PIVOT TALK WORLD
世界の英語と日本人
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2026年4月25日

世界で20億人超が使う英語。なぜ英語は圧倒的な地位を築くことができたのか?その支配力は今後も続くのか?世界の英語と日本人をテーマに、青山学院大学の寺澤盾教授に聞いた。 <ゲスト> 寺澤盾|青山学院大学教授 1982年東京大学文学部卒業。同大学院修士課程修了後、ブラウン大学大学院のPh.D.取得。一...
なぜ英語は世界共通語となったのか? AI時代の多言語文化から考察する
現在、地球上の約20億人もの人々が英語を話し、ビジネス、科学、エンターテインメントなどあらゆる領域でその優位性を誇示している。
しかし、英語がこれほどまでに普及した理由は、その言語そのものに備わった「優位性」によるものではない。
歴史的・社会的な変遷が複雑に絡み合い、この言語の地位を確立してきた背景がそこには存在する。
本稿では、最新の研究や統計に基づき、英語が世界共通語となった真の理由を探求し、AI技術が進化する現代における英語の未来、そして日本人が今後英語とどのように向き合うべきかを考察する。

Q. なぜ英語は世界共通語になったのか?
英語の始まりは、およそ5世紀半ばにゲルマン系民族がブリテン島に移住した時代に遡る。
当時の話者人口は多くても数十万人と推定され、極めてマイナーな言語であったことが分かる。
それが1600年頃には約600万人となり、現在では20億人を超えるまでに爆発的な増加を遂げたが、その最大の要因は、言語の優位性ではない。
17世紀以降、大英帝国が世界中に植民地を広げ、英語は宗主国の言語として各地に定着した。
その後、大英帝国の陰りが見え始めた20世紀には、経済的・政治的に台頭したアメリカ合衆国が新たな英語圏の盟主となり、テクノロジーやエンターテイメント分野を牽引した。
これにより、英語は世界の標準的なコミュニケーションツールとしての地位を不動のものにしたのである。
つまり、英語が世界共通語となったのは、純粋な言語的理由ではなく、大国の歴史的・社会的な覇権拡大の産物であったと言うのが正しい。
Q. 「習得しやすい言語」は世界共通語の決め手となったか?
「英語が習得しやすい言語だから世界共通語になった」という認識は一般に広く持たれているが、実はそれは英語学において正しくないと考えられている。
そもそも、特定の言語が絶対的に学びやすいか否かは相対的な問題であり、個々の言語学習者の母語や学習背景に大きく左右されるものだ。
確かに、ドイツ語のように複雑な文法性(男性名詞、女性名詞など)を持たず、名詞の格変化も少ない点では、英語の文法は比較的シンプルだ。
しかしその一方で、英語は世界中の言語の中でも最も語彙数が多い言語として知られる。
これは、歴史的に多様な言語から単語を借用し続けてきたためであり、例えば「始める」という一つの概念を表すだけでも"start", "begin", "commence", "initiate"など、非常に多岐にわたる表現が存在する。
そのため、語彙の習得という観点から見れば、英語は決して「優しい言語」とは言えず、習得には相当な労力が必要となる。

