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【仕事で出会ったすごい人】スキルのデフレとセンスのインフレ
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2026年5月6日

ビジネスにおける「スキル」の価値が低下し、「センス」が問われる時代が到来している。複雑な事象をいかに単純化し、本質を突くか。自分より優秀な部下をどうマネジメントすべきか。一橋ビジネススクール特任教授の楠木建氏が「仕事で出会ったすごい人」と評する、シニフィアン共同代表の小林賢治氏に聞いた。 <ゲスト...
AI時代に「すごい人」は“率直”である。小林賢治が語る「センス」の真髄
現代社会はAIをはじめとする技術の進化により、個人の「スキル」が急速に代替され、その価値がデフレ化する時代を迎えている。こうした環境において、真に価値を増すのは、物事の本質を捉え、一貫した言動やスタイルで他者を惹きつける「センス」である。
本記事では、この「スキルデフレ、センスインフレ」の時代を象徴する「すごい人」の一人として、シニフィアン共同代表の小林賢治氏に焦点を当てる。彼がいかにしてその卓越した「センス」を培い、複雑な事象の本質を鮮やかに解き明かすに至ったのかを紐解く。

Q. AI時代に「すごい人」と称される人々に共通する資質とは何か?
AIが進化する現代では、スキルが外部化され代替されるため、その価値は下がり続けている。これに対し、本番組のホストである楠木氏は、単なる能力を超え、その言動やスタイルに「気持ちいい」「美しい」と感じさせるほどの感覚的なレベルに達した人物を「すごい人」と定義している。

このような人々に共通する資質を突き詰めるならば、「率直さ」という言葉が適切だ。彼らは周囲の状況に忖度せず、自らの確固たる価値基準に基づき、本当に考えていることをストレートに発信する。その本質を捉え、単純化した思考は、聞き手に知的な快感をもたらし、混乱した状況下で道を照らす羅針盤となるのである。
Q. 多角的視点と疑問を抱く力は「美学芸術学」から生まれたのか?
小林氏の思考の原点は、東京大学で専攻した「美学芸術学」にある。この学問は対象も手法も定まっていないという特異性を持つ。そこでは学生が各自の問題意識を持ち寄り、それをいかに他者に面白く、納得できる形で提示するかが問われる。
まるで「異種格闘技」のような環境の中、小林氏は「なぜこの人はこんなことを問題にしているのか」と、常に前提を疑う視点や、物事を多様な角度から捉える柔軟な思考力を養った。プロの音楽家や研究者への道を才能の限界や現実的な「食えなさ」から断念した経験もまた、特定の専門分野に固執しない彼の視座形成に大きく寄与したと言えよう。
Q. なぜDeNAで、自身が育てたゲーム事業の「売却」を提案できたのか?
小林氏は2009年、成長が停滞し組織の雰囲気が悪化していたDeNAに執行役員として入社する。組織改革に成功した後、オンラインゲーム事業の責任者となり、急成長するモバイルゲーム市場を牽引した。
しかし、ゲーム事業が好調期を迎え成長のピークが見え始めた際、小林氏は事業責任者の立場でありながら、ゲーム事業の売却や大規模M&Aによる巨大化を経営陣に提案している。これはゲームビジネスがヒット作に依存する不安定な性質を持ち、常に安定的な成長が難しいという本質を見抜いていたためだ。個人の感情や自己の成果に囚われず、会社全体の最適化を優先する冷徹なまでの客観性がそこにあった。

さらに、IR担当としてグローバルの機関投資家と対話した際、「Googleに追加投資する方が合理的だ。なぜDeNAを調べる必要があるのか」と問われ、日本企業の比較対象が国内企業ではなく、GAFAMのような世界トップ企業である現実を痛感する。この経験が、世界基準で企業価値を語る必要性と、単なる「国内3位」では通用しない厳しさを小林氏に突きつけた。
Q. 未上場レイターステージ企業の投資を主とするシニフィアン設立の真意は何か?
DeNA退社後、小林氏はシニフィアンを共同設立する。その目的は、日本のスタートアップが未上場の段階で早くIPO(株式公開)しすぎるという課題解決にあった。短期的な上場に追い込まれず、未上場のままで長期的に大きく成長できる「レイターステージ」への資金提供を通じて、産業インフラを創ることを目指している。
シニフィアンという社名もこの思想を象徴する。資本市場では企業がコード番号の羅列で扱われたり、収益性などの「数字」のみで評価されたりしがちである。これに対し、同社は企業の個性や文化といった「物語(ナラティブ)」を掘り起こし、言語化することで、資本市場における企業の真の「意味=シニフィエ」を浮かび上がらせ、価値の多様性を促そうとしているのである。
Q. 数々の「修羅場」を乗り越えて培ったビジネス哲学とは?
DeNA在籍中、小林氏は「コンプガチャ問題」「WELQ問題」といった企業の危機や、公正取引委員会の調査、株主総会での取締役解任動議に至るまで、数多くの「修羅場」を経験してきた。こうした経験を通して彼が確立したビジネス哲学は、「困った時は、死ぬ時に胸を張って言える誠実な選択をする」というものである。

実際、DeNAがコンプガチャ問題で第三者委員会の調査を受けた際、情報は隠蔽せずすべてをオープンにする姿勢を貫いた。これにより、第三者からは「こんなに情報が出てくる会社は珍しい」と驚かれるほどであった。この徹底した透明性と誠実な対応が、結果的に組織の信頼回復を早め、従業員の士気を保つことに繋がった。また、専門知識を持つ部下に対するマネジメントでは、自身が最も詳しくないからこそ「なぜ」という素朴な疑問をぶつけ、慣例的な思考を揺さぶることで、新たな視点と価値を生み出す力を発揮した。
Q. AIが進化する現代において、人間に求められる真の能力とは何か?
小林氏は、AIの進化が止まらない現代において、人間に残された最後の、そして最も重要な能力は「率直さ」であると強調する。AIは情報を収集し、効率的に処理する強力なツールであるが、その本質には価値判断の基準が存在しない。そのため、AIが生成する情報は、どれほど巧妙にパッケージされていても、個人の信念や覚悟といった「名を刻む」人間の本質的なメッセージは込められない。
AIに思考の代替を頼ると、物事を抽象化し因果関係を追求する人間の根源的な思考力が衰退する。重要なのは、AIを作業ツールとして活用しつつ、自分の意見を明確に表明し、その責任を負う姿勢を堅持することだ。
人間は「儲け」や「論理」といった一元的な軸だけで動く存在ではない。「美しいか否か」「快か不快か」といった多角的で時に矛盾する価値観を併せ持っている。作家サマセット・モームが言うように、「首尾一貫した人間は一人もいない」のである。AIが決して到達できないこの多次元的で矛盾に満ちた人間の複雑性を深く洞察し、理解することこそ、AI時代における人間に求められる究極の「センス」だと言える。