PIVOT TALK WORLD
激動のイギリス社会。バーナムがなぜ人気なのか?
(463)
7,340回視聴
2026年9月2日

スターマー首相が退任し、バーナム新首相が誕生した英国。今、英国社会で何が起きているのか?どんな思想が生まれつつあるのか?英国在住コラムニストのブレイディみかこ氏に聞いた。 <ゲスト> ブレイディみかこ|ライター・コラムニスト 福岡県生まれ。96年英国ブライトンに在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務...
激動の英国社会、若者、生活危機、そしてアンディ・バーナム新首相の挑戦
イギリスは今、記録的な若者ニートの増加、深刻な生活費危機、頻繁な首相交代と、未曾有の激動期を迎えている。
特に若い世代には「英国版ロストジェネレーション」が叫ばれ、不遇の世代が精神的な不調に陥る中、「自己責任」論が蔓延している状況である。
こうした混迷の中で、「北部の王」と呼ばれた地方のカリスマ政治家アンディ・バーナムが新首相に就任した。
彼の登場は、旧態依然とした政治に終止符を打ち、国全体のあり方を根本から変えようとする「協同組合」精神と「脱中央化」という新しいムーブメントの到来を予感させる。
本稿では、ライターでコラムニストのブレイディみかこ氏の解説を基に、激動のイギリス社会の深層と、バーナム新首相が示す新しい社会モデルを探るものだ。

Q. 英国の若者はなぜ「ロストジェネレーション」と呼ばれ、自己責任論が台頭しているのか?
イギリスでは、今後5年間で若者の6人に1人が就学も就労もしていないニート状態に陥ると試算されている。この世代は「ロストジェネレーション」と呼ばれ、かつての日本の就職氷河期世代と共通する問題に直面している。
新型コロナウイルス感染症によるロックダウンも影響が大きい。特にティーンエイジャーは、厳しい行動制限下で孤独を経験し、摂食障害など精神的な不調が激増した。
政府はこれら若者への適切なケアを怠り、国の医療制度NHSも緊縮財政で崩壊寸前だ。その結果、必要な治療を受けられないまま社会に投げ出され、彼らは職に就くことすら困難な状況にある。
現在の若者の苦境に対し、日本と同様に「自己責任」論が蔓延している点も注目される。
「ニートはやる気がないからだ」「傷つきやすすぎるスノーフレイクだ」といった声がSNSなどを通じて若い世代のインフルエンサーからも発信され、構造的な問題を個人の責任に転嫁する風潮が見られる。
Q. 前任者スターマーと異なるバーナム新首相の背景、その人気の理由とはどこにあるのか?
アンディ・バーナム新首相の誕生は、前任者キア・スターマーへの失望が大きな要因だ。
スターマーは「何がしたいのかよく分からない」「無難で中身が空っぽ」と評され、強固なイデオロギーや具体的なビジョンに欠けていたため、国民の強い支持を得られなかった。

SNS主導の現代政治において、イデオロギーなく政策の良いとこ取りをするプラットフォーム型の政治家は、批判に晒された際、明確なファン層に守られることなく支持を失いやすい。
対照的にバーナムは、国政を離れてマンチェスター市長として活躍し、地方政治で確固たる実績と人気を築き上げた。

彼はコロナ禍で中央政府と交渉し、困窮する地方への資金確保に尽力するなど、「ロンドン中心の中央集権に対抗する地方の英雄」としての盤石な基盤を形成。北部では「北部の王」とまで呼ばれるほどの人気を得た。
労働党指導部は当初、バーナムの国政復帰を阻止しようとしたが、その行為がかえって地方民や党員の怒りを買い、彼の知名度と待望論を爆発的に高めた経緯がある。
最終的には、右派ポピュリズム勢力の躍進と統一地方選での労働党の惨敗を受け、スターマーの路線破綻が明白となり、バーナムは圧倒的な国民的支持を受けて無投票で首相の座に就いたのである。
Q. バーナム首相が掲げる「協同組合」の思想は、現代の英国にどう活かされるのか?
バーナムの政治的ルーツは、労働党内に深く浸透している「協同組合党」にある。この党は100年以上前から労働党と選挙協力関係にあり、現在は下院に44人の議員を持つ事実上の第四勢力だが、メディアで報じられることはほとんどない。
しかし、協同組合主義という思想は、地域への還元と相互扶助を基本とする政策を通じて、中央集権の巨大企業による利潤独占に抗う精神的なバックボーンとして機能しているのだ。
バーナムの思想的核となるのは、協同組合運動発祥の地マンチェスター郊外に位置する「ロッチデール先駆者協同組合」だ。

