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混迷のイギリス政治。バーナム思想は希望になるのか?
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2026年9月3日

スターマー首相が退任し、バーナム新首相が誕生した英国。今、英国社会で何が起きているのか?どんな思想が生まれつつあるのか?英国在住コラムニストのブレイディみかこ氏に聞いた。 <ゲスト> ブレイディみかこ|ライター・コラムニスト 福岡県生まれ。96年英国ブライトンに在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務...
分断と疲弊の時代を乗り越える: イギリスから学ぶ「テクノ家畜」脱却の道
現代社会は政治的極化、デジタルプラットフォームの台頭、そして価値観の分断が深刻化する複雑な時代を迎えている。イギリスの社会動向を例にとり、政治、文化、テクノロジーがどのように人々の生活や思考に影響を与えているのかを探る。
本稿では、若者の間で広がる排外主義的イデオロギーから、アルゴリズムが生み出す「身体性のなさ」、そしてそこから脱却し真の繋がりを取り戻すためのヒントまで、多角的な視点から議論する。
Q. 現代イギリスの政治状況はどのようなものであり、「極中」という思想はどのように影響を与えているか?
現在、イギリスの政局は労働党、保守党、右派ポピュリズムのリフォームUKが拮抗する「三つ巴」の状況にある。昨年まではリフォームUKが支持率1位を独走し、保守政権の誕生が有力視されていたが、現時点では予測不能な状態である。
もし右派同士が連携すれば、移民層には恐怖感を抱かせるさらなる保守化や排外主義的な政策が強まる可能性が高い。この背景には、左右両派が中央に寄っていく「極中(エクストリーム・センター)」という傾向がある。政治は勝つためにイデオロギーよりもプラグマティズムを重視し、機能性を追求するあまり、党内改革や政策選択において冷徹な判断を下すことが多い。
Q. 「極中」の政治思想は、どのような特徴と危険性を持つか?
「極中」とは、従来の穏健な中道とは異なり、選挙に勝つためなら左派のイデオロギーを徹底的に排除し、政策を冷徹に実行する姿勢を指す。ブレア元首相や現在の労働党スターマー党首がその典型であり、党内の反対派を容赦なくパージした経緯もある。

この思想は「イデオロギーはいらない。機能していればそれで良い」と考えるため、一見すると合理的だ。
しかし、倫理観や道徳が置き去りにされ、モラル的空白を生み出す危険性をはらむ。ブレア政権時代に首相の側近がエプスタイン問題でスキャンダルに巻き込まれたり、現在では「重要な政策決定はAIに任せた方が良い」と主張されるなど、テクノロジーに依拠した非人間的判断を導く可能性もあるのだ。
Q. 若者の間で「マノスフィア」が台頭し、政治的な二極化が進む現状をどのように捉えるか?
コロナ禍以降、SNSに依存するようになった若年層の男性、特に中高生が「マノスフィア」と呼ばれる過激な女性蔑視や右傾化の思想に引き込まれる事例が問題視されている。

これは、筋トレ動画やサプリの広告といった日常的なネットコンテンツをきっかけに、アルゴリズムによって過激な思想へと誘導される形で進行している。結果として、女性教員への暴言・暴力が増えたり、3、4歳の男の子までが女性蔑視的な言葉を発したりするなど、現実社会にも負の影響を与えているのだ。
この男性側の急激な右傾化に対し、若い女性たちは自らの権利や生存に危機感を抱き、緑の党のような左派・環境政党の支持を強めている。このように、同じ若年層内でも男性と女性の間で政治的・思想的な二極化が進んでいる現状がある。
Q. 巨大プラットフォーム企業が現代社会に及ぼす影響と、その政治的な位置付けは何か?
SNSなどの巨大プラットフォームは、今やかつての聖職者、貴族、平民、メディアに続く「第5階級」と表現されるほどの政治的権力を持ち、現代社会に絶大な影響力を及ぼしている。プラットフォームがユーザー投稿の削除基準を設け、警察や裁判所のような司法権に近い役割を担うことも少なくない。これは、国家が担うべき機能を企業が代替していることを意味し、運営自体がもはや「政治」であるとの指摘もある。
この巨大な力に対する規制の動きも加速しており、イギリスではNetflixのドラマを契機に、16歳以下のSNS利用禁止や16、17歳に対する「門限」導入などが議論されている。しかし、利用規約の抜け道や法的な独立性を巡る議論など、規制の実効性や適切性にはまだ多くの課題が残る。

Q. 排外主義や陰謀論が蔓延する社会で「身体性のなさ」とはどういう現象なのか?
現代社会における排外主義や陰謀論の蔓延の背景には、「身体性のなさ」という現象が存在する。これは、人々がスマホやネットから得る情報を現実よりも「真実」と捉え、自身の身体性を伴う実生活との間で深刻な乖離を生むことだ。

例えば、移民排斥を唱える人々は、普段から身近にいる移民の隣人、病院の看護師、子どもの学校の先生に助けられながら生活している。しかし、ネット上の「移民を排除しろ」という言説に熱狂し、彼らが本当に強制送還されることになった際の現実的な影響を想像できないのである。陰謀論者も同様に、ネット動画で金融崩壊論を信じ込み、現金を自宅に隠したり、税金支払いをボイコットしたりするなど、情報空間と現実の区別がつかなくなり、生活が破綻するケースが増えている。
Q. 「テクノ家畜」状態から脱却し、分断を乗り越える「アウトサイド」での協働とは何か?
アルゴリズムが生み出す対立や分断、終末論的思考に囚われる「テクノ家畜」の状態から脱却する最も有効な方法は、「アウトサイドに出る」ことだ。スマホやネットの情報空間の外、すなわち血の通ったリアルな人間関係が構築されるコミュニティに自ら参加し、身体性を伴う活動を通じて関わる必要がある。
例えば、地域で食料を無料で提供する「フードパントリー」のような場では、環境活動家の大学生と右派政党を支持する高齢者といった、思想が全く異なる人々が「困っている人を助ける」という共通の目的に向かって共に活動する。最初は意見の対立があっても、共に汗を流す中で相手の人間性や意外な側面を知り、お互いへの認識が変化していく。このリアルな協働は、ネット上では決して得られない和解や共感を育み、殺伐としたデジタル世界とは対極にある「天国感」をもたらすだろう。
Q. 「個の力」が社会を変革する可能性、その源泉とは何か?
日本では「個の力」と「権力」が異なるものと認識されがちだが、英語の「パワー」には個人の生存能力(power of)、他者との連帯から生まれる力(power with)、そして人々を支配する権力(power over)といった複数の意味合いが含まれる。個人の力が繋がり、「power with」として連帯すれば、権力(power over)をも動かし、時には打破する力となる。
現代の閉塞感を打破するためには、都市的なエリート主義に依拠せず、むしろ地方や土着の強固な相互扶助の精神、泥臭いコミュニティ活動からボトムアップの変革を生み出すことが不可欠だ。かつて日本の歴史にも、伊藤野枝のように「私は一介の個人だが、為政者であるあなたよりも強い」と発言した者がいたように、個々人が自身の力を信じ、連帯することで、社会や経済を変革する大きな力となるはずである。危機感や違和感を抱いている人々こそが、こうした知見を通じて社会の歪みを理解し、新しい未来を創造する主体となれるだろう。