
なぜ優秀な人が集まってしょうもない意思決定に?
日本企業を蝕む3つの病理と優秀な人材の「凡人化」
多くの日本企業は、高い能力を持つ人材が豊富に存在しているにもかかわらず、時に非合理的で無駄な意思決定を下す。そして、個々の才能が組織の論理に埋没し、「普通の人」になってしまうという現象が起こる。組織社会学の第一人者である太田肇氏の分析に基づき、日本企業が機能不全に陥る原因とされる「3つの病理現象」とその背景、現代の若手社員に顕著な特徴について、Q&A形式で深掘りしていく。

なぜ賢い人ほど「普通の人」になってしまうのか、その真の理由を探る。
Q. 日本企業では、なぜ優秀な人材が「普通の人」になってしまうのか?
この現象の背景には、日本特有の「承認欲求の性質」が存在する。個人の能力や業績、卓越した個性などを評価する一般的な「表の承認」よりも、「和を乱さない」や「空気を読む」といった規範が強く重視される「裏の承認」が組織内で支配的になっているのだ。
裏の承認が優先される環境では、突出することや異を唱えることは避けられ、失敗を恐れる「減点主義」が蔓延する。その結果、本来優秀な人材であっても、組織の調和を最優先し、波風を立てない行動を取るようになる。挑戦による加点ではなく、ミスのない安定を選び、最終的に個性が薄れて平均的な「普通の人」へと収斂していく。
Q. 日本企業が非合理的な意思決定に陥る主な「病理現象」には何があるのか?
太田肇氏は、日本企業の意思決定を狂わせる主な病理現象として、「グループシンク(集団浅慮)」「イナーシア(慣性)」「機会主義(オポチュニズム)」の3つを挙げている。

グループシンク:同質な集団が異論を排除し、非合理的な結論に到達する現象。
イナーシア:一度開始した計画やプロジェクトを、たとえ無駄とわかっていても止められない状態。
機会主義:公を装いながら私的な利益や保身を優先し、変革を阻害する行動。
これらの病理が複合的に作用することで、優秀な個人が集まっても組織としては誤った道を進んでしまうという、現代の日本企業が直面する本質的な問題が生じるのだ。
Q. 「グループシンク」が日本の組織で特に強く機能するのはなぜだろうか?
日本の組織におけるグループシンクの根底には、同質性の高さと「空気を読む」文化が深く関与している。似たような価値観を持つ人々が集まり、長期間共に過ごす中で、お互いの思考や感情を推測しやすくなる。これがかえって反論を難しくさせる要因となるのだ。

反対意見が表に出ないことで、自らの考えが「みんなの考え」であると過信する「エコーチェンバー現象」が起こる。データによると、新卒採用においても円満な人間関係を重視する「空気派」の割合が日系非グローバル企業事務系で6割にも上り、外資系企業の「論理派」優位の傾向とは対照的である。上層部や人事が突出する人材より調和を重んじる姿勢も、この風潮を強める。
Q. 一度走り出した無駄なプロジェクトを止められない「慣性」はどのような影響を与えるか?
組織における「慣性」とは、一度決まった方針や始まったプロジェクトが、たとえその非効率性や失敗が明らかになったとしても、容易に止められない現象である。
その背景には、意思決定に関わった人間の「面子」や、既に投入された多額の資金や労力に対する「サンクコスト(埋没費用)」がある。日本の共同体的な組織風土では、トップや偉い人の面子を潰すことへの強い抵抗感が働くため、客観的な事実よりも内輪への配慮が優先される。結果として、誰もが問題であると認識していながら、責任追及を恐れ、損失を拡大させるまで計画を続行してしまう。実際に、約63%の社員が無駄と知りつつ仕事を続けているというデータもある。
Q. DX化のような変革を阻害する「機会主義」の罠とはどのようなものか?
「機会主義」とは、自身の置かれた状況を利用し、公の大義を装いながら私的な利益を追求する行動を指す。

例えば、デジタルトランスフォーメーション(DX)のような組織全体の変革推進において、「シニア層がついてこれない」「情報漏洩のリスクがある」といった「会社のため」を思わせる建前を持ち出し、実際は自身の権限領域が侵されることや面倒な業務が増えることを避けようとする動きがこれに当たる。このような巧妙な建前の使い分けは、変革への本質的な抵抗となり、組織の進歩を滞らせる大きな要因となるのだ。
さらに、「能力の罰」と呼ばれる現象も、機会主義の一例である。高いスキルや知識(MBA取得や語学力など)を持つ従業員が、それを隠そうとする。能力を誇示すると、望まない部署への異動や、過剰な業務、あるいは転職を疑われて不利益を被る可能性があるためだ。損を避けるためにあえて凡庸を装うことで、組織は貴重な人材と機会を損失している。
Q. 若者層であるZ世代が日本社会に順応し、保守的になっているのは事実だろうか?
革新的であるとされるZ世代だが、実際は保守的な傾向が強い。彼らは摩擦を極端に嫌うため、退職代行サービスを利用したり、職場の不満を直接伝える代わりにネットで愚痴をこぼしたりする。これは、上の世代以上に「空気を読む」ことに長けており、日本的な共同体風土に適応していることの表れだと言えるだろう。

また、成果主義よりも年功序列を支持する若者が過半数を超えている。これは、成果に見合ったリターンが期待できない既存の成果主義への失望と、自己効力感・自己肯定感の低さ、つまり失敗への強い不安が背景にある。高校生の約65%が海外留学を望まないというデータも、若者の「内向き志向」と挑戦を避ける傾向を浮き彫りにしている。
Q. これらの病理を乗り越え、日本企業がより生産的な組織になるための鍵は何か?
日本人は本来、マイペースで自発性に富んだ「猫型」の気質を持っているが、組織内では同調圧力に適応するため、忠実な「犬型」のフリをして生きている。この現状を変革するためには、個人の本来の能力や本音を引き出す仕組みが必要となる。
例えば、議論の場で意図的に多数派の意見と異なる意見を述べる役割を割り当てる「デビルズ・アドボケート(悪魔の代弁者)」は有効な手段である。これにより、忖度なしに建設的な批判が生まれる環境を作り出し、非合理な意思決定を抑制できる。トップやマネージャー層は、社員の能力や本音を前提とした組織運営を行い、多様な意見が受け入れられる文化を醸成するべきだ。これにより、眠れる個々の才能が開放され、組織全体の活性化につながるだろう。