ルイ・ヴィトンが"欲しくなる"カラクリ【ピエール=イヴ・ドンゼ×木村敬子】

世界の名だたるラグジュアリーブランドをビジネス視点で分析する「ブランド超分析」。「エルメスvsルイ・ヴィトン」の後編は、誰もが知る王者ルイ・ヴィトン。買えないことで価値を高めるエルメスに対し、ヴィトンは「買える」ことで世界一のブランドになった。経営史家のドンゼ教授と、ラグジュアリー業界を追うアナリス...
ルイ・ヴィトンはいかにして世界最大の帝国を築いたのか?伝統と革新を両立するラグジュアリー経営の神髄
世界最高峰のラグジュアリーコングロマリットであるLVMHの頂点に君臨するルイ・ヴィトン。
かつてパリの片隅で創業した旅行用トランク工房が、いかにして世界中を熱狂させるメガブランドへと進化を遂げたのか。
その成長の軌跡には、緻密な日本市場戦略、コングロマリットによる巧みなブランド再生手法、そして時代の空気を捉え続ける破壊的イノベーションが存在する。
本稿では、ルイ・ヴィトンとLVMHが実践するビジネスモデルの深層に迫り、直面する価格戦略の課題や今後のラグジュアリービジネスの行方を解き明かす。

Q. ルイ・ヴィトンが世界的な巨大ブランドへと飛躍した背景に、なぜ日本市場が深く関わっているのか?
19世紀末にトランク職人として産声を上げたルイ・ヴィトンは、1970年代前半まではパリの比較的小規模なメゾンに過ぎなかった。
この転換点となったのが、1970年代のニクソン・ショック以降に進んだ急激な円高と日本市場の台頭である。
当時、為替差益を狙った並行輸入業者が安値で商品を大量に流通させ、ブランド価値の毀損が深刻な問題となっていた。
危機感を抱いたルイ・ヴィトンは日本法人を立ち上げて自前の直営輸入・流通体制へと舵を切り、百貨店内に独自の直営店舗を次々と構えた。
この徹底した直営管理による価格統制こそが、現在に至るグローバルなブランドマネジメントの基礎となったのである。
さらに、ルイ・ヴィトンは日本の20代の働く女性層に着目し、彼女たちが購入しやすい財布やキーホルダーなどの小型革小物を戦略的に投入した。
手が届く高級品というアクセシブル・ラグジュアリーの路線を確立し、爆発的なヒットを記録した。
日本で確立されたこのビジネスモデルは米国やアジア各国へと移植され、世界的メガブランドへの飛躍を決定づける原動力となった。
Q. 75以上のメゾンを束ねるLVMHの「スターブランド戦略」とはどのような仕組みなのか?

