PIVOT TALK WORLD
中東エネルギー危機。アジアへの影響は?
(1077)
1.3万回視聴
2026年4月1日

イラン戦争によるエネルギー危機。特にその影響が大きいのが、中東に原油を依存するアジア各国だ。アジア経済への影響と合わせて、アジアのエネルギー政策などをテーマに、アジア開発銀行の神田眞人総裁に聞いた。 ▼プロフィール情報 神田眞人|アジア開発銀行総裁 1987年東京大学卒、大蔵省に入省。英国オックス...
激動の時代にアジア経済が直面する試練:ADB総裁が語る「ニューノーマル」の羅針盤
Q. 現在の不安定な中東情勢はアジア経済にどのような影響を与えているか?
中東危機はアジア経済に対し、他の大陸よりもはるかに厳しい影響をもたらす可能性がある。これは中東への高いエネルギー依存、貿易依存度の高さ、そして世界経済に敏感な金融部門というアジア固有の脆弱性に起因すると、アジア開発銀行(ADB)の神田眞人総裁は指摘する。

実際に、紛争勃発直後にはホルムズ海峡を通る石油やLNGの価格が高騰。これはアジア諸国の主要なエネルギー供給ルートであり、経済への打撃は計り知れない。さらに、影響はエネルギー燃料に留まらず、ナフサやその原料となるポリエチレン、そして肥料などの価格もすでに3~4割上昇しており、プラスチックや梱包材、工業製品を製造するアジアに集積した製造業や、食料安全保障に関わる農業生産にも深刻な悪影響を与えている。
金融市場においても、リスクオフの動きが加速。アジア株は約5%下落し、タイバーツやフィリピンペソなどアジア通貨は米ドルに対して大きく下落した。これにより、約100億ドル以上の資金がアジア市場から流出し、日本もエネルギー価格上昇と円安という「ダブルパンチ」を被っている。しかし、多くのアジア経済は過去のアジア金融危機以降、財政健全化やマクロ経済の強化に努めてきたため、ある程度の強靭性も持ち合わせている。
Q. 紛争の長期化が世界の経済にもたらすリスクとは何か?
現在の状況は、戦後の国際秩序の基本原則が「溶解」している未曾有の事態だと認識すべきだ。法の支配、自由貿易、紛争の平和的解決といった概念は揺らぎ、もう元の状態には戻らないと考えるべきである。このような激動の世界では、不確実性そのものが経済にとって最も深刻な悪影響を及ぼす。価格変動のマグニチュードよりも、不確実な状況が続く期間の方が経済に与えるダメージは大きいと総裁は分析する。
紛争が長期化すれば、地政学リスクは増大し、原油価格の大幅な高騰は世界的なインフレを加速させ、金融環境も一層タイトになる。エネルギーコスト上昇は家計消費を抑制し、生産コストを押し上げることで世界的な需要減少を招き、経済活動全体を停滞させる。企業も投資判断を控えざるを得なくなり、結果として経済成長が鈍化する。
アジア諸国は、地域連携の強化、国内金融市場の育成、法制度の整備といった地道な努力を続けており、比較的強靭である。しかし、このような外的ショックに対してさらなる強靭性を築くためには、基本的な政策の着実な実行が不可欠となる。不確実性の高まる「ニューノーマル」において、この姿勢こそが生存戦略の要となると言えよう。
Q. この危機を乗り越え、新しい時代に各国が取るべき対策とはどのようなものか?
グローバルな制度が深く傷ついた今、各国は新しい制度を構築するという覚悟が必要だ。そのための基礎は、「財政の持続可能性を持った健全なマクロ経済運営」「国際競争力を高める構造改革」「質の高いインフラ投資」「人的資本投資」「資本市場の育成」「経済の多様化」「地域連携強化」という王道を行く政策である。特に、マクロ経済の安定維持が最優先事項だ。
エネルギー補助金のような広範な財政支援策は、市場を歪め、省エネルギー努力を阻害するため、長期的に見て非効率だ。代わりに、本当に困窮している層にターゲットを絞り込んだ直接的な財政支援が、財政の持続可能性を損なわずにエネルギーショックを緩和する上でより効率的で正しいアプローチとなる。
また、エネルギー安全保障の強化も極めて重要である。原子力発電を含む再生可能エネルギーの拡大、輸入先の多様化、エネルギー供給源の多角化、省エネルギーへの投資など、あらゆる手段を講じて最適なエネルギーミックスを構築することが求められる。さらに、為替の安定には小手先の介入ではなく、「国力」を反映させるためにも、健全な経済運営と構造改革による国際競争力強化が不可欠である。
Q. エネルギー安全保障における原子力発電の役割はどのように変化しているか?
ADBは昨年11月、創設以来初めてとなる原子力発電への資金支援を解禁した。これは「途上国に石炭も石油もやめろと言いながら、原発も認めなければ、どうやってエネルギー需要を満たせるのか」という現実的な課題意識に基づいた政策転換である。
原子力発電は、安全保障と脱炭素の両面で不可欠な選択肢だと総裁は主張する。特に小型モジュール炉(SMR)のような新しい技術の登場により、これまで原子力導入に躊躇していた小規模国でも建設や運用が容易になり、参入のハードルが下がった。安全性の面でも技術向上は明らかである。こうした背景から、アジア各国では脱炭素とエネルギー安全保障の観点から原子力発電の導入に対する要請が激増している状況にある。
原子力に加え、再生可能エネルギーの普及もアジアではものすごい勢いで進む。太陽光、風力、水力など様々な再生可能エネルギーのプロジェクトが活発化しており、ADBも積極的に支援する。例えば、ASEAN全体を繋ぐ1000億ドル規模の送電網「アセアンパワーグリッド」構想は、再生可能エネルギーの安定供給と地域全体のエネルギー安全保障、ひいては地域の平和に貢献するものと期待されている。ADBは各国と連携し、最適なエネルギーミックス構築のための投資協力を行っている。

