PIVOT TALK WORLD
戦略論入門:古典と名著に学ぶ
(135)
2,011回視聴
2026年10月6日

悲惨な結果を招くと分かっていながら、なぜ人類は戦争を繰り返すのか。孫子やクラウゼヴィッツなど戦略論の古典や、E・H カーなどの国際政治学者の名著の要点を整理。「戦争はなぜ起きるのか」という問いについて、戦略学者の奥山真司氏に徹底解説してもらった。 <ゲスト> 奥山真司|戦略学者•国際地政学研究所上...
戦争はなぜ起き、いかに防ぐのか――クラウゼヴィッツから読み解く抑止論の本質と日本の覚悟
国際情勢が緊迫の度合いを増す現代において、「抑止力」や「防衛力強化」という言葉を耳にしない日はない。
しかし、巨額の予算を投じて兵器を配備しさえすれば、本当に他国からの侵略を未然に防ぐことができるのだろうか。
戦争の惨禍を防ぐためには、単なる感情論や平和への祈りだけではなく、戦争が起きる冷徹なメカニズムを学問的に知る努力が不可欠である。
古今の戦略論や国際政治学が積み上げてきた英知を紐解きながら、抑止論に潜む致命的な盲点と、日本社会が向き合うべき現実を解き明かす。

Q. 戦略論の二大巨頭である孫子とクラウゼヴィッツの思想にはどのような決定的な違いがあるのか?
戦略論の歴史において頂点に君臨する古典思想家が、古代中国の孫子と、19世紀プロイセンの軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツである。
約2500年前に生きた孫子は、頻繁な戦争が兵を損ない国家を破滅に導く現実を直視し、「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」と説いた。
全面衝突を極力回避し、謀略や外交工作を駆使して自国の国力を温存しながら目的を達成する省資源型のアプローチこそが孫子の神髄である。
これに対して、ナポレオン戦争の苛烈な敗北と激動を体験したクラウゼヴィッツは、極めて対照的なリアリズムを『戦争論』で定式化した。
クラウゼヴィッツは「戦争とは、相手に自らの意志を強制するために行われる暴力行為である」と定義し、直接的な戦闘と流血の決戦を避けて勝利は得られないと断じた。
政治目的を暴力で達成するための哲学的かつ体系的な分析枠組みを提示したクラウゼヴィッツの理論は、今なお西洋を中心とする近現代の戦略研究の基盤となっている。
国力をすり減らさぬよう知略を尽くす孫子と、暴力による打倒の法則を徹底解明したクラウゼヴィッツという両極の視座を持つことが、戦略を俯瞰する第一歩となる。
Q. 戦争が起きる根本的なメカニズムを解明した「戦争原因論」とはどのような理論なのか?

現代の国際政治学は、未曾有の惨禍をもたらした第一次世界大戦の反省から「いかにして戦争を防ぐか」を追究するために誕生した。
大戦直後は国際連盟の創設や自由貿易の拡大といったリベラリズム的な協調路線が主流となったが、歴史家E・H・カーは『危機の20年』においてその楽観論を厳しく批判した。
カーは、平和を願う善意だけでは国家間の衝突を抑止できず、現実の国際社会を動かしているパワーバランス(勢力均衡)という力学に着目すべきだと提唱した。
さらにこの議論を構造的に体系化したのが、政治学者ケネス・ウォルツである。
ウォルツは無数に存在する戦争の要因を整理し、以下の「3つのイメージ」に分類した。
ファースト・イメージ(個人要因):独裁者の野心、指導者の性格、人間の本性や誤認が引き起こす戦争
セカンド・イメージ(国家・組織要因):軍国主義や全体主義、国内政治体制、軍閥組織の欠陥が引き起こす戦争
サード・イメージ(国際システム要因):世界政府が存在しない無政府状態下で、勢力均衡が崩壊することによって不可避的に生じる戦争
世間では指導者の狂気(第1層)や国家体制(第2層)ばかりが糾弾されがちだが、ウォルツは第3層である「国際システムの構造的不均衡」こそが戦争を誘発する核心だと見抜いた。
どれほど理性的な指導者であっても、勢力配置の歪みの中に置かれれば衝突を選ばざるを得なくなるという構造的視点は、地政学的リスクを捉える上で欠かせない。
Q. なぜ兵器を揃えて防衛力を強化するだけでは戦争を抑止できないのか?

