
【徹底分析】プロは「論点設定力」で差をつける
AI時代に「センス」を磨く:プロフェッショナルが本質を見抜く仕事術とキャリア論
AIが急速に進化する現代社会において、これまでの仕事の価値観は大きく変貌を遂げつつある。知識や定型的な作業の多くがAIに代替されるなか、人間ならではの価値、特に「スキル」を超えた「センス」が重要性を増している。
本稿では、弁護士でありながら戦略コンサルタントとしても活躍する宮下和昌氏をゲストに迎え、AI時代を生き抜くプロフェッショナルの仕事術、独自のキャリアパス、そしてAIとの効果的な向き合い方について、深掘りしていく。
本質を見抜き、価値判断を行う能力が求められる時代において、どのように自らのセンスを磨き、変化の波を乗りこなすことができるのか。その問いに対する示唆がここにある。

Q. AI時代において、なぜ「スキル」よりも「センス」が重要になるのか?
AIは知的生産の多くを外部化する技術であり、これまで人間が行ってきた専門的な「スキル」の価値を相対的に低下させる。これは「スキルのデフレ」とも表現できる現象で、専門職の能力も例外ではない。
AIは正確で高速な処理を得意とするため、知識や定型業務における人間の優位性は薄れている。
しかし、一方でその人固有の「センス」、すなわち物事の本質を見抜く力、美意識、そして状況に応じた価値判断の重要性は高まっている。この「センスのインフレ」こそが、AI時代における人間の新しい価値の源泉である。

「すごい人」は単に有能であるだけではない。その人と仕事をすると、仕事があるべき成果に向かって「どんどん前に進んでいく」感覚をもたらす。言動に一貫性があり、スタイルを感じさせる「美しさ」や、議論の核心を突いてくれる「スカッと爽やか」な本質を見抜く力が、彼らを真に「すごい人」たらしめる。
スキルには習得するための定型的な方法や教科書が存在するが、センスは異なる。センスは定型的な学習では身につけることが難しく、実際に「すごい人」の思考や言動、仕事の進め方に触れ、そこから直感的に学ぶしかないのだ。
Q. 日本のスタートアップが世界で成長するための本質的な課題は何だろうか?
日本のスタートアップ政策は、企業の数を増やす「横の成長」に注力しがちだ。しかし、本当に必要なのは、一社あたりの規模を大きくし、グローバルで戦える企業を生み出す「縦の成長」である。
この縦の成長を阻む要因は大きく二つある。
第一に、「経営力」の課題だ。日本では創業者が終身CEOを務めることが一般的だが、企業の成長フェーズ、特にグローバル展開へと大きく飛躍する変曲点では、それに最適なスキルセットを持つCEOの配置が不可欠となる。
グローバル市場で戦うには、ゼロイチを作る能力だけでなく、市場開拓に長けた経営者が必要となるだろう。その時々に最適なリーダーを選任するガバナンス体制が求められるのだ。

