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戦争を防ぐのは外交か防衛か
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2026年10月14日

なぜ二度の世界大戦は防げなかったのか?日本の防衛力強化は本当に平和をもたらすのか?外交と防衛、それぞれの役割とは?台湾有事の「特殊性」とは?防衛省防衛研究所の高橋杉雄氏に徹底解説してもらった。 <ゲスト> 高橋杉雄|防衛省防衛研究所 上席研究官 早稲田大学の政治経済学部を卒業して、同大学院の政治学...
戦争はなぜ起きるのか――抑止力の限界と台湾有事の本質を解き明かす安全保障の力学
国家間の武力衝突や戦争は、決して過去の遺物ではない。
国際情勢が緊迫度を増す今日、日本を取り巻く安全保障環境もかつてない転換点を迎えている。
戦争を未然に防ぐ手段として「抑止力」の重要性が叫ばれるが、歴史を振り返れば抑止は幾度となく破綻を繰り返してきた。
防衛省防衛研究所の上席研究官である高橋杉雄氏の知見に基づき、世界大戦や冷戦の教訓から抑止のメカニズムを再検討する。
軍事と外交が果たすべき真の役割、そして台湾有事の構図と日本の針路を論考する。

Q. なぜ大国は望まない戦争に突入し抑止力は失敗してしまうのか?
歴史上起きた戦争の数だけ、抑止力は失敗してきたと言わざるを得ない。
第1次世界大戦において、主要な大国はいずれも全面戦争の勃発を望んでいなかった。
しかし、大国間関係の周縁部で生じた火花に巻き込まれ、「今攻撃しなければ相手に先手を取られて負ける」という強迫観念に駆られた結果、参戦国すべてが壊滅的な破滅へと突き進んだ。
これは軍備がお互いに強すぎたために相互不信が極大化し、安全保障のジレンマが生じて抑止が破綻した典型例である。
対照的に、第2次世界大戦のヨーロッパ戦線では抑止が弱すぎたことが開戦を招いた。
ナチス・ドイツの拡張主義に対し、イギリスやフランスは宥和政策を重ねて軍事的な対抗措置を遅らせてしまった。
その結果、ヒトラーは西欧諸国の抑止意思を過小評価し、侵略行動を正当化する勝算を抱くに至った。
抑止力は過大であれば先制攻撃の恐怖を呼び起こし、過小であれば相手に慢心を与えて侵略を誘発する。
この繊細なバランスを保つことの難しさこそが、抑止力の持つ本質的な限界である。
Q. 冷戦期に米ソの破滅的な全面戦争が回避された決定的な要因は何だったのか?
冷戦期に米ソ両超大国が直接衝突を避けることができた基盤には、双方が壊滅に至る核抑止の存在があった。
キューバ危機を経て、両陣営は核戦争が現実のものとなれば共倒れになるという共通認識を深め、慎重な行動を余儀なくされた。
しかし、武力行使を思いとどまらせる軍事的な通奏低音だけでは、永続的な安定は担保されない。
真の転機となったのは、1970年代前半に結ばれたヘルシンキ合意である。
ソビエト連邦は東欧諸国に共産党政権を樹立させたものの、常に自陣営の崩壊や反乱に対する安全保障上の不安を抱えていた。
ヘルシンキ合意によって、西側諸国は東欧における領土的現状を公式に承認し、同時に東側は人権尊重に関する対話チャンネルを受け入れた。
双方が「現状(ステータスクオ)」を相互承認し、不当な攻撃を行わないベースラインを外交的に合意したことが緊張緩和を決定づけた。
核による恐怖の均衡だけでなく、現状維持に対する共通了解を取り付ける外交枠組みこそが冷戦期の衝突回避を支えたのである。
Q. 国家が合理性を欠いて破滅的な戦争へ突き進む「国内政治ドリブン」とはどのような現象か?

