PIVOT TALK BUSINESS
商社マンは世界をこう読む
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2026年6月17日

米国の自国優先主義はトランプ後も続く、中国の過小評価は危険、など今後の世界を見据える上で欠かせない5つの視点を解説する。元三菱商事調査部長で国際情勢アナリストの武居秀典氏に徹底解説してもらった。 <ゲスト> 武居秀典|国際情勢アナリスト/元 三菱商事 調査部長 一橋大学卒業後、三菱商事入社。調査部...
米中の狭間で問われる日本の戦略:世界の五大潮流を読み解く
世界の主要なシンクタンクや情報機関で長年活躍した国際情勢アナリスト、武居秀典氏が語る「五大潮流」は、変化の激しい現代世界を理解するための強力な羅針盤だ。米国による自国優先主義の構造化、中国の戦略的な台頭、そして米中の狭間で苦境に陥る日本と欧州の構造的停滞、さらに構造的インフレと国際協調の後退。これらの潮流を深く読み解くことで、国際ビジネスや国家戦略を考える上での示唆が得られるだろう。

Q. 米国の「自国優先主義」は一過性の現象か?
米国の「自国優先主義」はドナルド・トランプ元大統領個人の政策に限定されるものではなく、民主党政権に移行したとしても変わらない構造的な流れだ。武居氏は、これは米国が本来持つ「孤立主義」への回帰であると指摘する。歴史を紐解くと、第二次世界大戦後の「世界の警察官」としての役割は、ソ連という明確な脅威に対抗するための特殊な時代背景によって生じたものであった。
シェール革命によるエネルギー自給自足の達成が、この孤立主義への回帰を決定づけた重要な要因の一つだ。米国は食料とエネルギーの両方を国内で賄えるため、他国と深く関わる経済的・安全保障上のインセンティブが低下している。これまで同盟国を助ける存在であった米国に、かつての役割を期待することはもはや現実的ではないだろう。
Q. 中国経済の台頭は本物か、課題はどのように克服しているのか?
米国が内向きになる中で、その隙を突く形で中国が戦略的な台頭を見せている。貿易における対米依存度を意図的に引き下げ(16%から10%前後へ)、グローバルサウス諸国や上海協力機構などを通じて積極的に仲間づくりを進め、影響力拡大を図っている。

国内課題も看過できない。デフレ、不動産不況、少子高齢化といった問題は深刻だ。しかし、中国政府はこれらの課題に対し手をこまねいているわけではない。特に日本の「失われた30年」を反面教師として徹底的に研究し、対策を講じていることが特徴的だ。例えば、少子高齢化を見据えたロボット技術への投資など、10年、20年先を見据えた戦略的な手を打っている。不動産バブルに対しても、当局は崩壊以前から価格抑制策やデベロッパーへの警告を続けており、何もしていなければより甚大な影響が出ていた可能性が高い。
日本では依然として中国経済を過小評価する意見も根強いが、これはビジネスにおいて致命的なリスクをはらむ。かつて日本企業が強固な基盤を築いていた東南アジア市場においても、中国製EVの躍進などに見られるように、中国企業のプレゼンスが急速に高まっているのが現実だ。現地のリアルな情報を正確に把握し、その変化に適応しなければ、国際市場での競争力を失うだろう。武居氏は、中国が目指しているのは世界制覇ではなく、あくまで自国の共産党政権維持と国民生活の安定だと見ている。この本質を理解した上で、冷静かつロジカルな対中戦略を構築し、着実に実行することが、中国にとって最大の脅威となりうるのだ。
Q. 米中に挟まれる日本と欧州が直面する構造的停滞とは何か?
日本と欧州は、自国優先に傾倒する米国にこれまでのように頼ることができなくなり、一方では価値観の違いから中国陣営に近づくこともできない「板挟み」の状況に置かれている。この孤立無援の立場が、経済的停滞を構造的に深める原因となっている。

米国の保護が薄れることで、日本や欧州は自力での防衛力強化を余儀なくされる。例えば、日本がGDP比で防衛費を大幅に増額するような場合、本来産業育成や教育、イノベーションに振り向けるべき国家予算が軍事費に費やされることになる。これは未来への投資を抑制し、長期的には経済成長の足かせとなることは避けられない。また、米国からのエネルギー購入も可能ではあるが、これまでの低価格な中東産原油に代わるものではなく、コスト増につながる可能性が高い。
少子高齢化やエネルギー資源の不足といった根深い構造問題を抱える日本と欧州は、外部環境の変化によってこれらの問題がさらに加速される。打開策を見出すことが難しく、今後も経済的・社会的な「構造的停滞」に陥る可能性が高いと言える。
Q. 世界経済を不安定化させる構造的なインフレの要因と、次の金融危機のリスクは?
世界経済の先行きを不透明にしている第四の潮流が「インフレ圧力の構造化」だ。現在のインフレは、新型コロナウイルスのパンデミック対策やロシアのウクライナ侵攻への対応として、世界中の主要国で政府債務が急激に膨張したことに起因する。市場に過剰な資金が溢れ続ける限り、物価高は一過性のものではなく構造的な問題として長期化する。地政学的な紛争が続く現状では、債務削減への動きは困難であり、経済の不安定化が今後も継続するだろう。
加えて、次の金融ショックの引き金として最も警戒すべきは「AIバブルの崩壊」である。AI技術への期待値が高まり、関連株価が過剰に高騰している現状は、過去のITバブルとの類似性を指摘されることが多い。AIに対する期待が実態とかけ離れていると判明した時、市場が急落するリスクをはらむ。さらに、AIを駆使したアルゴリズム取引が普及している現在、特定のシグナルによって一斉に売買が行われることで、市場の変動が増幅され、人間が介入する余地のないスピードで大規模な金融危機に発展する可能性も孕んでいる。
Q. 国際協調が後退する世界で、日本は何をすべきか?
第五の潮流は、気候変動や人権問題、新興国支援といった「国際協調課題」の取り組みの後退だ。米国がリーダーシップを放棄し、中国もそこに意欲を見せない現状では、本来グローバルで対応すべき課題が宙ぶらりんになっている。各国が自国利益を優先し、コストのかかる環境対策などへの関心が薄れているのが現状だ。企業も中長期的な課題よりも目先の利益や地政学リスクに対応せざるを得ないため、この潮流は当面続くと予測される。

しかし、武居氏は決して悲観的な展望だけで終わらせるわけではない。日本がこの厳しい潮流の中で生き残り、再生を果たすためには、根本的な問いに向き合う必要がある。それは「日本は将来何で食べていくのか?」という問いだ。観光やアニメ産業は確かに日本の強みだが、国全体を支える柱とはなり得ない。かつての重厚長大産業やエレクトロニクス、自動車産業のように、世界に冠たる技術と経済力を再び確立することが不可欠だ。そのためには、教育と研究開発(R&D)への集中投資こそが唯一の処方箋であると提言する。
現状の政策が「17分野」のような総花的なアプローチに終始し、その効果も十分に検証されていないことを問題視する。韓国が「AI一本」に絞って国家戦略を推進しているように、日本も真に注力すべき分野を絞り、そこに国家のリソースを集中投下すべきである。若手の研究者が生活の不安なく、自由に研究できる環境の整備は、長期的なイノベーション創出の土台となる。既得権益の壁を打ち破り、予算配分を抜本的に見直すなど、国家的な視点での大胆な政策転換と実行力が今、日本に求められているのだ。