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インド経済復活。次は製造業とGCC
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2026年8月3日

世界のスタートアップ、テクノロジー市場が回復に向かう中、インドと東南アジアでは何が起きているのか?シンガポール在住のベンチャーキャピタリスト、蛯原健氏に聞いた。 <ゲスト> 蛯原健|リブライトパートナーズ 社長 1994年横浜国大卒、日本合同ファイナンス(現ジャフコ)入社。一貫してベンチャー投資に...
「ぶっちぎり」成長のインド、「低迷」東南アジア——加速する新興市場の二極化とは?
インドと東南アジアの新興市場が、いま大きな変革期を迎えている。長らく新興国の成長牽引役と目されてきたこれら地域だが、現在では明確な二極化が進む。インドが驚異的な経済成長と技術革新で世界経済をリードする一方、一部の東南アジア諸国では政治的リスクや技術的遅延により市場の冷え込みが顕著である。本記事では、この対照的な状況がどのように生まれ、各国にどのような影響を与えているのかを、専門家の分析を基に深掘りしていく。

Q. インド経済の現状とスタートアップ市場は現在どのような状況にあるか?
インド経済は現在「ぶっちぎり」の絶好調である。GDP成長率は約7.5%で推移し、地政学リスクの影響をほとんど受けずに力強い成長を維持している。ロシアからの安価な石油調達など、巧みな外交政策が功を奏している面もある。
スタートアップ市場もこのマクロ経済の好調さを反映し、活気を帯びる。かつて「冬の時代」が4年ほど続いたが、現在は大幅な回復を見せる。特にディープテック領域が国を挙げて推進されており、インド政府は100億ドル(約1.4兆円)規模のファンドを創設し、税制優遇やインセンティブを通じてAI・ディープテック企業を強力に支援する体制を整えている。AI関連のスタートアップ数は前年比1.6倍に急増しており、ソブリンAIの開発にも力を入れる。
一方で、インド最大の産業であるITアウトソーシング(SI)企業はAIの脅威に直面している。プログラミングの自動化が進んだ結果、インフォシスやタタ、ウィプロといった最大手企業の株価は15〜20%下落し、大規模な人員削減や事業構造の転換を余儀なくされている状況だ。
Q. 米国のビザ政策がインドのIT人材エコシステムにどのような影響を与えたか?

米国の専門職ビザであるH1Bビザは、その7割以上がインド人に交付されていたため、「インド人ビザ」とさえ呼ばれるほどであった。しかし、米国政府が高額な手数料(1人あたり約1600万円)を課す規制強化に踏み切ると、インド人エンジニアを米国へ派遣する従来の「タレントインポート(人材の輸入)」モデルのコストメリットが消失。結果として、渡米するエンジニアの数が激減した。
この変化に対し、シリコンバレーのビッグテック企業群(Meta, Amazon, Appleなど)は戦略を転換。「人を動かせないならば仕事を輸出する」という方針の下、インド国内での直接雇用を急増させている。これは年間18%増のペースで進展しており、インドに拠点を置くSI企業も同様の動きを見せる。
これにより、従来の単純なオフショア開発拠点とは一線を画す、より高機能な研究開発拠点「GCC(グローバルケイパビリティセンター)」がインドで急速に発展。金融アルゴリズム開発からAI研究開発までを担い、既に1800以上のGCCが設立されており、そのうち1割以上はAI特化型だ。第一生命など日本企業もその活用を進める。米国に戻ったインド人エンジニアたちが自身のルーツであるインドでキャリアを積むことができる新たなエコシステムが構築された形だ。
Q. インドは製造業大国としての地位を確立しつつあるか?
モディ政権が10年以上にわたり掲げてきた「Make in India」政策は結実しつつある。スマホの分野では、世界に流通するiPhoneの4台に1台がインド製となり、米アップルのサプライチェーン再編の恩恵を大きく受けた。さらに、自動車生産においては、とうとう日本を抜いて世界3位に躍進した。インド製自動車の輸出も始まっており、アフリカを中心にマーケットを拡大。かつてのデトロイトのような製造業大国を目指す姿勢が鮮明になっている。
単なる組立工場に留まらず、半導体製造にも国家的に力を入れ、モディ首相の地元グジャラート州には大規模な半導体集積地を建設中である。サムスンを始めとするグローバル企業を誘致し、10〜20年スパンでの半導体大国化を着実に推進する。
Q. 東南アジアのスタートアップ市場が厳しい状況にあるのはなぜか?

東南アジアのスタートアップ市場は、シンガポールを除けば現在深刻なスランプ状態にある。一部の統計では資金調達額が伸びているように見えるが、これはデータセンター建設に関する大規模なPE案件といった特殊要因が大きく影響しており、純粋なスタートアップへの投資は停滞するか減少傾向にあるのが実情だ。インドネシアやタイといった主要国も例外ではない。
この低迷の背景には、深刻な政治的リスクがある。特にインドネシアでは、GoJek創業者で教育大臣まで務めたテックヒーローの汚職容疑による逮捕が、国内のスタートアップ業界に堀江貴文氏の逮捕事件以上の衝撃を与えた。大手通信会社のコーポレートベンチャーキャピタルであるMDIベンチャーズの役職員4名が、投資先企業による粉飾決算と個人の業績連動ボーナスを「汚職」と断罪されて逮捕された件は、国外のベンチャーキャピタルの新規投資姿勢を極めて慎重にさせた。投資家は「次にジャカルタに降り立ったら逮捕されるかもしれない」と警戒し、業界全体に萎縮効果が広がった。
さらに、インドネシアやタイ政府は、ギグワーカーへの社会保障義務付けや、ライドシェア企業への手数料半減要求といった「アンチビジネス」的なポピュリズム政策を推進しており、企業のマージンを圧迫し、海外からの投資意欲を削いでいる。このような政治的・法的な不安定さに加え、東南アジアのほとんどの国には、AIや先端技術を自力で生み出すためのディープテック人材が致命的に不足している点も成長の足かせとなっている。
Q. その中でシンガポールだけが好調を維持している理由は何なのだろうか?また、テクノロジー格差が東南アジア各国に与える長期的な影響とは何か?

シンガポールは東南アジアにおいて唯一の例外であり、周辺国が低迷する中で資金調達を独占し、圧倒的な好調を維持している。金融都市としての顔を持つ一方で、ハイテク国家としての実力も抜きん出ている。地震が少なく海底ケーブルが集中する地理的優位性を活かし、都市別で世界4位のデータセンターハブとしての地位を確立。半導体産業でもNVIDIAの顧客国別売上で米国に次ぐ2位を誇り、バイオファーマ産業も高い競争力を持つ。
また、人材面でも高い流動性が特徴だ。大手グローバルテック企業と地元ユニコーン企業の間で人材がシームレスに移動する「リボルビングドア」式のキャリアパスが一般的で、質の高いエンジニアや幹部層が常にエコシステム内を循環している。
一方で、自国でのディープテック開発が進まない東南アジアの多くの国々では、新たな脅威が迫る。EV化やAI化の波が急速に進む中、タイのように自国テックが脆弱な国は、中国製EV(BYDなど)が新車市場の25%を占めるまでに席巻され、国内市場を海外勢に奪われる現象が発生している。かつての産業革命で技術力格差が植民地化を招いた歴史と同様に、AIやディープテックを制する国々とそうでない国々の間で「経済的・デジタル的植民地化」とも呼べる状況が生まれつつあり、技術的自立の緊急性が高まっている。