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なぜ城西大は強くなったのか
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2026年9月27日

部員わずか8人、無名の状態からスタートした城西大学駅伝部。予選会落ちや3年連続11位の苦しい時代を経て、箱根駅伝総合3位にまで上り詰めた。チームをベンチャー企業に見立てた育成論とは何か。寝ながら赤血球を増やす低酸素トレーニングの効果とは。櫛部静二監督とOBの三田翔平氏に、その裏側を聞いた。 <目次...
部員8名から箱根総合3位へ。城西大学を強豪に変えた最新スポーツ科学と逆転マネジメント
伝統校や強豪校が圧倒的な選手層と資金力で上位を独占してきた箱根駅伝。
その勢力図を塗り替え、2024年に総合3位へと躍進を遂げたのが城西大学男子駅伝部である。
創部当初は部員わずか8名、練習グラウンドすら満足にない完全な弱小チームであった。
まるで巨大企業に挑むスタートアップのように、彼らはいかにして限られた資源を最大化し、表彰台へと上り詰めたのか。
従来の根性論や距離至上主義から完全に脱却し、最新の低酸素トレーニングや緻密な生体データ分析を導入した櫛部静二監督の指導哲学に迫る。


Q. 部員わずか8名の弱小チームは、どのようにして巨大伝統校に対抗したのか?
城西大学男子駅伝部のスタートは、10区間を埋めることすらできない部員わずか8名という過酷な状況だった。
大学の知名度は低く、高校生のスカウトに出向いても他大学への進学相談を持ちかけられる始末であった。
練習環境も劣悪で、オールウェザーのトラックに土が被り滑ってしまうようなグラウンドしかなかった。
レースのスタートラインに立てば、名門校の選手に自然と最前列を譲ってしまうほど、選手たちの心には劣等感が染みついていた。
この圧倒的不利を覆すため、櫛部静二監督は自らを「巨大企業に立ち向かうベンチャー企業」と位置づけた。
監督自身がゼッケンを着けて市民マラソンを走り、地道に大学の認知度を向上させながら近隣の山やロードを開拓した。
ないものは自分たちで作り出すという徹底した泥臭い工夫が、5カ年計画を前倒しして初出場への道を切り拓いた。
Q. 従来の距離信仰を捨てて常連校へと脱皮した練習改革の核心とは何か?
初出場を果たした後も、城西大学は長らく11位でシード権を逃し続ける苦しい停滞期を経験した。
エリート選手が集まらないチームが競り勝つには、走り込みの量を競うだけでは限界があった。
かつての日本長距離界の主流は、ハーフマラソンのためにフルマラソン並みの距離を走らせるような量重視の練習だった。
しかし櫛部監督は、闇雲な疲弊を招く距離至上主義を疑い、質と目的に特化した独自の理論へと舵を切った。
また、選手の育成手法にも個別最適化を徹底した。
たとえば留学生のヴィクター・キムタイ選手は、来日当初は5000メートル専門で長いロードには全く適性がなかった。
そこで専任コーチが親身かつ厳格にメンタルと練習をフォローし、箱根の長距離区間で区間新記録を狙える主力へと開花させた。
選手個々の特性を見極めたアプローチこそが、チームの底上げを支える基盤となった。
Q. 箱根駅伝の勝敗を分ける特殊区間を攻略する独自の戦略とは何か?
城西大学の代名詞となったのが、山上りの5区における4年連続3位以内という圧倒的な強さである。
従来の常識では「上り坂は前傾姿勢で走る」とされてきたが、監督はトレッドミルによる検証でその常識を覆した。
傾斜に対してあえて上体を起こして骨格を乗せるように走る方が、筋力消費を劇的に抑えられることを自ら突き止めたのだ。
接地時間の長短など個々の身体特性に合わせたフォーム改善が、区間新記録樹立という結果を生み出した。
一方、山下りの6区では全く異なる戦略と人選基準が求められる。
6区は運営管理車が並走できず、監督からの指示が一切届かない特殊な区間である。
時速25キロを超える超高速の下りでは、不安からわずかにブレーキをかけるだけで足裏の皮が剥け失速につながる。
斜面に身を投げ出し恐怖心を排除できる「没頭力」と強い精神的自立を持った選手を抜擢することが、勝機を手繰り寄せる秘訣である。

Q. 資金難の中で導入した低酸素トレーニングはなぜ劇的な効果を生んだのか?
弱小校がアフリカ勢や名門校に勝つための切り札として着目したのが、高地環境を人工再現する低酸素システムだった。
ケニアやエチオピアの強豪選手は、標高2000メートル以上の環境で日常を過ごすことで驚異的な酸素運搬能力を獲得している。
海外遠征に多額の予算を割けない城西大学は、学内の寮の一室を改造し、人工的な低酸素環境を整備することを選んだ。
監督自ら睡眠と低酸素に関する学術論文を執筆し、学内での確固たるエビデンスを提示して設備投資の承認を勝ち取った。
取り入れたのは、高地相当の酸素濃度15パーセント前後で生活・睡眠し、負荷の高い練習は平地で行う「リブハイ・トレインロー」の理論である。
睡眠中に低酸素へ体を適応させることで赤血球やヘモグロビン量が増加し、平地での走りで酸素を効率的に運搬できるようになる。
過剰な心肺疲労をためることなく持久力を底上げするこのシステムが、チーム全体の走力を飛躍させた。
Q. 目に見えない科学的手法を選手たちに信じさせ、組織に定着させたプロセスとは?
どれほど優れた理論や最新機器であっても、導入当初は選手たちに全く信用されなかった。
目に見えない酸素濃度の変化や日々の生体データの蓄積は、選手からすれば単に息苦しく面倒な負担に過ぎなかった。
言葉で効果を説得しようとしても右から左へと聞き流され、利用者は伸び悩んでいた。
組織の空気を一変させたのは、身近なトップ選手が叩き出した圧倒的な実績だった。
低酸素室を活用し続けた村山紘太選手が1万メートルで日本新記録を樹立したことで、後輩たちの認識は劇的に変わった。
さらに東京五輪代表を目指した山口浩勢選手が低酸素室に住み込み、3000メートル障害で大幅に自己ベストを更新して代表権を掴み取った。
先輩たちの背中を見た選手たちは自ら低酸素室を奪い合うようになり、科学を味方につける文化が完全に定着した。
Q. 長距離走の速さを決定づける3つの科学的指標と世界を見据えた指導理念とは?
長距離走の走力は、根性ではなく3つの客観的指標に分解して管理・強化できる。
【※ここに3つの指標の具体的な説明が必要】
長距離走の本質は、限界まで力を振り絞ることではなく、いかにエネルギーを消費せずに省エネで走り続けるかにある。
そして城西大学の視線は、箱根駅伝の勝利だけに留まっていない。
箱根駅伝をゴールではなく世界と戦うための通過点・育成手段と位置づけることで、選手たちは高い視座を保ち、日本代表や五輪へと羽ばたいている。
