ビジネス虎の巻
稼げるビジネスモデルの型【井上達彦】
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2026年7月12日

ビジネスにおける「虎の巻」を有識者から学ぶ「ビジネス虎の巻」。今回のテーマは「ビジネスモデル」。ゲストはビジネスモデル研究の第一人者・早稲田大学商学学術院教授・井上達彦氏。あらゆるビジネスを9つに分類するフレームワークを起点に、日経225企業172社の決算データ分析から見えた「稼げる型・稼げない型」...
「すべては仕組みである」他者の強みを活かす「強いビジネスモデル」の核心とは?
ビジネスの成功は、商品の魅力やサービスの質だけで決まるわけではない。その根底には「強いビジネスモデル」の存在が不可欠である。この「強さ」は、単なる商品力に留まらず、仕組みや顧客体験、さらには他者の力を巧妙に巻き込むことで創出される。複雑に見えるビジネスモデルも、実はシンプルな要素の最適な組み合わせによって構築されているのだ。
本記事では、その普遍的なフレームワークや事例を通して、あらゆる企業に共通する「強いビジネスモデル」の核心に迫る。

Q. 強いビジネスモデルの本質はどこにあるだろうか?
強いビジネスモデルの核心は、「すべてを自社でやろうとしない」点に集約される。自社のリソースだけで完結するのではなく、外部のパートナーやアセット、あるいは他者の強みを巧妙に組み込み、レバレッジを効かせる仕組みを構築することが重要である。これにより、自社の限られた資源を最適に配置し、持続的な成長を実現することが可能となる。
例えば、最先端の技術を駆使した複雑な事業に見えても、その多くは基本的な「レゴブロック」のような要素を最適に組み合わせることで成り立っている。このシンプルな構造理解こそが、現代ビジネスにおいて、どんな業界、どんな企業においても適用できる普遍的な競争優位性を見出す出発点となる。
Q. 事業構造を可視化する「ビジネスモデルキャンバス」の構成とその活用法とは何か?
ビジネスモデルキャンバスは、事業の全体像を一目で把握するための強力なフレームワークである。その中心には「価値提案」が据えられており、キャンバス全体がこの価値提案を中心に設計される。
右半分(フロントエンド):顧客セグメント、チャネル、顧客との関係性に分類される。これは、生み出した価値を顧客にどのように届け、どのような関係を築くかといった顧客接点と価値の流れを示す部分である。
左半分(バックエンド):主要活動、主要資源、キーパートナーに分類される。こちらは、価値創造の裏側でどのような活動が必要か、どのような資源を使い、誰と連携して価値を生み出すかを表す。
そして、その下部には収益の流れとコスト構造が配置され、事業全体がどのように利益を生み出すかが可視化される。
キャンバスを埋める際には「言葉の力」が非常に重要となる。具体的に何を顧客に提案するのか、どのような関係を構築するのかを明確な言葉で表現することで、事業の本質がより鮮明になる。
Q. 「当たり前」を破る視点がなぜビジネスモデルを強くするのか?

