PIVOT TALK BUSINESS
自動運転アメリカ現地ロケ
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2026年10月5日

テスラやWaymoの無人タクシーが日常化する米国に対し、遅れをとる日本。専門家は、日本には自動運転を生み出すIT企業がなかったと指摘。リスク過敏症の国民性も弊害になっているという。トヨタが本気になったことで一気に日本の自動運転の動きも加速するか? <ゲスト> 鶴原吉郎|技術ジャーナリスト 慶應大学...
なぜ日本は自動運転で出遅れたのか?シリコンバレーの現実と自動車大国が直面する構造的敗因
米国シリコンバレーでは、ドライバーの乗っていない無人タクシーや高度な自動運転車が日常の足として当たり前に街を行き交っている。
一方、自動車大国と称されてきた日本において、同様の光景を目にする機会はいまだ極めて限定的である。
かつて世界を席巻した日本の自動車産業は、なぜこの歴史的変革の波に乗り遅れることになったのか。
その深層には、単なる技術格差にとどまらず、産業構造の歪みや社会全体のメンタリティに根ざす決定的な要因が横たわっている。
現地の実態と産業史を丹念に紐解きながら、日本が直面する課題と再起へのロードマップを浮き彫りにする。

Q. 米シリコンバレーで日常化する自動運転のリアルな実態とはどのようなものか?
シリコンバレーの公道では、米グーグル傘下のウェイモ(Waymo)による完全無人タクシーと、大衆向けプライスで普及するテスラが圧倒的な精度で走行している。
テスラを例に取ると、ドライバーは行き先を指定してレバーを操作するだけで、一般道から高速道路の合流まで驚くほど人間らしい滑らかな運転を体験できる。
合流地点では前方の加速と左後方の車両センシングを同時に行い、人間以上の視野で難度の高い車線変更を軽快にこなす。
特筆すべきは、手動介入が発生した際に車両がその理由を即座に問い、開発データとして吸い上げる仕組みが構築されている点だ。
何千何万もの車両から走行データが集積され、アルゴリズムが日常的にアップデートされていく。
さらに充電インフラも洗練されており、プラグを差し込むだけで認証と決済が自動完了し、終了後はそのまま走り去ることが可能である。
また、配車アプリで呼ぶウェイモの無人タクシーは、スマートフォンの解錠ボタン一つで迎車から降車まで運転手不在の完全自動運行を実現している。
車内ディスプレイにはセンサーが捉えた周囲の歩行者や自転車の動線がリアルタイム描画され、搭乗者に強い安心感を与えるUIが徹底されている。
これらはもはや実験段階ではなく、完全に商用化された日常の移動インフラとして機能している。

Q. 自動運転を巡る「2大潮流」と法制度上のレベル分けにはどのような違いがあるのか?
自動運転の発展史を俯瞰すると、出自の異なる2つの大きな潮流が存在することがわかる。
1つは、2000年代初頭の米国防高等研究計画局(DARPA)主催のロボットカー競技を出発点とし、グーグルやアマゾンなどのメガテック企業が牽引してきた「完全無人モビリティ」の流れである。
彼らは自家用車の販売ではなく、無人運行フリートによる移動サービスの提供を一貫して追求してきた。
もう1つは、既存の自動車メーカーが交通事故削減を目的に推進してきた「ADAS(先進運転支援システム)」の流れである。
衝突被害軽減ブレーキから車線維持支援へと段階的に人間の運転操作を補助する技術を進化させてきた。
これらを整理する基準が自動運転レベルの定義だが、レベル2とレベル3の間には深い溝が存在する。
レベル2は部分運転自動化であり、ハンドルから手を離せても事故の法的責任は常にドライバーが負う。
対してレベル3は、特定条件下で運転の主体と事故責任がシステム側に移転し、ドライバーは前方から目を離すセカンドタスクが許容される。
さらに無人タクシーが該当するレベル4に至ると、システムが運行全般を完全に担うため、乗客は運転責任から解放されて完全に思考を手放すことが可能となる。

