仕事を”天職”に変えるマインドセット

広報歴15年を経て独立した「伝説の広報」のキャリア論。存続の危機にあった少年野球チームをインスタ活用で部員40人以上に増やした実践的広報術を伝授。育児と仕事の両立における葛藤を紐解き、与えられた環境で最高の結果を出し仕事を”天職”に変える極意に迫る。 <ゲスト> 犬飼奈津子|PRデザイナー 愛知大...
仕事を天職へと変える「熱量」の力――相手のステージを引き上げる広報の本質と後悔しない生き方
大企業の中で15年にわたり広報を務め、数々の大型催事を成功へと導いた後に独立を果たした広報のプロフェッショナルの軌跡には、働くすべての人の指針となる哲学が詰まっている。
かつては過度な責任感から体調を崩した経験を持ちながらも、挫折を乗り越えて自発的に仕事を楽しむ姿勢を確立した。
単なる認知獲得や数値の追求にとどまらず、関わる人や企業のステージそのものを押し上げる広報の力はどのように培われたのか。
仕事と育児の葛藤を乗り越え、地域の少年野球チームを立て直した実践や、与えられた役割を面白がる思考法を通じて、後悔のない人生を切り拓くヒントを探る。

Q. 過酷な業務による挫折やうつ病の経験は、仕事への向き合い方をどのように変えたのか?
若手時代は過剰な責任感を背負い込み、自分が休めば組織が立ち行かなくなるという思い込みに囚われていた。
しかし、実際に体調を崩して休職を余儀なくされた際、自身が不在であっても大企業の組織は何事もなく動き続ける現実に直面した。
この出来事は自意識の過剰さを自覚させ、「自分の代わりは組織の中に存在する」という事実を受け入れる契機となった。
限界まで抱え込む無意味さに気づいたことで、肩の力を抜いて業務に向き合える柔軟な精神が生まれたのである。
かつての自分は気合と根性を重んじ、他者の弱さや甘えに対しても厳しい視線を向けがちであった。
しかし、自らが根性論では乗り越えられない壁にぶつかったことで、苦境にある人の心情に深く寄り添い、無条件で受容する包容力を獲得した。
さらに、業務を「やらされるもの」ではなく「自発的に工夫するもの」へと再定義したことで、多忙な大型企画も前向きな挑戦として楽しむ姿勢が定着した。
挫折を消化した経験こそが、他者への深い思いやりと自律的な行動力を生み出す強固な基盤となったのである。
Q. 15年続けた百貨店広報から43歳で独立を決意した背景にはどのような転機があったのか?

数年ごとの人事異動が通例の組織において、圧倒的な実績を積み重ねることで15年もの間ひとつの専門職に留まり続けた。
だが、年齢とともに管理職や経営側への移行を求められ、大好きな現場を離れざるを得ない異動の話が浮上した。
その際、催事で苦楽を共にしてきた有名シェフたちが、異動を阻止するために社長宛ての嘆願書と署名を集めてくれた出来事が大きな転換点となった。
現場で培った信頼の厚さを実感すると同時に、自身の専門領域に対する確固たる誇りが胸に刻まれた。
さらに、あるシェフから「広報のおかげでメディア露出が増え、企業のステージが変わった」と感謝された経験が意識を劇的に変えた。
広報とは単に露出数を稼ぐ技術ではなく、人や企業の存在価値そのものを高められる営みであると確信したのである。
社内で役職を登りつめる将来像に魅力を感じられなくなったとき、ひとつの百貨店の枠組みを飛び越え、広く社会の役に立ちたいという決断が固まった。
金銭的な野心ではなく、人生に後悔を残さないための挑戦として43歳での起業へと踏み切った。
Q. 多忙を極めるキャリアと子育ての両立において何を指針として向き合ってきたのか?
周囲になじめず悩む息子の姿を前にして、既存の枠組みに縛られない生き方を模索するようになった。
「人と同じでなくていいから好きなことに打ち込みなさい」と我が子に説く中で、自分自身が現場への未練を抱えながら妥協しようとしている矛盾に直面した。
子どもに対して胸を張れる道しるべとなり、太陽のように明るい背中を見せることこそが何よりの教育であると覚悟を決めた。
他者から求められる「こうあるべき母親・会社員」像を脱ぎ捨て、納得のいく生き方を選択する強い原動力が生まれた。
仕事と育児の板挟みによる罪悪感を払拭する鍵は、一緒に過ごす時間の長さではなくコミュニケーションの濃度にある。
「仕事の代わりは誰でも務まるが、母親の代わりは誰にもできない」という前提に立ち、節目ごとに「仕事を辞めてほしいか」と率直に子どもへ問いかけ続けた。
子どもたちからは常に「ママが働く姿はかっこいいから続けてほしい」という後押しを受け、強い信頼関係が築かれた。
離れていても愛情が伝わる対話を徹底し、家族の協力を得ながら進むことで、過酷な状況でも誇りを持って走り抜くことができた。
Q. 存続の危機に瀕した少年野球チームをボランティア広報で復活させた戦略とはどのようなものか?

