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働き方の科学(後編):高所得層ほど幸福の格差が大きい
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2026年8月30日

人間は何時間働くのが健康にいいのか?労働時間と出世にはどんな関係があるのか?「働き方の科学」をテーマに、佐藤豪竜・慶應義塾大学専任講師に最新のエビデンスを紹介してもらった。 <ゲスト> 佐藤豪竜|慶應義塾大学総合政策学部専任講師 北海道出身。専門は社会疫学、医療経済学。東京大学卒業後、厚生労働省に...
科学が解き明かす「最高のワーク・ライフバランス」とは何か?
働き方改革、ウェルビーイング、人生100年時代。現代社会は「働くこと」そして「生きること」に対し、これまでにないほど多様な価値観を求めている。
多くの人がより良い生き方を模索する中で、経験や直感に頼るだけでなく、科学的なエビデンスに基づいた最適な選択肢を知りたいと考えるだろう。
本稿では、最新の研究が明らかにする運動、睡眠、健康、所得、余暇といった生活のあらゆる側面における「最適解」を探求し、日々の生活をより豊かにするヒントを提示する。
Q. 余暇時間が増えるほど、なぜ幸福度は下がってしまうのか?また、理想の余暇時間とはどのくらいか?
一見すると矛盾しているようだが、アメリカの研究では余暇時間が長すぎると幸福度が低下することが示されている。最も幸福度が高まるのは1日2~5時間の余暇だ。

これは、与えられた時間を「非生産的」と感じてしまうことで、かえってストレスが増大するためである。最近流行りのFIRE(早期リタイア)も、ただ自由な時間が増えるだけでは必ずしも幸福には繋がらないのだ。
特にリタイア後の生活においては、ただ趣味に没頭するだけでなく、友人や家族との交流時間を持ち、他者と積極的に関わることが幸福度を維持する上で非常に重要となる。暇を持て余すのではなく、生産的だと感じられる方法で時間を過ごす工夫が必要だ。
Q. 健康と生産性を最大化するための、適切な運動量と睡眠時間とは何か?
死亡リスクを最も効果的に低減する運動量は、息が弾む程度の運動を1日24~30分行うことである。これは週換算で約150分に相当し、WHO(世界保健機関)の推奨とも一致する。

毎日時間が取れない場合でも、週末にまとめて150分運動すれば同様の効果が得られるとされている。一方、「1日1万歩」という通説に科学的根拠はなく、実際には7,000歩程度で十分な死亡リスク低減効果が期待できる。
睡眠に関しては、健康面・生産性面ともに7~8時間が最適解とされる。筑波大学の研究でも、7〜8時間の睡眠が「プレゼンティズム(職場にいるが能力を十分に発揮できていない状態)」を最小限に抑え、最も生産性が高まることが明らかになった。

就寝や起床の時間がずれることで生活リズムが乱れるよりも、毎日決まった時間にベッドに入ることが重要だ。過剰な睡眠も健康リスクを上げる可能性が指摘されるが、これは疾患によるものが多く、安易な判断は避けるべきである。
また、子供は成長段階に応じ10時間以上の睡眠を必要とするため、成人の目安とは異なる。
Q. 幸福度を最大化させるために、「所得」や「健康」をどのように捉えればよいか?
過去には「年収800万円で幸福度は頭打ちになる」とされたが、最新の研究では所得が高まるほど平均的な幸福度も上昇し続けることが分かっている。しかし、その高所得者層の中でも幸福な人とそうでない人の差が大きく、所得が個人の幸福度を説明できる割合はわずか1%にすぎない。
つまり、お金があることだけが幸福をもたらすわけではないのだ。グロスマンモデルに代表される経済学のモデルでも、個人の幸福度を構成する大きな要素は「健康資本」と「余暇」であるとされている。
お金をどのように「健康」と「余暇」に投資し、自身の充実感を高めるかが、幸福度を最大化する鍵を握っている。たとえば腰痛による生産性低下の大きさを考慮すれば、定期的な整体ケアなども有効な健康投資と言えるだろう。
Q. 「在宅勤務」は生産性を下げるという通説は本当か?科学が示す「理想の1日」の過ごし方とは何か?
多くの企業が抱く懸念に反し、在宅勤務は生産性を低下させるどころか、むしろ向上させる可能性をスタンフォード大学のランダム化比較試験(RCT)が示した。従来の「在宅勤務で生産性が下がる」という認識は、元々サボりがちな人が在宅勤務を選ぶ傾向があるという「選択バイアス」に過ぎなかったのだ。
同研究では、在宅勤務は生産性向上に加え、離職率低下の効果も明らかにしている。一方で、昇進率の低下というデメリットも存在するため、完璧な働き方ではない。
科学的なエビデンスに基づく「理想の24時間」は、仕事8時間、睡眠7時間、運動・準備1時間、余暇2時間、そして家事や通勤などの雑務6時間という構成になる。

日本人の平均通勤時間は往復で1時間20分と言われ、長時間の通勤はメンタルヘルスの悪化や離婚リスクの上昇と関連するため、通勤時間を短縮する在宅勤務の活用は個人の幸福度にも貢献する。
Q. 私たちは多様な「エビデンス」に対し、どのように向き合い、日々の生活や働き方へ活用すればよいか?
提示される様々なエビデンスはあくまで「平均値」であり、盲信すべきではない。信頼度は6割程度にとどめ、自身の状況に合わせた個別解を見出す視点が重要だ。例えば子育てや介護の期間には、提示された「理想の1日」をそのまま実践することは困難である。その場合、何かの時間を削る取捨選択が求められる。
また、日本の社会には長時間労働を美徳とする「根性論」が未だ根強い。しかし、現代社会では決められた時間の中でどれだけ「密度高く」働けるかが成果に繋がる。
闇雲に働くのではなく、エビデンスを活用して賢く働く意識を持つことが求められる。自分の身体の声に耳を傾け、健康を害するほどの無理は避けるべきだ。
Q. 日本の働き方改革をさらに推進するために、政策レベルでは何が必要か?
第一に、政策決定の基盤となる「データ」の不足が挙げられる。日本では個人情報保護などの問題から、企業が労働データを研究機関に提供しづらい状況がある。日本発のデータを整備し、エビデンスに基づいた政策立案を進めるための環境づくりが急務である。
第二に、柔軟な働き方を担保する制度設計が求められる。現状は労働時間のみで規制されるケースが多いが、裁量労働制の拡大など、個人のライフスタイルに合わせた働き方を選べるようにするべきだ。
ただし、やりがいを理由に働きすぎるリスクもあるため、労働時間や健康状態のモニタリングとセットで推進する必要があるだろう。
そして第三に、「リスキリング(学び直し)」を通じた自己投資の促進である。日本は諸外国に比べ、ビジネスパーソンの自己学習時間が極めて少ないと言われる。変化の激しい時代において、自身のスキルを継続的にアップデートしていくことが、労働生産性の向上とキャリアの維持に不可欠となるだろう。