PIVOT TALK LIFE
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2026年5月3日

AI時代だからこその芸術の価値は何か?アートは資本主義の中でどう変容してきているのか?教養としてのアートとビジネスをテーマに、伝説の美術評論家である秋元雄史氏に話を聞いた。 <ゲスト> 秋元雄史|元・東京藝術大学 大学美術館館長・教授 東京藝術大学卒業。福武書店(現ベネッセ)入社、直島のアートプ...
伝説の美術評論家として知られる秋元雄史氏は、福武書店(現・ベネッセコーポレーション)時代に「直島アートプロジェクト」を手がけ、人口3,000人の島に年間70万人もの観光客を呼び込む驚異的な成功を収めた。また、国内の主要な美術館館長を歴任するなど、美術評論家としてだけでなく、実践者としても日本の芸術文化を牽引してきた人物だ。

近年著した芸術の価値とは何か『AIが奪い尽くすからこそ、アートに"解"がある』は、技術の進化が目覚ましいAI時代において、芸術がどのような価値を持つのかを問いかける。本記事では、この稀有な視点を持つ秋元氏へのインタビューを通じ、現代アートの本質、資本主義との複雑な関係、そして、私たちがどのようにアートと向き合い、楽しむべきかをQ&A形式で掘り下げる。
デザインが「課題解決型」であり明確な答えを求めるのに対し、アートは「答えのない問い」を提示する点に本質的な違いがある。アートは意図的に「わからなさ」を残して制作されるため、鑑賞する者の立場や置かれた環境によって多様な意味や価値を持つ。作り手自身も完全には把握できない領域に踏み込む、この多義性や曖昧さは、単一の正解や効率性を追求するAIには模倣できない、人間固有の領域だと言える。
現代アーティストは、社会のわずかな変化やひずみを敏感に察知し、作品を通じて表現する「炭鉱のカナリア」のような役割を担っている。彼らは戦争、宗教、人種といった根源的な社会問題や、言語化される以前の感覚的な領域を作品に昇華させる。その作品は、経済におけるグローバル化の逆流や多極化が顕在化する以前から、西洋中心的な価値観に収まらない非西洋圏の視点を取り入れるなど、常に時代の潮流を先取りする鏡だ。
現代アートの大きな転換点であり起点は、第一次世界大戦の衝撃にある。産業革命による技術進化がもたらした大量破壊と、市民をも巻き込んだ戦争は、人間の合理性や近代社会に対するそれまでの楽観的な見方を根底から覆した。この経験は、芸術家に内面の破壊や非合理的な側面を深く探求させ、それまでの芸術とは質的に異なる、複雑で批評的な表現へと向かわせた。その影響は、文学や音楽を含む幅広い文化分野に及んだと言えるだろう。
第一次世界大戦以降の現代アートは、二つの潮流を行き来しながら発展した。一つは、西洋中心主義的な世界観に疑念を抱き、非西洋的な文化や多様なルーツを見直す「多様化」の動き。もう一つは、人間理性を信じ、合理主義を推し進めて普遍的な法則や形式を追求する「形式主義」の動きだ。現代アートの世界は現在、さらなる「多様化」の方向にあり、美術の形式にとらわれず、様々な文化圏や少数派の主体による多様な表現がより前面に押し出されている。

現代アートは、反グローバルや反資本主義といった既存の価値観を批判する思想から生まれることが多い。しかし、その作品が社会から高く評価されるほど、市場において高値が付けられ、消費の対象となるというジレンマを常に抱えている。この皮肉な状況において、現代アーティストは、作品に込めたメッセージや表現の純粋性を守りつつ、市場という経済的論理とどう折り合いをつけていくかという難しいバランスを迫られる。
現代のアーティストは、大学卒業前からギャラリーに才能を見出され、若くして国際的なアートフェアに出品されるなど、創作活動の早い段階から市場に直面する。そのため、自身の創作能力だけでなく、自身の作品やキャリアを「プレゼンテーション」する能力や、市場で生き残るための「サバイバル術」が不可欠となっている。著名なコレクター、例えばケリング会長のピノー氏やLVMH会長のアルノー氏などは、自社のブランド戦略にアートを組み込むことで、現代アート市場と商業主義の結びつきを一層強化し、アート界に大きな影響力を行使していると言える。

美術館の運営モデルは国によって大きく異なる。米国では富裕層からの寄付によって支えられ、フランスや英国では税金を主要財源とする。日本は元々欧州型に近い形態をとってきたが、近年、国の方針として「費用削減」を目的とした米国型への移行を模索している。しかし、米国のような寄付文化を支える税制優遇が日本では不十分であり、民間からの支援やリーダーシップも十分に育っていない。結果として、文化政策が短期的な視点に陥りがちであり、美術館運営が困難になる状況を生んでいる。
個人のコレクターを育む環境も厳しい。特に相続税などの美術品に対する税制は、海外に比べて重い。これは、大正時代に多くのコレクションが海外に流出した歴史と根深く関連している。国内のコレクターが減少する一方で、日本のアートは海外からの購入がその大半を占めており、まるで株式市場のように海外投資家への依存度が高い状況である。自国の文化を守り発展させるためには、富裕層だけでなく、中間層がアートを購入・保有しやすい税制支援などの政策的後押しが求められるだろう。
アートを鑑賞する際には、その作品の背景にある思想や歴史、文脈といった「見取り図」を持つとより深く楽しめる。作品から受ける感情や違和感を通じて、自分自身の思想や世界観を客観的に見つめ直すことができるのだ。アートは自己を映す鏡であり、言葉では表現できない「時代の気分」を読み解くツールとしても機能する。情報過多なAI時代において、言葉や論理だけではないフィジカルな感覚や「違和感」を大切にすることは、自分自身を見失わず、自分軸を保つ上で極めて重要となる。
初心者がアート購入を考えるならば、まずは若手作家の作品に目を向けると良い。彼らのホームページやSNSで活動履歴や受賞歴、ギャラリーでの取り扱いなどを確認すれば、将来性の一つの指標となる。また、手頃な価格帯の版画や量産可能なマルチプル作品から始めるのも良い方法だ。日本の古美術、特に茶道具や古窯(壺など)も狙い目である。

近年は世代交代が進み、質の高い作品がオークションに流通するようになった。日本の住宅事情から需要が減少した大きな壺などは、品質に対して価格が割安になっているケースがあり、長期的な視点で見れば魅力的な購入対象となりうるだろう。
ギャラリーに足を踏み入れることに気後れする必要はない。無言でいるよりも「こんにちは、見せてください」と気軽に声をかければ良い。美術館ではオーディオガイドも有効だが、情報に頼りきりにならず、時に作品と一対一で向き合い、大きさ、マチエール(質感)、素材感といった、その場ならではの身体的感覚を研ぎ澄ませる時間を持つことが重要だ。
アート作品を実際に所有し、自宅で日々向き合うことは、美術館で鑑賞するのとは全く異なる体験をもたらす。自身の心境の変化とともに作品の見え方が変わるなど、作品との深い対話が生まれるからだ。日本においては100万円までの美術品は経費計上が可能性があり、手の届く価格帯のアートでも生活空間に取り入れることで、作品から日々の発見や気づきを得られる。この個人的な関係性こそが、AI時代におけるアート所有の最大の価値だ。