外部からの抑止力が一切通用しなくなる最も危険なパターンが「国内政治ドリブン」による戦争である。
抑止力は、相手国が軍事的な勝敗や国家の損得を合理的に計算することを大前提としている。
しかし、政策決定が対外的な勝算ではなく、国内諸勢力の主導権争いや組織の存続抗争によって左右される場合、外部の脅威は抑止要因として機能しない。
他の国内勢力に負けないために強硬策を選ばざるを得ない構造に陥ると、勝てない相手に対しても突撃してしまう。
歴史研究によれば、この現象は完全な独裁体制や高度な民主的統制下では発生しにくく、独裁が形骸化し権力が多元的に分散した体制で起きやすい。
大日本帝国はその典型例であり、陸軍、海軍、財閥などが各々の個別目標を追求し、それらを統合する強力な政治指導者が不在であった。
対米戦を有利に進めるための仏印進駐が米国の石油禁輸を招き、引き返せない事態を積み重ねて太平洋戦争へと突入した。
組織の部分最適が連鎖して全体最適を破壊する内部統制の不全こそが、抑止を無力化する元凶である。
Q. 戦争を未然に防ぐために軍事力と外交はどのような役割を分担すべきなのか?
マクロな視点で見ると、戦争は2つの条件が揃った時に極めて高い確率で発生する。
1つは「戦えば勝てる」と判断した時であり、もう1つは「今戦わなければ将来はより不利になる」と絶望した時である。
どちらか一方のみでは決定打にならないが、双方が同時に成立した瞬間、武力行使の動機は爆発的に高まる。
これら2つの条件を同時に潰すことこそが、安全保障政策の核心である。
「戦っても勝てると思わせない」のが軍事力の役割であり、「将来は今より悪くなると絶望させない」のが外交の役割である。
防衛力なき外交は相手に対する強制力を欠いて無力であり、外交なき防衛政策は相手を過度に追い詰めて予防戦争を招きかねない。
軍事力によって抑止の壁を築きつつ、同盟国を増やして相手の勝算を削ぐ一方で、相手の生存空間を奪いすぎない外交的包摂が不可欠となる。
軍事と外交は対立する二者択一の道ではなく、車の両輪として一体的に機能させる必要がある。
Q. なぜ台湾海峡危機は従来の「安全保障のジレンマ」に当てはまらないのか?

安全保障のジレンマとは、双方が防衛目的で軍備を強化した結果、互いに疑心暗鬼に陥り衝突する構造を指す。
しかし、台湾有事の構図は根本的に対称的ではない。
台湾が大陸へ侵攻して中国共産党政権を武力転覆する可能性は現実的に皆無であり、日米にもそのような意図は存在しない。
台湾有事は、中国が台湾へ侵攻する形でのみ発生するという不可逆的な「一方通行性」を有している。
ジレンマとは本来、双方が望んでいないのに構造から抜け出せない状態を意味する。
台湾海峡の場合、侵攻を企図する側がその意思を取り下げさえすれば危機そのものが完全に解消される。
日本の防衛力強化や反撃能力の保有が中国にとって脅威となるのも、台湾侵攻作戦を実行しようとした際に作戦が阻害されるからに過ぎない。
中国が有事を引き起こさない限り、日本の防衛装備が中国本土を脅かす理由はなく、両者を同列のジレンマとして語る認識は誤りである。
Q. 台湾有事が発生した場合に日本が直面する防衛上の現実と抑止の要諦とは何か?

台湾有事が起きた際、自衛隊が台湾本土に渡って防衛戦闘を展開するという想定は日本側に存在しない。
日本が直面する現実的な防衛上の責務は、自国の領域と主権の防衛である。
米軍が台湾防衛に介入する場合、在日米軍基地の運用は不可避であり、中国軍がその出撃拠点を無力化するために基地や周辺港湾を攻撃対象とする軍事的合理性が生じる。
地理的に台湾に近接する与那国島や石垣島などの先島諸島は、中国による台湾の海上封鎖作戦や日米の封鎖打破作戦において極めて重大な戦略的要衝となる。
第1次世界大戦でドイツがフランスを攻撃するために中立国ベルギーへ侵攻したように、戦域が地理的に隣接地域へ拡大するリスクは常に想定しなければならない。
日本が一方的に不介入を宣言しても、相手の作戦都合によって攻撃対象から除外される保証はどこにもない。
したがって、日米同盟の抑止力と先島地域の対処力を大幅に向上させ、中国の作戦立案段階から「対日攻撃オプション」のコストを過大化させて選択肢から排除させることが最善の防衛策となる。