Q. アジア諸国の経済改革に対する姿勢は日本の状況とどう異なるのか?
ADB総裁としてアジア各国のリーダーたちと接する中で、総裁が痛感するのは、彼らの改革への「本気度」とスピード感である。

各国は生き延びるために必死であり、エネルギー政策を含む議論が非常にダイナミックだ。リスクを取った投資を行い、国民を説得し、責任感を持って長期的な視点で政策を進める姿勢は、日本の現状と大きく異なる。「日本の動きはゆっくりに見える」と総裁は述べる。
アジア諸国の改革は、単なる短期的な人気取りではない。廃棄物の管理や廃炉計画まで考慮した長期的な視野、市場を歪めないエネルギー価格政策など、緻密な戦略と責任感に基づいている。しかし、日本の「ゆっくりさ」は「伸びしろが大きい」ということでもある。これまでの遅れを挽回するポテンシャルは十分にあり、これを活かせば発展の余地は広大だ。
日本の問題は、やるべき改革が分かっていないことではない。社会保障やエネルギー政策など、日本の課題と解決策は明確に分かっている。にもかかわらず、既得権益などに阻まれて「実行」ができていないのが現状だ。30年間成長を遂げられず、世界に置いていかれた最大の理由はここにある。日本に求められるのは、天才的な妙案ではなく、明確な目標を断行する「実行力」に尽きると神田総裁は強調する。
Q. 激変する国際情勢の中で、国際機関や日本が果たすべき役割とは何か?
現代は1945年以来の国際秩序が「溶解」している未曾有の危機であり、国際機関トップの仕事量は激増している。

しかし、これは国際機関や特定の国だけでなく、世界中の全ての国が直面する現実だ。ADBもこの時代の期待に応えるべく、大規模な自己改革を断行中である。
まず、ADBは融資能力を強化した。設立協定を史上初めて改正し、一般増資なしに貸出規模を50%(年間最大360億ドル)増強。口先だけでなく資金を動員し、喫緊の課題に対応する。次に、経済成長の要として民間セクター支援を優先し、2030年までに4倍とする目標を掲げる。政府部門と民間部門の支援を一体的に行えるADBの強みを活かし、政策改革から具体的な投資まで統合的なソリューションを提供する。
また、ADBは政治的中立性を活かし、国境を越える地域協力(エネルギー、AI、デジタル、食料安全保障、重要鉱物など)を強力に主導し、集団的な強靭性向上に努める。このような大変動の時代に「よく分からないから様子見」という態度は、「座して死を待つ」ことと同じであると総裁は警鐘を鳴らす。
平和な秩序の最大の受益者であった日本には、この激動期に新しい国際秩序の構築に貢献する義務と絶好の機会がある。日本は他国にない信頼と経験を持つ国として、自国の比較優位を真剣に考え、世界に貢献することで、尊敬される地位を築き、結果的に日本の国益も守ることができるだろう。個人の経験と同様に、国家の経験もまた、思いがけない形で未来に活かされるのだ。