
30代のキャリア戦略
転職か残留かで迷う人が知るべき「キャリアのオーナーシップ」と「越境」の技術
キャリアの岐路に立つ多くのビジネスパーソンが、「転職すべきか、それとも現職に留まるべきか」という二者択一の問いに頭を抱えている。
だが、キャリアを二者択一の選択肢として捉える発想そのものが、自らの可能性を狭める原因になっているかもしれない。
法政大学教授の田中研之輔氏は、キャリアを固定的な肩書きや過去の実績ではなく、日々鮮度が移り変わる「コンディション(生もの)」として捉え直すことを提唱している。
会社にキャリア形成を丸投げする受動的な姿勢を改め、自らが「キャリアのオーナー」として舵を握ることが、先の見えない時代を生き抜くための極めて重要な鍵となる。
本稿では、会社を辞めずに新たな可能性を切り拓く「越境」のアプローチや、自身のコンディションを整える実践的な方法論について解説する。

Q. キャリアを二者択一ではなく「コンディション」として捉えるべき理由とは何か?
従来、多くの人はキャリアを「転職するか、残留するか」というA or Bの選択、あるいは過去に歩んできた職歴や現在の職位といった固定的なものとして捉えがちであった。
しかし、真のキャリア形成とは二者択一の選択ではなく、経験や知見を足し算していく「ANDの蓄積」である。
同一の組織に身を置きながらでも、新たな役割や学習を重ねることでキャリアを大きく変化させることは十分に可能である。
そこで重要になるのが、キャリアを「日々変化する鮮度のある生もの」、すなわち「コンディション」として扱う視点である。
例えば、自身のキャリア状態を100点満点で自己評価したとき、80点以上を保てていれば、自律的にやりたいことへ挑戦しアウトカムを出せている良好な状態といえる。
逆に点数が低い場合は、日々の行動習慣や仕事への向き合い方に改善の余地があることを示している。
キャリアを与えられた動かないものと捉えるのをやめ、自分の手触りで整えられる動的な状態とみなすことが、自律的なキャリア形成の第一歩となる。
Q. なぜ多くのビジネスパーソンが転職を希望しながら行動に移せないのか?

調査データによれば、日本国内で転職を希望する人は1,000万人を超えているにもかかわらず、実際に転職を果たす層は約3割に留まり、約7割が行動に移せていない。
SNSを通じて他者の華々しい活躍が可視化される昨今、挑戦意欲そのものは刺激されやすい環境にある。
しかし、現在の雇用や待遇の安定性を手放して新たな環境へ飛び込むリスクを過度に恐れ、行動を躊躇してしまう「転職潜在層」が多数を占めているのが実態である。
特に20代後半から30代後半にかけては、転職意欲と実際の行動とのギャップが顕著に拡大する傾向が見られる。
20代前半のうちはポテンシャルを評価される採用機会が多いが、35歳以降になると「具体的にどのような専門性を持ち、いかなる成果を出せるのか」というシビアな実務能力が問われるようになる。
かつて言われた年齢制限の壁自体は崩壊しつつあるものの、企業側の要求水準と個人のスキルとのマッチング難度が高まるため、安易な転職行動が抑制される構造になっている。
だからこそ、単に会社を変えることだけを目指すのではなく、自身の専門性や市場価値を現職のなかでどう磨くかを考える必要がある。
Q. 会社任せから脱却して「キャリアのオーナー」になるための土台とは何か?

車や家を所有していれば誰しも大切に手入れをするように、自身のキャリアに対しても所有者としての意識を持つことが不可欠である。
しかし現実には、配属や職務内容の決定を会社組織に完全に委ねてしまっているビジネスパーソンが極めて多い。
組織にキャリアを預けたままでいると、自分が何をしたいのかを見失い、日々の業務に対する主体的な手触り感が失われていく。
キャリアのオーナーになるとは、必ずしも衝動的に会社を退職することを意味しない。
現在の組織で働きながらでも、「今後1〜2年でこの分野の知見を深める」「このミッションをやり切る」といったベクトルを自ら設定し、主体的に働く姿勢こそがオーナーシップである。
学習やスキル習得を持続させるためには、小手先のテクニック以前に「自分はどうありたいのか(To be)」というスタンスの言語化が欠かせない。
個人の寿命は会社員生活の30〜40年よりもはるかに長いため、定年後に「仕事も居場所もない抜け殻」にならないためにも、現役時代から自分の看板で価値を発揮する土台を築くことが求められる。
Q. 会社を辞めずに可能性を拓く「越境」にはどのような効果があるのか?
現状を変えたいと感じたとき、退職して未知の環境に飛び込むことだけが唯一の解決策ではない。
現職にしっかりと軸足を残したまま、社外の活動へ半歩だけ足を踏み出す「ピボット型」の越境こそが極めて有効な処方箋となる。
副業や兼業はもちろんのこと、地域活動や専門コミュニティなど、利害関係のない居場所を社外に2〜3箇所作ることが推奨される。
社内では固定的な上下関係や役職に縛られ、「自分にはこの程度の能力しかない」という無意識のバイアスを抱えてしまう人は少なくない。
だが、越境先のフラットなコミュニティで意思決定や戦略立案といった未経験の役割を担うことで、眠っていた潜在能力やリーダーシップが引き出される。
異なるバックグラウンドを持つ人々と協働する経験は、精神的なリフレッシュをもたらすだけでなく、本業にも還元できる新たな知見やネットワークを培う貴重な契機となる。
単一の組織内評価にとらわれず、社外の居場所を通じて多面的な自分を開拓することが、キャリアの幅を劇的に押し広げるのである。
Q. アスリートのようにキャリアコンディションを管理し向上させるには何を行うべきか?

キャリアコンディションを向上させるための改善策に、万人に共通する単一の正解は存在しない。
メンバーが30人いれば30通りのアプローチが存在するため、まずは自分自身の状態を客観的に観察することから始める必要がある。
日々の情報収集や読書習慣、語学や新技術の学習、課題解決への行動力など、日頃の習慣を定期的にセルフチェックし、不足している行動を即座に日々のスケジュールに落とし込むことが重要である。
また、トップアスリートが年間の好不調の波を把握してコンディショニングを行うのと同様に、ビジネスパーソンも自身の「キャリアバイオリズム」を把握すべきである。
例えば特定の季節に意欲が下がりやすい傾向をあらかじめ自覚していれば、無理をせず事前に休養を挟むといった適切な自己管理が可能になる。
さらに、同じ志を持つ仲間を見つけて社外でプロジェクトを立ち上げるなど、関係性のなかで新たなアクションを起こすことが、コンディションを力強く引き上げる原動力となる。
モチベーションの高まりを待つのではなく、まずは小さな一歩を踏み出して行動を先行させることが、結果として内発的な意欲を持続させる確実な道である。
