PIVOT TALK BUSINESS
日本のインテリジェンス戦略
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2026年6月4日

昨今注目が集まる「インテリジェンス」。防衛省・公安調査庁で30年以上にわたり対スパイ活動・HUMINTに従事してきた吉永ケンジ氏とインテリジェンスの“リアル“と日本の最新戦略について深掘りする。 <ゲスト> 吉永ケンジ|元インテリジェンスオフィサー 安全保障ジャーナリスト 防衛省などで30年以上、...
インテリジェンスは「スパイ活動」だけではない。元インテリジェンス専門家が語る知られざるその実態と日本の課題
元防衛省・公安調査庁のインテリジェンス専門家として30年以上のキャリアを持つ吉永ケンジ氏が、インテリジェンス活動の知られざるリアルを語る。
一般に「スパイ活動」と結びつけられがちなインテリジェンスは、実は映画の世界とは大きく異なり、その9割は公開情報の収集と分析で成り立っているのだ。
国際情勢が経済活動に直接影響を及ぼす「経済安全保障」の時代を迎え、情報収集の最前線にいた吉永ケンジ氏が表舞台に出て発信を始めた背景には何があるのか。
本稿では、インテリジェンスの多面的な姿から、サイバー空間における現代の脅威、そして日本が抱える構造的な課題まで、その全貌を解き明かす。

Q. 「インテリジェンス」とは何か、その種類と全体像はどのようなものか?
インテリジェンスとは、人が行動を起こすため、あるいは何かを考えるために判断する必要な材料を意味する。
例えば、日々の天気予報を参考に傘を持参したり、スーパーのチラシを見てお得な店を選んだりするのも一種のインテリジェンス活動だ。それは国家の安全保障においても同様であり、情報活動を通じて最適な判断を下すための材料が求められる。

この情報活動は、情報源によって主に「OSINT(Open Source INTelligence:公開情報)」「SIGINT(SIGnal INTelligence:信号情報)」「HUMINT(HUMan INTelligence:人的情報)」の三つに区分される。
これら複数の情報源を複合的に用い、多様な側面から情報を収集・分析することで、精度の高いインテリジェンスが構築されるのである。
Q. 最も多くの情報を生み出す「OSINT(公開情報)」の重要性と現代における変化は何か?
OSINT、すなわち公開情報から成果物を作り上げる活動は、インテリジェンス全体の約9割を占める基盤である。
新聞や雑誌、論文といった従来の情報源に加え、現代ではウェブサイトやSNSなどのデジタル情報が主流となっている。
この情報収集手段の最大の強みは、その圧倒的な情報量と低コスト・低リスクであることだ。世界中の膨大な情報を容易に取得できる環境にある。
一方で、弱みはその「玉石混淆」さにある。信頼性の高い学術論文から、全く信憑性のないSNSのつぶやきまでが含まれるため、正確な分析には高度な専門知識が求められる。
特に近年の潮流として、OSINTはサイバー技術と深く融合している。個人のSNSアカウントの分析によって、その人物の趣味嗜好、家族構成、さらにはおおよその居住地まで特定可能となった。
かつて不可能であった個人の認証情報までも解読されうるなど、公開情報の収集・分析はかつてない広がりと深さを見せているのである。
Q. 国家が秘密情報を得る「SIGINT(信号情報)」とはどのようなものか?現代における特徴と脅威は何か?
SIGINT、信号情報は、秘密情報の大半(約8〜9割)を占める重要なインテリジェンスである。無線や衛星通信、レーダー、インターネット通信といった電気的な信号を傍受し、あるいは暗号を解読することで情報が収集される。