19世紀、インフレと粗悪品の横行に苦しんだ市民がお金を集めて設立した「自分たちのための商店」は、営利至上主義ではなく、地域住民の生活を守ることを目的とした。この草の根の精神が、現代のイギリス社会が直面する課題解決のヒントとされている。
現在、イギリスは深刻な「コスト・オブ・リビング・クライシス」(生活費危機)に喘いでいる。光熱費の高騰により、特に困窮者は冬場に「暖房をとるか、食事をするか」という究極の選択を迫られる「ヒート・オア・イート」問題が深刻化している。
バーナムは、この危機に対して、ロッチデール精神に立ち返り、住民同士の自主的な協力と相互扶助を強調。一握りの大企業が利益を独占するのではなく、市民が主体となって地域の経済と生活を守ることを訴えている。
さらに、過剰なグローバル資本の流入により入場券が高騰したサッカー界に対しても、バーナムは地域のファンや商店が協同組合的にお金を出して運営するフットボールクラブの事例を支持している。
これは、行き過ぎた資本主義への対抗策として、地域コミュニティが自らの主権を維持する草の根の抵抗の形を示しているものだ。
Q. バーナムが目指す「国の脱中央化」と「マイクロポリティクス」とは具体的にどのような政策か?
バーナムが提唱する「脱中央化」は、英国の国のかたちそのものに変革をもたらすものだ。彼は「成文憲法」の制定を主張し、これにより地方自治体への財政権限の恒久的な保障を目指している。
現在、中央政府に税収が集中しているため、地方はロンドンの判断で予算を削られる。地方に財政権限を持たせ、中央からの給付金頼みではなく、地域住民自身が地域のことを一番理解しているという前提で、自治を推進する狙いだ。
彼の政策は、メディアが「瑣末」と評する「マイクロポリティクス」(小さな政治)にその真髄がある。
首相就任後すぐ打ち出したのは、地方でのバス運賃上限を片道2ポンドにする政策や、パブ・ライブハウスへの地方税(ビジネスレート)軽減だ。これらの施策は、地方の人々が日常的に感じる不便を直接的に解消し、地域の活性化につながると期待されている。
これはトップダウンの統制に依存せず、各部門が自律的に機能し連携することで全体が回る、大正時代のアナキスト伊藤野枝の「ミシン理論」にも通じる考え方である。
バーナムのアナキズムは、中央集権を否定し、ボトムアップで人々が連結して生きる有機的な相互扶助を目指す。イーロン・マスクらが標榜する「リバタリアニズム」(富裕層の自由と利益最大化のために国家を否定する思想)とは、その根本において対極に位置する考え方だ。
Q. バーナムの思想は右派ポピュリズムとどう違うのか?
バーナムが目指す「新しい左派」の形は、地域のビジネスを重視し、循環型の経済圏を創出するところに特徴がある。
彼は「ビジネスを否定しない」と明言し、大企業主導のショッピングモール開発を進める右派ポピュリズムとは一線を画している。地域内のスタートアップや小規模店舗が相互に連携し、資金を地域内に留めることで、それぞれの「郵便番号」が豊かになることを目指しているのだ。
右派ポピュリストが難民排斥のような扇動的な政策でメディアを騒がせる一方で、バーナムは地道にバスの路線整備や住宅政策に取り組むことで、「生活者が毎日実感できる本物の変化」を提供している。
これは、表面的な話題性ではなく、具体的な生活の質向上を重視する「地に足の着いた政治」への国民の期待感を示していると言えよう。
現在、イギリスの深刻な住宅問題は、反移民感情を煽る要因となっている。サッチャー政権以降の公営住宅の民営化と新規投資の不足により、手頃な価格の住居が失われ、その不足分が税金でホテルに収容される難民への嫉妬と怒りに転嫁されている。
バーナムは、この悪循環を断ち切るためにも、公営住宅の供給再開など、社会インフラの立て直しを最重要課題の一つとしている。これが、リフォームUKのような右派ポピュリズム勢力が人々の不満を利用し、勢力を拡大する状況への最大の対抗手段だと認識しているのだ。