「抑止」という概念が安全保障の主役に躍り出た最大の転換点は、第二次世界大戦末期の核兵器の登場である。
都市一つを瞬時に壊滅させる核兵器は、従来の通常兵器のように「実戦で使用して勝つ」ための手段ではなく、「使うと脅すことで使用を禁忌にする」兵器へと性質を変えた。
米ソ冷戦期に練り上げられた抑止論の本質は、「もし手出しをすれば、得られる利益を遥かに超える壊滅的な報復を受ける」と相手に確信させる心理戦にある。
しかし、ここに抑止という戦略の極めて脆いパラドックスが存在する。
抑止が成功しているかどうかは「戦争が起きていない」という事実から推測するしかなく、相手が侵攻を踏みとどまった真因を客観的に証明することはできない。
そして相手が実際に攻撃を仕掛けてきた瞬間、抑止は完全に破綻していたことが事後的に判明する。
抑止の成否を握っているのは自国の軍備そのものではなく、最終決定を下す「相手国指導者の脳内における損得勘定」にほかならない。
いくら高性能なミサイルや防衛装備をカタログスペック通りに並べたとしても、相手の意思決定プロセスに恐怖や躊躇を生じさせられなければ、抑止は幻に終わるのである。
Q. 相手国の「戦略文化」を見誤ると抑止論はなぜ破綻してしまうのか?
従来の抑止論は、双方が共通の「合理性」に基づいて損得を計算するという前提に立脚していた。
しかし冷戦後期、米国の研究者ジャック・スナイダーらが指摘した通り、国家や指導者はそれぞれ固有の歴史、体制、価値観に根ざした「戦略文化」を有している。
西側諸国が「これだけの経済的損害と軍事的損失が出るのだから、侵攻するはずがない」と合理的に判断しても、相手国は全く異なる論理で動いている危険がある。
この合理性の罠は、台湾有事のリスクを検証する際にも極めて重大な警告となる。
中国の台湾侵攻について「合理的に考えてリスクが高すぎるため起こり得ない」と断言する論考は多いが、そこには3つの見落とせない危険因子が存在する。
独自の合理性:国家統一という歴史的悲願の前には、人民解放軍の消耗や経済制裁すら正当なコストとみなす独自の文化基準が存在する可能性
指導者の認識劣化:かつて冷静沈着と評されたプーチン大統領がウクライナ侵攻を決断したように、孤立化や長期政権化に伴い判断能力が歪むリスク
突発的・衝動的決断:側近による強硬な突き上げや健康不安、予期せぬ摩擦を契機として非合理な命令が下される偶発性
「相手も自分たちと同じように計算するはずだ」という思い込みこそが、歴史上無数の奇襲と抑止の崩壊を招いてきた最大の元凶である。
Q. 日本が真の抑止力を手に入れるために直視しなければならない本質的な課題とは何か?

日本が東アジアの厳しい安全保障環境の中で本気で戦争を防ぎたいのであれば、避けては通れない過酷な現実が存在する。
相手に侵攻を思いとどまらせるための脅しとして機能する抑止力には、絶対的な「信憑性」が求められる。
長射程ミサイルなどの装備を保有するだけでなく、「主権が脅かされた際には、実際に反撃し戦い抜く確固たる覚悟がある」と相手に信じさせなければ、威嚇は無力化される。
すなわち、真の抑止力を構築することと、実戦の犠牲を想定して戦争に備えることは完全に同義である。
これまで日本社会は、この覚悟に伴う具体的な議論を「縁起でもないタブー」として周到に遠ざけてきた。
万が一の有事において自衛官に戦死者が生じた場合、国家としていかなる法的根拠と施設をもって顕彰・追悼を行うのかという制度設計すら棚上げされたままである。
さらに、民間インフラへのミサイル着弾や国民生活の被災に備え、被害を極小化して社会機能を維持・復興させるレジリエンスの構築も急務といえる。
不都合な真実に蓋をしたまま「抑止力強化」を口にするだけでは、いざ危機が訪れた際に社会全体がパニックと感情論に飲み込まれてしまう。
最悪の事態を冷徹にシミュレーションし、平時のうちに血の通った制度と国民的合意を整えることこそが、戦争を未然に防ぐ唯一の防波堤となる。