息子が入団した少年野球クラブは部員数が不足し、試合すら組めない廃部の危機に直面していた。
「息子の居場所を守りたい」という一途な思いから無償の広報役を引き受け、わずか数年で40人以上の部員を増やす劇的な成果を叩き出した。
競技人口が全国的に減少する中で野球そのものの魅力を語るのではなく、子どもの健やかな成長を願う母親を明確なターゲットに設定した。
同年代の親が何を求めているのかを突き詰めたペルソナ設計が、成功の第一歩となった。
SNSでは試合の結果ではなく、指導者が子どもと目線を合わせて励ます姿や、三振に泣きながらも再び打席に向かう心の成長ドラマを丁寧に発信した。
地域の子どもたちが生き生きと活動する様子を見せることで、「我が子にもこのような経験をさせたい」という親の共感を喚起した。
さらに月謝や昼食の簡素さといった参入障壁の低さを明記し、入団への心理的ハードルを徹底的に取り除いた。
広報の成否を決めるのは組織規模や潤沢な予算ではなく、対象への深い愛情と課題解決への熱意であることを証明した実践である。
属人的な取り組みで終わらせないため、自身が卒団する前の1年間をかけて他の保護者への業務引き継ぎを周到に進めた。
デザインツールを活用してひな形を整え、わずか3ページにまとめた簡潔なマニュアルを作成して作業を分担化した。
「義務感や苦痛から発信する言葉は誰の心にも届かない」と伝え、楽しんで取り組める環境を整えたことで、本人が退いた後も自律的に部員が集まり続ける強固な仕組みが完成した。
Q. 広報の本質である「パッション・リレーションズ」と、目の前の仕事を天職へと昇華させる工夫とは何か?

広報の核心は小手先のノウハウや特別な技能ではなく、対象を思いやる純粋な熱量にある。
「この魅力的な存在をもっと世の中に届けたい」という揺るぎない情熱さえあれば、必要な手段や技術は後からいくらでも自力で身につけることができる。
社会との関係構築を意味するパブリック・リレーションズの根底には、熱意で周囲を巻き込む「パッション・リレーションズ」が存在する。
他者の背中を押し、その存在価値を高める喜びを原点に据える姿勢こそが、関わる人々の心を動かす最大の源泉となる。
天職とは最初から用意されているものではなく、与えられた日々の職務を自らの工夫で面白がり、好きになる努力を通じて育て上げるものである。
新入社員時代の包装資材の管理やゴミ分別といった地味な雑務においても、組織全体の物流構造を自発的に調査し、欠品ゼロを追求することで価値を見出した。
どんな業務であっても役割を大局的に捉え直し、主体的に楽しむ工夫を凝らすことで、周囲からの評価と次の好機が自然と引き寄せられる。
自分自身が幸せそうに働く姿勢を保つことこそが、周囲を惹きつけ、唯一無二のキャリアを築き上げる最大の秘訣である。