
総合商社株≒オルカンだ【米村吉隆・篠田尚子】
「日本版オルカン」総合商社株の真価とは?知られざる魅力と潜むリスク
近年の日本株式市場で大きな注目を集めているセクターの一つに総合商社がある。ウォーレン・バフェット氏の投資、そして株主還元策の強化により、長年「万年割安株」と揶揄された評価は一変し、多くの個人投資家からも注目される存在となった。この変化の背景には何があり、総合商社株が持つ真の価値とリスクは何か、また個人投資家はどのようにアプローチすべきか考察する。
Q. 総合商社株が長らく市場から割安に評価されてきた理由は何か?
約10年前の5大総合商社のPBR(株価純資産倍率)は全て1倍を大きく下回っていた。この過小評価の主な原因は「コングロマリット・ディスカウント」と呼ばれる現象にあった。
事業が多岐にわたるため、個々の事業を切り出すと中堅企業の集合体と見られがちで、企業全体の適正価値が算出困難となる点。
何百もの子会社を抱え事業が広範にわたるため、すべての分野をマネジメントできるスーパー経営者の存在に疑問が持たれていた点。
投資家は自身の判断でポートフォリオを分散したいと考えているが、商社が自社の内部でブラックボックス的に分散投資を行うことが敬遠されていた点。
予測不可能なタイミングで発生する多額の減損損失が、投資家の不確実性を高め、投資意欲を削いでいた点。
これらの要因が重なり、多角的な事業展開がむしろリスクとして認識され、株価が企業価値に対して割安に評価され続けてきたのが実態だ。
Q. なぜ商社株は近年急騰し、市場からの評価を一変させたのか?
商社株が劇的に評価を変えた背景には複数の要因がある。第一に、2015年に導入された「コーポレートガバナンス・コード」である。これにより、従来の財閥グループ内での株式持ち合い解消が進み、株主構成は機関投資家や個人投資家が中心となり、商社は資本市場からの要求に正面から向き合わざるを得なくなった。
第二に、東京証券取引所が上場企業に対し「PBR1倍割れ」の是正を強く求めたことである。これにより、かつてPBR1倍割れが常態化していた総合商社は、株価向上に向けた抜本的な経営改革を迫られることとなった。
そして最も大きな変化は「株主還元」への積極的な転換である。多くの総合商社が下限配当の設定や累進配当の導入、積極的な自社株買いを表明し、互いに追随する形でこれらの策を強化した。これにより、「利益の一定割合は確実に株主に還元される」という計算が可能となり、突然の巨額減損といった不確実性が大幅に薄れた。この安定感は、特に個人投資家から強い支持を得る要因となっている。
Q. 手厚い株主還元策は総合商社の将来的な成長を鈍化させることはないのか?
株主還元の強化は投資家にとって歓迎すべきだが、将来の事業成長に向けた投資資金を削るというトレードオフの関係にある。この点について、市場では成長鈍化の懸念も存在すると解説者は指摘する。
しかし、総合商社が「一つ一つの事業を切り出すと中堅企業の集合体」であるという特性を考慮すると、安定した事業ポートフォリオを効率的に運営し、その利益の一部を株主に還元するという戦略は理に適っている側面がある。
つまり、これまでの突然の減損の歴史を踏まえ、ハイリスク・ハイリターンの「成長」にフルベットするのではなく、バランスの取れた「安定成長と株主還元」が現状の実態に合ったアプローチと言えるだろう。
Q. 総合商社の経営戦略はどのように進化しているのか?
総合商社の経営陣は、これまでの姿勢から一変し、株価や時価総額を重要な経営指標と捉え始めている。伊藤忠商事が時価総額での業界トップを宣言し、丸紅が「世界の時価総額100位圏内」という具体的かつ野心的な目標を掲げたように、市場からの評価を経営の中心に据える動きが顕著になっている。
「時価総額」は外部環境に左右されやすく、企業が直接コントロールしにくい指標であるため、これをコミットメントすることは、事業成果とIR活動による評価向上、そして必要に応じた自社株買いまでを含めた強い経営の意志の表れと言える。
また、事業ポートフォリオ戦略も変化している。かつて「売却をしない永久保有型の投資会社」という印象が強かった商社は、「役割を終えた事業は適切に売却し(エグジット)、得た資金で新たな有望な海外企業を買収する」という、よりダイナミックな新陳代謝サイクルを加速させている。この戦略により、株主還元と成長投資のバランスを取りつつ、事業構造の最適化を進めているのである。
Q. 好調が続く商社株に潜むリスクとは何か?また、個人投資家はどのように投資すれば良いか?
総合商社は本質的にグローバルな経済活動を前提とした「景気敏感株」である。そのため、世界的な景気後退や、各国のブロック経済化などにより人・モノ・金の流れが滞るような事態が生じれば、業績に大きな影響を受ける可能性が高い。
特に資源価格の急落や、それに伴う再びの巨額減損発生は、これまでの株主還元策の下方修正につながり、「商社の宴」が終わる引き金となりかねない点は注視すべきである。
同じ「三菱」や「三井」などの名を冠する系列グループ企業であっても、商社と銀行、電機、不動産、重工等との資本の持ち合いは形骸化しており、株価の連動性はほとんどない。
商社独自の財務指標を精査することが重要である。
個別銘柄選定の難しさに対しては、個人投資家向けに「商社セクター全体」に分散投資するETF(上場投資信託)が有効な選択肢である。例えば、野村アセットマネジメントが提供するNEXT FUNDS 東証業種別株価指数−商社・卸売 (証券コード: 1629) が挙げられる。
また、最近上場した「グローバルX 総合商社&支援ビジネス日本株式 ETF」 (証券コード: 609A) は、総合商社に加え資源関連企業を組み合わせたテーマ性の高い商品として、新たな投資機会を提供している。
歴史的に商社をテーマとした投資信託は少なかったが、ETFという形が提供され、より手軽に多様な事業に投資できる環境が整いつつあると言える。
Q. なぜ総合商社株は「日本版オルカン」と呼ばれるのか?
総合商社株が「日本版オルカン(オール・カントリー)」と称される理由は、その事業特性にある。世界中の多岐にわたる事業に投資し、そこで得た利益を安定的に株主に還元するというビジネスモデルは、まるで「全世界にバランスよく投資を行う投資信託」のようである。
連結子会社の多さ、例えば三菱商事の圧倒的なブランド力と多くの優秀な人材は、日本経済を牽引するエリート集団の頂点に位置すると言われる。非資源分野での独自性を持つ伊藤忠商事や、力強い成長を見せる三井物産、ユニークな哲学でチャレンジを続ける丸紅など、各社は明確な個性を持つ。
さらに、ETFのような形で手軽に投資でき、日々のニュースや経営陣のメッセージを通じて事業動向を把握しやすい点は、個人投資家にとって安心材料である。
バフェット氏も投資したように、総合商社株は「顔が見えて手がけやすい安定配当型のオルカン」として、個人の資産形成において魅力的な選択肢となっている。
