PIVOT TALK ECONOMY
イギリス経済&政治危機
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2026年6月3日

英国政治の根幹を揺るがす地殻変動が起きている。直近の地方選で与野党が揃って議席を失い、右派ポピュリスト政党「リフォームUK」が支持率トップに躍進。イギリス経済のこれからを第一生命経済研究所 田中理氏が語った。 <ゲスト> 田中理|第一生命経済研究所 首席エコノミスト 97年慶大卒。日本総合研究所、...
ブレグジット10年の苦闘:イギリス経済と政治の現在地
2016年のEU離脱を巡る国民投票から10年が経過した。かつての「偉大なイギリス」を取り戻すべく決断されたブレグジットは、同国の経済と政治に未曽有の混乱をもたらしている。
「グローバル・ブリテン」という理想を掲げた離脱は、高止まりする物価、伸び悩む経済成長、そして揺らぐ政局という厳しい現実に直面する。いまイギリスで何が起きているのか、その現状と今後の展望を掘り下げる。

Q. ブレグジットから10年が経過した現在、イギリス経済・政治はどのような状況にあるのか?
EU離脱を巡る国民投票から10年近く経った現在、イギリスは経済と政治の両面で苦しんでいる状況だ。この苦境の全てがブレグジットによるものではないが、大きな一因であることは間違いない。特に、2024年の地方統一選挙では与党・労働党が歴史的な大敗を喫し、政治の先行き不透明感がさらに強まっている。現在の首相であるスターマー氏に対する辞任要求が高まっており、「スターマーおろし」の様相を呈し、いつ首相が交代してもおかしくない情勢にある。
Q. なぜブレグジットは経済成長の停滞、物価高騰を招いたのか?
ブレグジット後、イギリスの経済パフォーマンスは明らかに悪化した。国民投票前の2%台から1.3%程度の成長率に低下した。これはコロナ禍やウクライナ侵攻の影響も一部あるが、主な要因はブレグジットによってEUからの輸入コストが増大したことと、EU労働者の流出による深刻な労働者不足が挙げられる。賃金の上昇圧力が物価の高止まりを招き、高いインフレ率が国民生活を圧迫。現在、国民の約6割がブレグジットを「間違いだった」と考えていると調査結果は示す。
さらに、無料医療サービスである国民保健サービス(NHS)がコロナ禍で機能不全に陥った結果、適切な治療を受けられなかった市民が激増し、長期療養者となって労働市場から離脱するケースも増加。これは労働力不足を一層深刻化させ、経済回復の足かせとなっている。高インフレと景気低迷というスタグフレーションに苦しむ現状は、ブレグジットがもたらした厳しい現実といえよう。
Q. 期待された「グローバル・ブリテン」構想による貿易交渉は成功したのか?
ブレグジットの最大の主張の一つは、「EUの規制から自由になり、より多くの国と独自の有利な貿易協定を結ぶことで繁栄を享受する」というものだった。実際に、イギリスは離脱後に約70カ国と貿易協定を締結した。しかし、その大半はEU加盟時に既に存在した協定を継承しただけであり、新たな経済的メリットをもたらすものは少なかった。
オーストラリア、ニュージーランド、インドといった国々との新規協定や、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)への加盟は新たな成果として注目された。しかし、イギリスがこれらの協定を締結した後に、EUも同様の国々と協定を締結するなど、先行者利益の優位性はすぐに薄れてしまった。EUとの貿易では、関税はほぼかからないものの、煩雑な事務手続きや規制の違いが新たな非関税障壁となり、コストが増大した。その結果、これまでイギリスをEU市場への玄関口として活用していた多くの多国籍企業(日本企業も含む)が、大陸ヨーロッパへの拠点移転を進める状況が発生している。
Q. イギリス政治における二大政党制はなぜ揺らぎ、リフォームUKのような新興勢力が台頭したのか?
2024年に行われた地方統一選挙の結果は、イギリスの伝統的な二大政党制が機能不全に陥りつつあることを鮮明に示した。与党・労働党は5000以上の選挙区で1500以上の議席を失い、野党・保守党も560議席を減らした。この歴史的な大敗の背景には、ブレグジットから経済低迷、そしてスターマー政権による緊縮財政など、歴代政権への国民の深い幻滅がある。

その結果、失われた票の受け皿となったのは、新興勢力である「リフォームUK」と環境政党である「緑の党」であった。特にリフォームUKは、ブレグジットを強力に推進したナイジェル・ファラージュ氏が創設に関わった政党であり、「停滞するイギリスの改革」を掲げて急速に支持を拡大。保守党支持者だけでなく、現政権に失望した労働党支持者までも取り込み、その勢いは止まらない。かつて小選挙区制下で議席をほぼ独占してきた二大政党は、左右の新興勢力によって有権者の支持を大きく浸食されており、次期総選挙ではこれまでにない政治地図が描かれる可能性が指摘されている。
Q. 現在、労働党内部で進む首相交代劇の行方と、その経済への影響は?
地方選での大敗を受け、スターマー首相に対する辞任要求が労働党内外から噴出している。議会任期が原則5年で固定されているため、直ちに総選挙が行われることはないが、スターマー首相が辞任すれば、下院で過半数を持つ労働党の新たな党首が次期首相となる。現在のところ、マンチェスター市長であるアンディ・バーナム氏がポスト・スターマーの最有力候補として挙げられている。バーナム氏は労働党の伝統的左派に属し、市長として公共交通機関の再公有化など積極的な財政政策で都市を立て直した実績を持ち、国民的な知名度と人気を誇る。党首選は早くても6月中の補欠選挙後に開始される見通しだ。

しかし、バーナム氏が首相に就任することには、金融市場で強い懸念が広がっている。彼の財政拡張や国有化を志向する政策は、数年前に市場の信任を失い、ポンドが急落した「トラスショック」の再来を想起させるため、「バーナム・リスク」とも呼ばれている。実際に、こうした不安からイギリスの国債利回りは主要先進国の中で突出して高く、一時5%台に急騰する事態となった。労働党がリフォームUKの勢いを止めるべくバーナム氏を擁立するシナリオが有力視される中、そのリーダーシップの行方が今後のイギリス経済の安定を大きく左右するであろう。
Q. 再びEUへ加盟する可能性はあるのか?
ブレグジットへの後悔が国民の間に広がり、世論調査ではEU再加盟を支持する声が過半数を占める。次期首相候補とされるバーナム氏も、現在のスターマー首相以上にEUとの関係緊密化に前向きな姿勢を示し、単一市場や関税同盟への復帰を目指す可能性もある。しかし、現実的な再加盟の道のりは極めて険しい。

EU側はイギリスの復帰を歓迎する意向を示すものの、かつてイギリスに認められていた「特権的地位」、例えば自国通貨ポンドの維持やEU予算への拠出額減額などは一切認めず、他の加盟国と同じ「普通の加盟国」として迎える方針だ。これをイギリス国民が「屈辱」と捉え、受け入れられるかは大きな疑問符がつく。経済的メリットと国民感情の板挟みとなり、EU再加盟への政治的、国民感情的なハードルは非常に高いと言わざるを得ない。こうした複雑な状況は、来る2029年の次期総選挙で二大政党制が崩壊し、リフォームUKが第一党になる可能性も現実味を帯びさせるなど、イギリス政治を予測不能な時代へと誘っている。