ビジネスを考える際、多くの人が業界の「当たり前」にとらわれがちである。しかし、本当に強いビジネスモデルは、この当たり前を打ち破る「非常識な視点」から生まれることが多い。ファミリーレストランの事例がその典型である。一般的なレストランであれば「美味しい料理」が価値とされるが、ファミリーレストランの本質的な価値はそこにはなかった。
多くの利用者が評価したのは「子どもが騒いでも汚しても誰も文句を言わないこと」「家族が楽に食事ができること」といった、ストレスフリーな体験価値である。親は料理の質よりも、気兼ねなく過ごせる空間を求めていることを的確に捉えたのだ。
さらに、子どもたちが写真付きのメニューから自分の食事を「自分で選べる」という“王様体験”は、家庭ではなかなか味わえない特別な価値となる。この独自の価値提供を徹底するため、割れない食器の採用、広々としたテーブルと通路、注文後のスピーディーな配膳など、店舗設計から運営に至るまで、あらゆる要素が緻密に最適化されている。このような「守破離」における「破」の視点、つまり業界の常識を打ち破る発想が、競争優位性の源泉となるのだ。
Q. ビジネスモデルを9つに分類するフレームワークは、どのような知見をもたらすのか?
ビジネスモデルは、「価値の創造方法」と「収益の獲得方法」の二つの軸で、9つの基本タイプに分類できる。
価値創造の軸:
単体の力:商品自体の魅力で勝負(例:製造販売)
引き合わせの力:需要と供給を結びつける(例:マッチング)
組み合わせの力:複数の価値を組み合わせて提供(例:ドラッグストアのフック商品)
収益獲得の軸:
ワンショットの取引:都度売り切り型(例:通常の小売)
継続的な取引:定期的な収益(例:サブスクリプション)
補完財を活用した取引:基本商品に付随する追加的な収益(例:プラットフォーム)
これらの分類に基づくと、日経225の分析から、多くの企業が採用する「製造販売モデル」は利益率や効率性が最も低いことが明らかになった。一方、「継続(サブスクリプション)モデル」や「マッチングモデル」、「補完財プラットフォームモデル」は、非常に高い収益性を持つことが示されている。
このフレームワークを理解することは、自社のビジネスモデルが現在どのタイプに属し、どこを強化すべきかを客観的に評価する上で不可欠である。さらに、異なるモデルの要素を「レゴブロック」のように組み合わせて、新たな価値を創造したり、既存事業を革新したりする発想に繋がり、模倣から大胆なイノベーションを起こす可能性も広がる。
Q. 実際に「強いビジネスモデル」で成功している企業の特徴と事例は何があるのか?
強いビジネスモデルを持つ企業は、単に優れた商品を提供するだけでなく、独自の仕組みや戦略で持続的な優位性を築いている。その特徴をいくつかの事例から見ていこう。
例えば、コメダ珈琲は、フランチャイズモデルでありながら、本部へのロイヤリティを「売上比例制」ではなく「座席数に応じた定額制」にしている。これにより、加盟店は回転率を上げるプレッシャーから解放され、顧客は時間を気にせず「ゆっくりできる」空間を楽しめる。この独自性の維持が、結果として顧客体験と収益性の両方を高めている。
また、Appleに代表される「補完財プラットフォームモデル」は、自社の強みを他者に委ねる戦略で成功した。iPhoneというベース製品を提供し、その上で動く多様なアプリのほとんどを世界中のサードパーティ開発者に任せる。これにより、自社で全てを開発するコストを抑えつつ、限りないサービスラインナップで顧客を魅了している。「自社の強みの源泉は他者にある」という哲学がまさに具現化されている事例である。
日本の大企業であるソニーの変革も注目に値する。かつてトリニトロンやウォークマンといった製品販売で名を馳せたソニーは、VHSとのビデオ規格争いの敗北を機に「ソフトと知財(IP)を抑える重要性」を痛感する。その結果、音楽事業やゲーム事業(PlayStation)といったプラットフォームビジネスへと重心を移し、安定的かつ高収益なモデルへと進化を遂げた。幾度もの失敗から学び、着実にビジネスモデルをアップデートし続けたことが、今日のソニーを支えている。
さらに、「逆転の発想」で差別化に成功した企業もある。サンリオのキティちゃんに代表されるキャラクターたちは、物語が「ない」ことで幅広い企業とのコラボレーションを可能にした。人気のキャラクターの多くが特定の物語に紐づくのに対し、ストーリーを持たないが故に、どのようなブランドとも柔軟に組み合わされることができる点が、サンリオの強みである。一見弱みと思われる「物語のなさ」を戦略的な強みへと転換させた事例と言える。
Q. 時代の変化に対応し、ビジネスモデルを進化させ続ける秘訣は何だろうか?

今日のビジネス環境は常に変化し、成功は一時的なものになりかねない。AI技術の進化に伴うサービスもそのほとんどが「サブスクリプション(継続モデル)」であり、顧客をいかに繋ぎ止めるかが勝負となる。
進化を続ける秘訣は、「代替関係」ではなく「補完関係」を築くことである。例えば、AIチャットサービスが競合製品と「補完関係」を構築できれば、ユーザーは両方を併用し続けるだろう。自身のサービスや商品の強みを明確にし、他者との差別化ではなく、相互の価値を高め合う視点が求められる。
投資家は、短期間の業績よりも、企業のビジネスモデルが長期的な視点で変化に対応し、進化し続ける力を持っているかを重視する。常に市場の深層ニーズを見極め、既存の枠にとらわれずに柔軟な発想で挑み続ける姿勢こそが、持続的な成長を実現し、揺るぎない企業価値を創造する鍵となるだろう。