Q. 日本の自動車メーカーが完全自動運転の開発で出遅れた本質的な理由は何か?
日本勢が後塵を拝した最大の理由は、日本の完成車メーカーが培ってきた商品哲学そのものにある。
伝統的な自動車メーカーは「走る歓び」やドライビングプレジャーを最大の価値として商品開発を続けてきた。
自律的な完全自動運転は、自らが信奉してきた運転の楽しさを自ら奪う行為に等しく、社内的な心理的抵抗感が根強かったのである。
また、車を家族の一員のように所有してもらう「愛車」思想に立脚していたため、移動を単なるシェア型サービスに還元する発想を受け入れがたい土壌があった。
さらに、産業構造と人材のミスマッチも深刻な影を落とした。
日本の自動車業界には汗と油に象徴される機械工学のエリートが集まる一方で、人工知能や大規模ソフトウェアを専門とする高度人材は圧倒的に不足していた。
加えて、DARPAに代表される軍民両用(デュアルユース)技術への国家的な巨額研究投資や、テスラを後押ししたようなリスクマネーの循環システムも日本には存在しなかった。
ソフトウェア主導の破壊的イノベーションを支える担い手と資本の欠落こそが、決定的な敗因となったのである。

Q. 高齢化やリスク過敏な国民性はどのように社会実装の足かせとなったのか?
技術開発だけでなく、日本の社会構造と法規制のあり方も普及を大きく遅延させる要因となった。
国民の平均年齢が50歳前後に達する日本社会は極めて保守的であり、未知の先端技術に対して受容よりも警戒が先行しやすい。
平均年齢が約40歳と若い米国や中国が新技術を積極的に試行するのに対し、日本国内ではテスト車両の走行許可を得ることすら極めて困難であった。
自動運転の実装には警察庁、国土交通省、総務省、経済産業省が連携する必要があるが、縦割り行政の弊害により省庁横断の包括的な枠組み整備は米国に比べ5〜6年遅れた。
さらに根深いのが、完璧な無謬性を求める「リスク過敏症」とも呼ぶべき社会通念である。
米国や中国では、まずセーフティドライバーを同乗させて段階的に不具合を洗い出し、数年かけて無人化へと移行するアプローチが取られた。
これに対して日本は、事前に100パーセントの安全が担保されない限り粗探しをして実験を躊躇する傾向が強い。
石橋を叩き壊すような過剰防衛の姿勢が、公道走行による実データ収集の機会を奪い続けたのである。
Q. トヨタの「モビリティカンパニー宣言」は日本の自動車産業をどう変えたのか?
停滞していた日本の空気を大きく転換させた契機は、米ラスベガスで開催されたCES2018であった。
自動車産業の主役が家電やITの枯れた技術を採用する時代は終わり、最先端半導体を真っ先に必要とするテクノロジードライバーへと変貌を遂げていた。
この潮流を前に、当時の豊田章男社長は自動運転モビリティ「e-Palette」を発表し、トヨタを自動車をつくる会社からモビリティカンパニーへとフルモデルチェンジすると宣言した。
「勝つか負けるかではなく、生きるか死ぬかの戦いが始まる」という強烈な危機感の表明であった。

それまでトヨタ社内では「自動運転」という言葉自体が走る歓びを否定するものとして半ば禁句扱いされていたが、この宣言によってタブーは打ち破られた。
さらにパラリンピック選手らとの対話を通じ、障がい者や高齢者を含むすべての人に移動の自由を提供する「Mobility for Everybody」という新たな大義が見出された。
東京五輪選手村での接触事故による一時中断など慎重論に揺れながらも、所有からサービスへ、ドライバー主体から共生型モビリティへと日本の産業界は大きく舵を切ることとなった。
Q. 巻き返しを図る日本において今後の自動運転はどのように進展していくのか?
出遅れた日本市場においても、国内外の提携と実装計画が急速に進展し始めている。
英ウェイブ(Wayve)のAI技術を搭載した日産自動車のロボットタクシー実証や、ホンダやトヨタによる市街地対応の高度運転支援システムの市販化が視野に入ってきた。
一般ユーザー向け乗用車においても、テスラ同等以上の高度な市街地運転支援機能が順次搭載される予定である。
また、最先端の2ナノメートル半導体量産を目指すラピダスに対し、国内自動車大手が出資を行うなど、次世代車載コンピューティングの基盤強化も急ピッチで進んでいる。
今後の最大の試金石となるのは、過疎地をはじめとする地方の公共交通インフラの救済である。
利用者数の少なさから採算性の壁はあるものの、移動手段を失いつつある高齢者の切実な需要に応える自動運転バスなどの社会実装は急務である。
単なる移動の効率化にとどまらず、多様なAIモビリティが社会インフラとして定着できるかどうかが、日本の未来の競争力を決定づけることになる。