代社会において幸福度を高めるためには何が重要となるだろうか?
「幸福な人は不幸せな人よりも7年から10年健康寿命が長い」という修道院の日記を分析した研究結果が示唆するように、個人の幸福度は健康に直結する。健康を意識するだけでなく、科学的なアプローチでウェルビーイング、つまり幸福度そのものを高めることが、結果的に医療費や介護費の削減に繋がる可能性を秘めているのだ。例えば、「笑いの多い介護施設」にインセンティブを与えるなど、幸福度を指標とした政策転換も検討されるべきだろう。
また、「人は所属する居場所の数が多いほど幸福度が上がる」というデータもある。これは、人生100年時代を迎えるにあたり、特定の会社コミュニティだけに依存する生き方の危険性を示唆している。引退後に社会とのつながりが断絶すれば、幸福度は著しく低下するだろう。そのため、現役時代から副業や兼業を通じて、会社以外の複数の居場所やコミュニティを持つことが極めて重要となる。ある企業では、60歳前後の社員に副業を積極的に奨励した結果、地方の企業で社長になったりNPO活動に尽力したりと、新しい人生を歩む事例が生まれたという。こうした複数の居場所の確保は、引退後の幸福な生活を送る上でのリスクヘッジとなるだけでなく、生涯にわたる成長と充実感をもたらすだろう。
Q. 幸福度のデータ化が進む社会で、企業経営や社会システムはどのように変わっていくと予想されるだろうか?
データによる幸福度の測定と向上は、企業経営にも大きな影響を与える。従業員の幸福度やモチベーションは企業のパフォーマンスに直結するからだ。従業員サーベイを通じて実態を把握し、その結果を経営にフィードバックすることは、離職予防といった予防領域で大きな効果を発揮する。データから従業員のコミットメント低下を早期に察知し、顕在化する前に対策を講じることが可能となるだろう。これは、単に企業利益のためだけでなく、従業員のウェルビーイング向上に貢献する。
最終的な目標は、社会保障から人生のデザインまでを包含し、デジタルとデータを活用して「幸福そのもの」を再デザインする「幸福のデータ科学」を確立することにある。日本のある老舗企業は、創業以来の「三方よし」の精神を、グローバル展開に合わせて「患者(Patient)・従業員(People)・地球(Planet)」の3つのPとして現代的に再定義し、多様な社員の求心力としている。この事例が示すように、データに基づき「何が皆の幸せに繋がるか」を判断し、行動の指針とすることは、企業や社会全体を正しい方向へ導く鍵となる。短期的には個別施策のPDCAサイクルを回し、長期的には幸福そのものをデータで解明し、より良い社会システムの構築へと繋げることが、日本の目指すべき未来と言えるだろう。