Q. 英語話者の大半は非ネイティブが占めているか?
英語の現況を理解する上で重要な概念が、言語学者カチュルの提唱する「同心円モデル」である。
これは英語話者を三つのカテゴリーに分類するもので、第一言語としての母語話者を指す「内円」(イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど)があり、次に第二言語や公用語として英語を用いる「外円」(インド、ナイジェリア、シンガポールなど)が、最後に外国語として英語を学ぶ「拡大円」(日本、中国、韓国、ヨーロッパの大部分など)が存在する。
このモデルによると、世界の英語話者約20億人のうち、内円の母語話者は約3.8億人に過ぎず、約8割を外円や拡大円の「非母語話者」が占める。
母語話者同士のコミュニケーションは全体のわずか4%であり、残りの96%が非母語話者間、あるいは非母語話者と母語話者との間で交わされているのだ。
この数値は、英語がもはや特定の母語話者の「所有物」ではなく、世界の共通語としての性格を強く持つようになった現実を浮き彫りにしていると言えよう。
また、内円と位置づけられるアメリカでさえ、約15%の人々が英語を第二言語としており、スペイン語話者のヒスパニック人口の増加により、将来的に国内での英語の地位が揺らぐ可能性も指摘されている。
Q. 英語の拡大は文化的な多様性を脅かしているのか?
英語の爆発的な拡大は、時に「英語帝国主義」として、他言語の発展を阻害し、最終的に世界が英語文化に支配されるのではないかという批判も呼んだ。
実際、イギリスのチャールズ三世が皇太子時代に、英語の「分裂・解体」への懸念を示し、統一を促すスピーチを行った例からも、この問題意識の根深さがうかがえる。
しかし、本稿が強調したいのは、英語が拡大した結果生まれた世界各地の様々な英語(New Englishes)には、優劣や支配関係はなく、それぞれが独自の歴史と言語的特徴を持ち、地域の人々のアイデンティティと深く結びついているという視点だ。
例えば、北欧諸国では国民の8割以上が英語を流暢に話す一方で、デンマーク語などの自国語への浸食リスクを警戒し、複数言語主義を志向する政策宣言を出すなど、バランスの模索が続いている。
また、アラブ首長国連邦のような湾岸諸国では、人口の9割を占める外国人労働者間の共通語として英語が広く使われるが、サウジアラビアのような大国では、アラビア語の社会的優位性から英語の浸透度が低いといった多様な実情が存在する。
Q. AIの進化は英語の未来にどのような影響を与えるか?
AI同時通訳技術の進展は、2026年には「言葉の壁がなくなる」と予測する専門家もいるなど、英語の必要性を疑問視する見方も存在する。
AIが母語間の翻訳をリアルタイムで行えば、共通語(リンガフランカ)の役割が低下し、かつてラテン語が各地で分岐していったように、英語も多言語化する「分裂」の方向へと向かう可能性も指摘されている。
一方で、国際社会では英語の「標準化・簡略化」を求める求心力も働く。
かつて「Basic English」や「Globish」といった試みもあったが、これらは自然な表現を損ねるなどの課題から、成功には至っていない。
結局のところ、どの地域の英語を標準とするかという問題は常に議論の的となり、言語的アイデンティティの問題も絡むため、統一は容易ではないと考えられている。
このような状況の中、英語の母語話者であっても、非母語話者とのコミュニケーションにおいては、相手に分かりやすく英語を調整する努力が求められる時代へと突入するだろう。
しかし、AI時代においても、英語の重要性が失われることはない。
現在の生成AIは、学習データの量が圧倒的に英語に偏っているため、英語でプロンプトを入力する方が日本語よりも質が高く、正確な情報を効率的に得られる現実がある。
高度な情報アクセスと効率的な業務遂行には、今後も英語力が不可欠であり、AIが普及しても英語を使いこなせる者とそうでない者の間に「情報格差」が生じると考えられる。
Q. 日本人はこれからどのように英語と向き合うべきか?
日本の英語教育は、従来のような英米中心の「ネイティブ信仰」から脱却し、「国際共通語としての英語」を教える方向へと転換すべきだと提言されている。
文部科学省の指導要領でもこの方針が明記されており、ALT(外国語指導助手)の出身国が多様化したり、大学教員の採用基準が「ネイティブスピーカーまたは同等の能力」となるなど、教育現場でも変化が起きている。
今後の英語教育では、リスニングやスピーキングにおいては、多様な発音や語彙のバリエーションを許容し、完璧なネイティブを目指すよりも、異文化間の円滑なコミュニケーションを重視すべきだ。

一方で、「書く英語」においては、ビジネス文書や学術論文といった形式的な場面では、信頼性を担保するため、三単現のSや正確なスペリングなど、英米の標準規範に則った文法・綴りの遵守が引き続き重要となる。
AI翻訳は非常に便利だが、文化的背景に根差した微妙なニュアンスや専門用語の誤訳リスクが存在するため、最終的なチェックには高度な英語読解力が不可欠だ。
10年後の日本では、英語学習は二極化すると予想される。
グローバルビジネスや専門職など、高度な英語力が必須な一部のエリート層が、集中的に学習し極めて高い英語力を身につける一方で、多くの一般層はAI翻訳技術に頼り、英語に接する機会が減少するかもしれない。
しかし、外国語学習の真の価値は、単なるスキル習得に留まらない。
それは、異文化の物の見方や価値観を理解し、自分の視野を広げる「教養」であり、多様な人々との相互理解を深めるための重要な手段である。
たとえAIが翻訳を代行しても、文化的な差異を肌で感じ、相手の立場に立って考える能力は、人生を豊かにし、グローバル社会で生き抜く上で不可欠な要素だと言えよう。