第二の課題は、日本独特の経営や投資実務のフォーマットが「ガラパゴス化」し、グローバルな投資家や人材との「相互接続性」が欠如している点である。これにより、世界的なVCからの資金調達が難しくなり、成長の機会を逃している。
ユニークネスを発揮すべき事業内容と、プラットフォームとして標準化すべきガバナンスや契約形態を明確に峻別し、グローバルスタンダードに合わせることが急務である。ユニークな事業も、評価されなければ意味がないのだ。
このような課題に対し、専門家も「契約書職人」に留まるのではなく、経営レベルでの価値判断を提供する必要がある。宮下氏のキャリア初期の師からの教えは、「ホーム部員は契約書職人になるな」であった。これは、細分化されたスキル作業に終始するのではなく、企業経営におけるコンプライアンスやガバナンスといった本質的な課題に対して価値ある貢献をすることの重要性を説いている。
専門家としての役割を超え、経営者の「Will(意思)」に寄り添い、本質的な問題を解決するための示唆を与えることが、これからのプロフェッショナルに求められる価値である。
Q. キャリアの「Y字路」において、後悔のない選択をするためのヒントは何か?
宮下氏がインハウスの道を選んだのは、既存の大手法律事務所という王道ではなく、「とにかく他の人がやってないことをやることに快感を覚える人間」であるという“天邪鬼”な性質が影響していた。人がよしとする道ではなく、あえて自身の直感に従う選択が、独自のキャリアパスを切り拓く原動力となることがある。
キャリアは計画通りに進むものではない。人生は「思い通りにならない」という達観を持ち、その流れを受け入れることも重要である。後から振り返れば全てがストーリーとして繋がるかもしれないが、その時々の選択は決して計画的ではなく、偶然の連続の上に成り立っているのだ。
キャリアの岐路は、全く異なる方向へ進む「十字路」というよりは、少し角度が異なるだけの「Y字路」の連続である。小さな選択の積み重ねが、将来の大きな違いを生み出す。
このY字路に立ったとき、「こっちじゃない」と直感的に見抜くセンスが、間違った方向に進むことを避け、結果的に良い流れを作り出すことに繋がる。
プロとして仕事をする上で宮下氏が重視するのは、「本質にこだわる」ことだ。抽象的な概念やフレームワークに終始するのではなく、問題解決の最終的な鍵は「人」にあるという。誰がキーパーソンで、誰が組織の目詰まりを引き起こしているのかを「人」単位で深く見抜く洞察力が不可欠だ。IGPIでのキャリア初期、「クライアントのタバコ部屋に一日中こもってろ」と言われたエピソードは、現場で生の人間模様と情報を観察することの重要性を示唆している。
Q. AIが進化する現代において、人間が磨くべき最も重要な能力とは何だろうか?
AIに代替されない人間の最後の砦は「価値判断」と、そもそも解くべき問いを定義する「論点設定力」である。AIは与えられた問いに対して最もらしい回答を生成することはできても、「何を問うべきか」という問い自体を本質的に設定することはできない。

例えば、取締役会におけるアジェンダ設定も同様で、議題が設定されていても、本当にこの場で解くべき問いに時間を集中しているかは、人間の論点設定力にかかっている。この論点設定力が、議論の質、ひいてはAI活用の質を決定する重要な要素となるのだ。
AIは強力な思考の壁打ち相手になり得る。自分の立てた仮説や論点に対し、あえて反対意見や異なる視点を出すように指示することで、客観的に思考を批判し、固定観念から抜け出す助けとなる。しかし、AIに「考えさせてはいけない」。AIは与えられたデータに基づき確率論的に次の言葉を予測しているだけで、本質的に「思考」しているわけではない。
したがって、あくまで自分の論点や仮説を明確にした上で、思考を深める補助輪としてAIを使う姿勢が求められる。
Q. 効率的な情報活用と意思決定のために、どのような心構えが必要だろうか?
AIは無限ともいえる情報を生成するが、人間がそれをすべて「理解」することはできない。いわゆる「理解の負債(Comprehension Debt)」に陥らないためには、自分が理解できる範囲でAIを使いこなすことが肝要だ。
重要なのは、情報の量を増やすことではなく、「捨てる」能力にある。多くの専門家が提供する成果物は、膨大な調査の末、情報のごく一部に絞り込まれている。
99.9%の情報を捨てる過程こそが、人間の思考の深みと価値を決定する。なぜ特定の情報を捨て、他の情報を採用したのかという「捨てる」背景の説明こそが、相手の意思決定を促す重要な要素となる。AIの要約機能は有用だが、それは情報のサイズを縮小するに過ぎず、意図を持って情報を「捨てる」という人間の能動的な行為とは根本的に異なる。
ハーバート・サイモンの「情報の豊かさは注意の貧困を作る」という言葉が示すように、人間の処理能力は有限だ。無限に溢れる情報の中で、何に自身の貴重な「注意(アテンション)」を配分するか、その判断が極めて重要となる。
経営者にとって最も重要な経営資源は「マインドシェア」であると宮下氏は指摘する。これは、経営者の限られた注意をどこに集中させるかというアロケーションの能力を指す。AI時代においては、この「注意の配分」、つまり何を見極め、何を捨てるかという判断が、企業の命運を分けるカギとなるだろう。