
【日本債券市場の行方】お金の”循環”とは?
日本は財政破綻しない?専門家が見る国債と金利のリアル
経済指標の動向が激しく変化する現代において、日本の財政健全性や金利、為替の行方は多くの人々の関心を集めている。特に、「日本は財政破綻するのではないか」という議論は、メディアで頻繁に取り上げられ、投資家や一般の人々の間で不安を煽ることもある。
しかし、長年債券市場の最前線で取引を行ってきたプロフェッショナルたちは、この問題に対して、一般的なメディアとは異なる見解を持っている。
今回は、レオスキャピタルワークス債券戦略部長の福室光生氏を迎え、彼の著書『投資は金利が9割』にも通じる独自の視点から、日本の債券市場の深層を解き明かす。債券のプロが見る金利と財政の「リアル」とはどのようなものか。メディアでは決して語られない真実を、Q&A形式で解説する。


Q. 日銀の最近の利上げに対する市場の本当の評価はどうなっているか?
日銀は6月の金融政策決定会合で政策金利を引き上げた際、基調的な物価上昇率が2%を上回るリスクへの言及をした。エコノミストからは、物価高対策の影響を除いた物価は既に2%後半に達し、債券市場の期待インフレ率も2%を超えているという指摘があった。
市場関係者から見れば、これは表面的な理由であり、本当の動機は止まらない円安を食い止めることであったと見られている。もちろん、ファンダメンタルズも利上げを正当化する材料とはなった。しかし、為替市場の過敏さは際立っており、あるエコノミストの「年末と来年夏に利上げ」という市場コンセンサスの説明が、「利上げすべき」と誤って報じられ、一時的な円高を引き起こしたこともあった。これは市場が政策変更に対して極めて敏感になっている現状を浮き彫りにした。
Q. 日本は財政破綻すると指摘されることも多いが、債券市場関係者の共通認識はどうか?
メディアでは日本の財政破綻に関する議論がしばしば交わされるが、長年債券市場の最前線で取引を行ってきたプロフェッショナルたちはこの見解を共有しない。彼らの間では、日本が財政破綻することはないという考えがコンセンサスを形成している。これは主流メディアの論調とは大きく異なる点である。
この市場の常識は、MMT(現代貨幣理論)の主張と結果的に重なる部分があるものの、MMTという言葉が世に広まる前から現場の実感として持たれていたものである。プロの見方と一般的な議論の乖離は、根本的なお金の理解に起因すると考えられる。
Q. 財政破綻しない根拠となる「お金の循環」とは、具体的にどのようなメカニズムなのか?

一般的な経済学の教科書では、国債を発行すると民間からお金が吸い上げられ、企業の資金調達を阻害する「クラウディングアウト」が発生すると説かれる場合がある。しかし、市場のプロの認識はこれと異なる。
政府が国債発行で調達した資金は、公共事業などを通じて企業へと支払われる。企業はそのお金を取引先や従業員への給料として払い、これらの資金は最終的に銀行預金として国内金融システムに戻るのだ。そして銀行はその預金を使って国債を購入する。この一連の動きは、お金が国内で循環し、消滅することなく再び政府の資金調達の源となる閉じたループを形成する。日本の国債は最も信用力が高い資産の一つであり、この循環メカニズムが国内での財政破綻を防ぐという論理だ。
Q. 日本は財政破綻しないという認識ならば、なぜ国債金利は最近、急上昇したのか?
日本が財政破綻しないという認識は、国内における「お金の量」に関するものである。しかし、最近の金利急上昇の主因は、「金利リスクの需給ミスマッチ」にあった。生命保険会社は以前、超長期国債の主要な買い手であったが、現在は売り手に転換した。
さらに、日本銀行の買い入れ減少も重なり、長期国債の需要が大きく低下した。銀行も10年物国債への投資を積極的には行っていない。このように、市場で想定されていた長期債の買い手が不在となったため、価格が下落(金利が上昇)したのだ。これはお金の量が問題なのではなく、発行される国債の年限(金利リスク)と、それを買い支える投資家の需要のバランスが崩れたことが原因である。財務省の年限調整が遅れたことも、市場の混乱に拍車をかけたという見方が有力だ。
Q. 新政権が掲げる積極財政や巨額の経済対策は、市場にどのような影響を与えているか?
高市新政権が掲げる「責任ある積極財政」や370兆円規模と報じられた成長戦略・経済対策に対し、市場関係者の多くは額面通りの財政拡大リスクとは捉えていない。実際には、この巨額の対策に含まれる多くは民間の投資が前提であったり、既に進行中のプロジェクトが含まれていたりするため、政府の新規財政支出としては実質的なインパクトが小さいとの見方がある。
日本はG7の中で見ても財政状況はむしろ良好であり、債務残高対GDP比も改善傾向にある。しかし、財務省が国債発行計画に関して楽観的または硬直的な姿勢を見せると、市場の不安心理が増大し、それが金利上昇につながることがある。大規模な財政拡張自体が直接的なリスクとは見なされていないが、当局の市場との対話不足や情報伝達の課題が金利に影響を与える可能性があると言える。
Q. 国の「信用」とは何で測るべきか?そして、止まらない円安の根本原因は何か?

国の「信用」は、専門的な指標であるドーマー条件やCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)だけで測るべきではない。真の信用とは、自国民がその通貨(円)を積極的に保有したいと考えるかどうかである。新NISAなどの政策も後押しする「貯蓄から投資へ」の流れ、特に海外インデックスファンドへの資金流入は、個人が円預金よりも外貨建て資産を選択している現状を示している。日銀の利上げ後も預金金利が十分に上がらないため、円預金の魅力が薄れているのが実情だ。
このような「円を手放す動き」が構造的に円安を助長し、それが円の信認低下を映し出している。したがって、国の信用を判断する上で、長期金利よりも為替レートの動向を注視することが重要だ。
Q. 今後、日本の金利や為替の動向はどうなる見込みか?
現在の円安は行き過ぎであるとの見方もある。世界的なインフレの要因の一つであった原油価格は既にピークアウトしており、特段の地政学リスクが顕在化しなければ、2025年には世界的にインフレが落ち着く可能性が高い。これにより、行き過ぎた円安は是正され、円高方向へ転換する可能性も指摘される。
日銀の政策金利に関しては、年末に1回、2025年夏頃に1回の追加利上げが市場コンセンサスとして織り込まれており、中立金利(1.5%程度)を目指す動きとなろう。しかし、このようなペースでは金利の蛇口調整が足りず、政府側としてはさらに迅速な利上げを行うことで、市場の信認を得て財政的な余力を確保すべきだという意見もある。
なお、食料品への消費減税の議論が具体化しても金利が上がらなかったことは、市場がその実現可能性に懐疑的であるか、あるいは別の要因を重視していることを示唆している。