
なぜ日本は中国に翻弄されるのか?中国型の戦略的思考
「力の時代」を生き抜く戦略的思考:元駐中国大使が語る日本の課題
現代世界は、冷戦終結後の協調的秩序から「力」が支配する時代へと回帰している。ウクライナ戦争に代表される地域紛争、米中間の戦略的対立、そして絶えず変動する国際情勢の中で、国家は、企業は、そして個人でさえも、明確な戦略的思考を持つことがこれまで以上に求められている。
本稿では、元駐中国大使の垂秀夫氏が語る「戦略的思考」の核心に迫り、その構成要素、東西の思想的背景、そして日本が直面する歴史的課題を詳述する。変化の激しい現代社会を生き抜く上で不可欠な、目的・手段・時間軸を一体として捉える思考の型とは何かを探る。

Q. 戦略的思考とは何か、その構成要素は何か?
戦略的思考の核となるのは、目的、手段、そして時間軸という三つの要素を一貫性を持って設計し、運用することである。目的とは、国家が、企業が、あるいは個人が最終的に目指す到達点を指し、その実現のための具体的なリソース配分や行動計画が手段となる。日本人が最も見落としがちなのが時間軸であり、目的と手段がその時間軸と適合しているか否かで戦略の成否は大きく左右される。
戦略は、特定の危機に直面して初めて発揮されるものではない。むしろ、危機が来る前から、これらの三要素を常に頭の中で考える習慣であり、思考の型そのものが戦略的思考なのである。
Q. なぜ日本には体系的な戦略的思考が根付いていないのか?
明治維新期、日本は西欧列強の脅威に対抗するため「独立の維持」を国家の大目的とし、富国強兵や殖産興業、不平等条約改正といった明確な長期戦略を遂行した。この時期、日本はまさに戦略国家であった。
しかし、その後は個別の戦略家が出現することはあっても、戦略的思考そのものが国家や社会の「制度」として根付くことはなかった。第二次世界大戦において「戦略的退却」という発想が欠如し、国家の破滅を招いたことはその典型的な例である。戦後、吉田ドクトリンに象徴される経済重視路線は一定の成功を収めたものの、長期的で適応性のある国家戦略としての性格は薄かったと言える。単発的な対処療法に終始し、真の意味での戦略が定着しなかった歴史的背景が日本の現状に影を落としている。

Q. 西洋のリアリズムに基づく戦略的思考はどのような特徴を持つか?
西洋における戦略的思考の源流は、古代ギリシャのペロポネソス戦争に関するトゥキディデスの記述「メロス対話」にある。「強者は行いたいことをやり、弱者は耐えねばならぬ」というこの冷徹な論理は、「力こそ正義」とするリアリズムの基本原則を確立した。
この思想は三つの原則を持つ。第一に、国家は道徳や理念ではなく、自国の生存と利益のために動く。第二に、国家間の紛争を仲裁する「世界政府」は存在せず、国連のような組織も万能ではない。第三に、故に国家は自力で国防を強化し、自国だけでは力が足りない場合に同盟を組んで勢力均衡と抑止力を図る。お花畑の平和主義はありえない。核兵器の抑止理論もこの延長線上にある。
1970年代の米中接近を主導したキッシンジャー外交は、このリアリズムの極致であった。ソ連との対立を打開するため、「中国」という新たなパワーを盤に投じ、同盟国である日本への事前通告なしに梯子を外すという、極めて冷徹な戦略マヌーバーを実行した。この時、日本が「なぜ教えてくれなかったのか」と情緒的に反応したことは、西洋の非情な戦略的思考への理解不足を露呈させた。
Q. 中国が重視する「戦わずして勝つ」孫子流の戦略とはどのようなものか?
中国の戦略哲学は春秋時代の『孫子』にその源流を持つ。『孫子』は「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり」、つまり100戦100勝することさえ最善ではないと説く。究極の戦略は「戦わずして人の兵を屈する」、すなわち実際に兵力を用いることなく相手に戦意を喪失させ、屈服させることにある。
これは、目に見える物理的な力(軍事力)の配置を重視する西洋リアリズムとは対照的に、相手の認知や環境、そして時間軸そのものを操作することに力点を置く。孫子は兵の使い方を「詭道なり」と表現し、戦場での直接戦闘(伐兵)や城攻め(攻城)を最下策とする一方で、謀略で敵の計画を打ち砕く「伐謀」と、外交交渉で相手を孤立させる「伐交」を上策としている。これらは情報戦、法律戦、世論戦、心理戦といった多角的な認知工作に発展している。
中国型戦略では、「時間の操作」が決定的な要素となる。相手に即座に反応させるのではなく、繰り返し認知工作を行うことで、ゆっくりと相手の認識を変えていく。ここにこそ、中国が国際社会で巧みに用いる長期的な戦略の本質が宿っているのだ。
Q. 中国型戦略における「時間の操作」とは、具体的にどのような戦術で使われるか?
台湾問題における中国の戦略は、軍事侵攻という物理的圧力だけでなく、より深刻な認知工作に深く浸透している。台湾では政府高官、軍関係者(摘発スパイの約3分の2が国軍籍)、教育界、宗教界など、社会のあらゆる階層で浸透工作と分断工作が進行している。
たとえば、習近平国家主席は2017年のトランプ大統領(当時)訪中時に、二日間にわたり自国の「台湾核心論」をレクチャーした。結果として、トランプは帰国後「自分は世界のどの国よりも台湾に詳しい」と語り、台湾の現指導者の独立志向こそが問題だという中国のナラティブを繰り返した。これは、物理的な戦闘を避けて、相手のトップリーダーの認識を変えさせる「謀を伐つ」戦略が効果的に機能した好例と言えよう。

歴史的にも、毛沢東の「持久戦論」や鄧小平の「韜光養晦(能力を隠し、時を待つ)」は、時間軸を最大限に利用する戦略だった。毛沢東は、共産党が壊滅寸前まで追い詰められた状況下で、「抗日統一戦線」を掲げ、日本と国民党の衝突を利用し、自らの力を温存・育成した。鄧小平もまた、30年以上の時間をかけ、世界秩序に挑戦することなく経済力を蓄え、大国への道を切り開いた。この時間の活用は、陸続きの厳しい地政学的な淘汰の中で培われた、中国の必須の「思考の癖」なのである。
Q. 日本はこれまでどのような戦略的失敗を犯してきたか?
日本は歴史上、いくつかの戦略的機会を逸してきた。例えば辛亥革命期には、孫文をはじめとする中国の多くの革命指導者が日本に亡命していたにもかかわらず、当時の日本政府は彼らを国家の長期的国益に繋がる政治的・外交的カードとして有効活用することに失敗した。結果的に、これらの指導者たちはコミンテルンの共産主義勢力へと接近していくこととなる。

また戦後、対中ODAに象徴される「戦略なき善意」は、日本経済に負の結果をもたらした。日本は製造業のノウハウ、品質管理、生産技術などを惜しみなく中国に供与し、巨額の資金援助を与えた。しかし、これは中国に巨大な経済力と技術力を持つライバル企業群を育成することに繋がり、気づいたときには、日本は自国市場だけでなく、エレクトロニクスや自動車産業といった世界市場でも競合に追いやられる事態となった。このような歴史的な失敗から教訓を学び、日本は受動的な反応ではなく、独自の目的と時間軸に基づいた能動的な戦略を策定する必要がある。