LVMHは、基幹ブランドであるルイ・ヴィトンが生み出す潤沢なキャッシュフローを元手に、次々と歴史あるメゾンを買収・再生するプライベート・エクイティのようなポートフォリオ経営を推進している。
単一ブランドに依存する体制では流行の浮き沈みが業績に直結するが、多角化されたポートフォリオを形成することでグループ全体の強固な財務安定性を実現している。
傘下のメゾンを再生させる基準として、総帥ベルナール・アルノーは「タイムレス」「現代性」「高成長」「高収益」という4つの条件を定めている。
歴史や伝統といった時間は金で買うことができないため、長い歴史を持つ老舗ブランドを買収によって獲得する。
その伝統に対して、気鋭のデザイナーの招聘やデジタル化、大胆なプロモーションといった現代的なエッセンスを惜しみなく注入する。
これにより、低迷していた老舗ブランドを短期間で高成長かつ高収益なスターブランドへと蘇生させるのである。
さらに、香水や時計などの研究開発・生産ノウハウをグループ内で相互活用し、迅速な事業拡大を可能にするシナジー構造も確立している。
Q. 希少性を売るエルメスと認知を広げるルイ・ヴィトンでは、収益構造や投資戦略にどのような違いがあるのか?
同じフランス発祥の老舗でありながら、エルメスとルイ・ヴィトンの収益構造および投資方針には明確な思想の違いが存在する。
両者の売上原価率は約30%前後と同水準であるが、販管費の比率においてLVMHはエルメスよりも大幅に高い水準を維持している。
この差を生み出している最大の要因が、積極的なマーケティング投資と巨額の広告宣伝費である。
エルメスが職人による生産上限を守り、過度な広告を打たずに「夢と希少性」で自発的な来店を促すのに対し、ルイ・ヴィトンはアクセシブルな顧客層の関心を惹きつけ続けるために絶え間ない話題作りを必要とする。
したがって、大規模な広告キャンペーンを展開するとともに、単なる商品告知にとどまらない体験価値の創出に巨費を投じる。
その象徴的な例が、商業施設「GINZA SIX」へのファンドを通じた出資に見られるような建築や都市空間への大規模投資である。
洗練された空間そのものを設計し、街区レベルでラグジュアリーな世界観を演出することで、幅広い層の消費者を強烈に惹きつける仕組みを構築している。
Q. 伝統的な高級ブランドでありながら、ストリートカルチャーや現代アーティストと果敢にコラボレーションする理由は何か?
ルイ・ヴィトンは1997年にマーク・ジェイコブスをデザイナーに迎えてプレタポルテへ本格参入して以来、革新的な変革を繰り返してきた。
その根底には、革製品専業のままでは成長に限界が生じるという危機感と、顧客層の高齢化を防ぐという明確な経営戦略がある。
クラシックな伝統のみを守り続けるブランドは、既存顧客とともに年老いてしまい、やがて市場での求心力を失う。
この老化を防ぐため、ルイ・ヴィトンは草間彌生をはじめとする世界的現代アーティストや、ストリートブランドのSupremeなどとの異色コラボレーションを果敢に仕掛けてきた。
さらに、ヒップホップ界の大物であるファレル・ウィリアムスをメンズのクリエイティブ・ディレクターに抜擢するなど、既成概念を打ち破る人事を断行している。
100年以上の歴史を誇るモノグラムという揺るぎない核を守りつつ、表面の表現を時代の最先端へと絶えずアップデートする。
この「守りつつ攻める」両利きの姿勢こそが、若年層の熱狂を呼び覚まし、ブランドの鮮度を常に最高潮に保ち続ける要訣である。
Q. 原材料高騰や顧客の購買力低下に直面する中、ラグジュアリーブランドはどのような価格戦略をとるべきなのか?

近年のインフレと原材料価格の高騰を受け、ラグジュアリー各社は相次ぐ値上げを実施してきたが、その価格戦略は今や重大な転換点を迎えている。
富裕層のみを相手にする超高級ブランドと異なり、アクセシブルな中間層を抱えるブランドでは、急激な価格上昇に対して顧客の購買力が追いつかなくなっている。
特に、景気減速の影響を受けた中国市場などでは、中間層の買い控えによって売上成長が鈍化する現象が顕著に現れ始めた。
高級ブランドにとって既存商品の値下げや安売りセールは、ブランドイメージを致命的に毀損し、すでに定価で購入した忠誠度の高い顧客を裏切るため絶対に許されない禁じ手である。
そこで求められるのが、既存のアイコン商品の価格を維持しつつ、より手頃な価格帯の新ラインや新コレクションを企画・開発して市場に投入する戦略である。
新たな価値提案を伴うエントリー商品を賢く配置し、既存顧客のプライドを守りながら新規顧客を惹きつける高度な価格ポートフォリオ管理が不可欠となっている。
Q. 欧州市場の先を見据えるLVMHは、日本企業や伝統工芸に対してどのような将来構想を描いているのか?

LVMHはフランスや欧州のラグジュアリーブランドの囲い込みにとどまらず、世界規模で次なる成長の種を探索し続けている。
その中で、同社が設立した投資ファンドを通じて強い関心を寄せている対象の一つが、日本各地に息づく卓越した職人技術とモノづくりの基盤である。
日本には世界に誇るクラフツマンシップを有する中小企業や工房が数多く存在するが、世界市場への展開ノウハウやマーケティング力に課題を抱えている場合が少なくない。
ただし、独自の哲学と歴史を重んじる日本の職人は、外資による単純な買収や支配に対して慎重な姿勢をとることが多い。
そのため、強引な傘下入りを目指すのではなく、対等な立場での商品コラボレーションや資本提携を通じた共創関係の構築が模索されている。
日本の比類なき職人技にLVMHの持つ世界的な販売ネットワークとブランディング手法を融合させる試みは、双方に莫大な付加価値をもたらす可能性を秘めている。
伝統と革新を架橋するこの新たな共創モデルこそ、ラグジュアリー産業が未来へ向けて切り開くべき次なるフロンティアである。