日本再興ラストチャンス
成田悠輔×プロ経営者3人(後編)
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2022年12月31日

【collaborated with 経済同友会】 日本再興ラストチャンス。日本が失われた30年を経て、これからどのように経済を再興するべきなのか。経営者と有識者と対談を通じて、日本再興に向けた具体的なアクションプランを発信していく。 【Sponsored】
「変化の遅さ」は「伸びしろ」か?日本の潜在能力を解き放つ鍵とは
ゲストが指摘する「日本社会の変化の方向性は間違っていないが、その速度があまりに遅い」という課題は、多くのビジネスパーソンが感じているかもしれない。2021年の正社員の転職率はわずか2%台に留まり、雇用の流動化も未だ始まったとは言い難い状況にある。
しかし、この「遅さ」を悲観的に捉えるだけでは何も始まらない。むしろ、まだ見ぬ変化のポテンシャルを秘めた「伸びしろ」と解釈することも可能だ。では、この日本の潜在能力を最大限に引き出し、新たな成長の機会に変えるための具体的な戦略とは何だろうか。
Q. 日本の変化の速度が遅いという課題は、具体的にどういった影響を及ぼしているのか?
日本の社会や企業における変化の方向性は概ね正しい。例えば、雇用の流動化はその必要性が叫ばれて久しいテーマの一つである。しかし、他国と比較するとその進行速度が極端に遅く、いわば「一桁違う」状況にある。これは、イノベーションの創出や競争力の向上といった点で大きな足枷となり、結果として国全体の経済成長を阻害する要因となっている可能性が高い。
実際、日本の正社員の転職率は長らく低水準で推移し、社会全体の流動性は依然として低いままである。一方で、プロフェッショナル人材や経営層では緩やかに流動化が進んでいる。この「変化の方向は正しいが速度が遅い」という根本的な課題に真剣に向き合うことが、日本が国際社会での地位を保ち、さらなる発展を遂げるための出発点と言えるだろう。
Q. 日本人が「優秀なのに自虐的」であることは、成長の足かせとなるか?
日本で働く人々は非常に優秀であり、勤勉さや規律性は世界的に見ても群を抜いている。しかし、自己表現が苦手であったり、自分に対する評価が他国の人々に比べて自虐的であったりする傾向が見られる。例えば、アメリカのビジネスパーソンが「自分にはこの仕事ができる」「このチャンスが欲しい」とストレートに主張するのに対し、日本人は失敗を自分の能力不足と捉えがちである。
このような特性は、本来持つ高い能力や潜在的な才能を発揮する機会を自ら制限することに繋がりかねない。日本の人材は基本的な能力が高いため、もし自信を持ち、積極的に自分の意見や意欲を表明できるようになれば、個人レベルだけでなく国全体としても、より大きな飛躍を遂げる潜在能力を秘めていると言えよう。このマインドセットの変化が、日本の持つ大きな「伸びしろ」の一つである。
Q. 企業が「人的資本経営」を本気で実践するには何が必要か?
人的資本経営は単なる流行語や表面的な取り組みで終わらせてはならない。人を「コスト」ではなく「資本」として捉え、その価値を最大限に高めるという本質的な理解が経営層に求められる。具体的には、まず各社員の持つスキルや潜在能力、市場価値を可視化し、客観的に評価する仕組みを構築する必要がある。その上で、個々の社員と対話し、彼らがどのようなキャリアプランを描いているのかを深く理解することが重要である。
次に、そのキャリアプランの実現に向けて、会社としてどのような教育投資を行い、どのような成長機会を提供できるかを具体的に示す。社員側も自己投資の意識を持ち、企業と個人が協力して人材価値を高めていくサイクルを築くべきだ。この地道な取り組みこそが、結果として健全な人材の流動化を促し、組織の活性化、ひいてはイノベーション創出に繋がる。「資産価値が上がらない人材」への向き合い方も経営課題となる。
Q. アメリカ型「ハイパー流動化」の二極化社会を避けるため、日本独自の幸福とは何か?
アメリカ社会は特定の専門職にとっては「楽園」だが、その一歩外に出ればインフラの貧弱さや差別が存在する「地獄」も存在する。極端な「ハイパー流動化」や生産性至上主義は、往々にして「持つ者と持たざる者」の大きな二極化を生み出す。この姿は、日本が安易に目指すべきものではないだろう。
日本はGDPや株価といった既存の経済指標のみを追い求めるだけでなく、治安の良さ、高い衛生水準、健康寿命、充実した教育や医療システムなど、独自の価値を国民が認識し、共有すべきである。これらの非経済的な指標を可視化し、総合的に国の豊かさを測る「幸せのダッシュボード」を設計することが求められる。これが日本の国としての明確な目的設定となり、日本らしい持続可能な幸福の形を追求する上で不可欠な視点となる。
Q. 未来の日本を形成する上で、教育の果たすべき役割とは何か?
明治維新期の日本が急速な近代化を成し遂げた背景には、数多くの寺子屋が存在し、地域や職能に応じた多様な教育が民衆に浸透していた事実がある。画一的な教育から脱却し、現代の社会変化に対応した「令和版の寺子屋」とも呼ぶべき多様な学びの場を創出することが、日本の次の爆発的な成長への鍵となる。これには、企業が将来の経営を担うリーダー層を育成する教育(ロッテ大学のような取り組み)と、デジタルツールを活用した全社員のポータブルスキル研修の両面が重要だ。
また、子供から大人まで、異質な環境に飛び込み「カルチャーショック」を体験する機会が不可欠である。異文化や慣れない状況に一人で身を置くことは、自己の価値観を破壊し、サバイバル本能を刺激することで脳を猛烈に活性化させ、結果として自身の生き方や価値観を再構築する大きな契機となる。留学に限らず、日常生活から一歩踏み出した異体験が、個人と社会全体の変革を促す原動力となるだろう。