主な活動は「通信情報」の傍受と、「電波情報」の収集だ。例えば、外交官や軍のやり取りをリアルタイムで傍受し、その内容から情勢を判断したり、船舶や航空機の位置を特定したりする。
この手法の強みは、情報源の客観性と確実性にある。人が介在する主観が入り込む余地が少なく、かつデジタルデータとして保存されるため、後から検証可能である。
しかし、その実施には膨大なコストがかかるという弱みがある。世界最大の情報機関とされる米NSAのように、大規模な組織と世界中に配置された傍受施設、さらには人工衛星を駆使して行うからである。
さらに、情報収集が露見すれば相手側に対策されやすく、周波数や暗号を変えられてしまうリスクも存在する。
現代において、SIGINTもOSINTと同様にサイバーと融合している。その最たる例が携帯電話を介した情報収集だ。
通話していなくても、携帯電話は常に基地局と通信し位置情報を発信している。そのため、重要人物の携帯番号を把握していれば、その人物の行動経路や所在地を特定できるのである。
実際にテロ組織の首謀者追跡にもこの技術が用いられ、各国の政府機関では盗聴防止のため会議室への携帯電話の持ち込みが禁止されている。
インターネットサービスの普及により、利用者のデジタルフットプリント(通信履歴など)は膨大に蓄積されており、これがSIGINTの新たな領域となっているのだ。
Q. 映画で描かれる「スパイ活動(HUMINT)」の実際の姿はどういうものか?それは全体の中でどの程度の割合を占めるのか?
HUMINT、人的情報活動は、人間を介して情報を収集する古典的な手段であり、「スパイ活動」と聞けば多くの人が真っ先に思い描くイメージだろう。
しかし、その実態は映画のような派手なアクションとはかけ離れている。
スパイ活動の中心は、特定の人物から情報を聞き出すために、地道な人間関係を構築することにある。
これはむしろ新聞記者や営業マンの仕事内容に近く、相手の内情を探り、信頼関係を築きながら非公開の情報を引き出す作業だ。
HUMINTの最大の強みは、機械的な分析では捉えられない「人の意図や心理」を探れる点にある。
これらは他者からは見えない情報であり、政策や行動の背景にある動機を理解する上で不可欠だ。
そのため、政治、軍事、科学技術といった分野で非公開情報を得る際の主要なターゲットとなる。
しかし、世間では「インテリジェンス=スパイ活動」という誤解が非常に大きい。
映画やドラマの影響でヒューミントが情報活動の主流であると認識されがちだが、実際の割合は全体の2~3%にも満たないごく一部なのである。
大半はOSINT、秘密情報の大部分はSIGINTで賄われているのが現実であり、スパイ防止法などの議論でヒューミントばかりがクローズアップされることには、本質を見誤る危険性があると指摘する専門家も少なくない。
Q. 現代において、インテリジェンスはビジネスパーソンや一般人にどのような影響を及ぼしているか?
現代のインテリジェンスの主戦場は、もはやサイバー空間へと移行している。
OSINTとSIGINTがサイバー技術と融合したことで、インテリジェンス活動は従来のようなごく限られた専門職の人間だけでなく、民間企業や一般市民までもが直接的なターゲットとなり始めたのだ。
これまで政治家、軍人、研究者といった特定の対象が狙われてきたが、今では一般個人のSNS上の発言や携帯電話の通信履歴までもが情報収集の対象となる。

さらに深刻なのは、国家が支援する犯罪組織やハッカー集団が、ランサムウェア攻撃などを通じて民間企業から金銭や情報を直接奪い取っているという実態である。
例えば北朝鮮が外貨稼ぎのためにこうしたサイバー攻撃を積極的に行っていることはよく知られている。
これはもはや国対国、軍対軍の戦いだけではないことを意味する。個人が持つ情報が国家間の安全保障と密接に結びつき、誰もが無関係ではいられない時代が到来したのである。
Q. 日本のインテリジェンス戦略が抱える本質的な課題は何であり、それはなぜ解決が難しいのか?
日本がインテリジェンス能力の強化を目指し、国家情報会議の設置を進める中でも、根本的な課題は未だ解決されていない。
その最大の問題点は、「政策と情報が分かれていない」という構造的欠陥だ。
つまり、政策決定を行う者(例えば政治家や幹部)と、情報収集・分析を行う者が明確に分離されていない。
これにより、意思決定者の意向や都合に合わない情報が上げられにくくなり、客観的で正確な情報に基づいた判断が阻害される危険性が存在する。
この問題は、第二次世界大戦時の日本軍の失敗を分析した名著『失敗の本質』で指摘された課題と本質的に同じものだ。
意思決定者が上位に立ち、支援する者が下位に置かれる構造では、「都合の悪いことは聞かない」「自分のやりたいことを押し通す」といった傾向が生じやすい。
このような構造が温存される限り、どんなに優れた情報収集手段を導入しても、それを意思決定に正しく反映させることは難しいだろう。
日本のインテリジェンス戦略は、組織の在り方という根深い構造的問題を解決しなければ、真の能力強化にはつながらない。