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中東大地殻変動。最悪のシナリオは?
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2026年3月11日

イラン戦争をきっかけに壊れた中東の勢力均衡。今後、中東にはどんな大地殻変動が起きるのか?最悪のシナリオは何か?日本のエネルギー戦略も含めて、元・外務省中東アフリカ局参事官の宮家邦彦氏に聞いた。 <ゲストプロフィール> 宮家邦彦|キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問 元外交官。専門は外交と安...
中東大地殻変動の深層: 専門家が警鐘を鳴らす最悪シナリオの現実と日本の課題
2023年10月のガザでの事件以来、中東地域は「地殻変動」と称されるほどの大変革期に突入した。長年燻り続けてきた対立が、新たな局面を迎え、予測不能な動乱が世界を揺るがしている。かつてイスラエルとイランを巡る国際関係の帰趨を詳細に分析した著書で「最悪のシナリオ」を予見した外交アナリストは、現在の中東情勢をどう見ているのだろうか。我々は今、何を理解し、どう備えるべきか。この中東の大変動がもたらす影響と、日本が直面する課題について深く掘り下げた。

Q. イスラエルによるイラン攻撃は、予測された「最悪のシナリオ」に近いと言えるか?
2023年10月7日のガザでの事件は、長年のパレスチナ問題を中心に据えた中東の安定(不安定ながらも)を根底から覆す「地殻変動」の契機となった。これは、これまで予測されていた「最悪のシナリオ」、すなわちイスラエルとイラン、そしてアメリカの直接対決が現実のものになったことを意味する。
宮家氏が著書で指摘したシナリオでは、イランからの攻撃が想定されたが、実際にはイスラエル側から攻撃が始まった点で現実と異なる。しかし、イラン革命以来タブー視されてきた米イラン間の直接戦闘が去年の6月の段階で実現し、今年の指導者暗殺にまでエスカレートしたことから、紛争は新たな次元に入ったのは確実だ。
Q. なぜイスラエルは今回、イランの最高指導者層の暗殺にまで踏み込んだのか?
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相には、複数の動機が考えられる。まず国内的には、ガザでの予期せぬ攻撃による甚大な犠牲者と人質の発生を受け、その責任を追及される窮地に追い込まれていた。また、単独でのイラン攻撃が不可能であることを理解しており、米国を紛争に巻き込む戦略であったと見られる。
イラン最高指導者の暗殺は、これまでタブーとされてきた行為である。革命ガードの司令官殺害は過去にもあったが、国家の中核を成す宗教指導者の排除は、イスラエルが長年抱いてきたイラン体制転覆の「悲願」であった。彼らは、トップの首を取ることで体制の求心力が低下し、国内から瓦解することを期待していたようだ。
しかし、このイスラエルの見込みは甘かった可能性が高い。イランは、1979年のイラン革命以降、来るべき米国との対決に備え、強固な体制を築いてきた。宗教指導者たちが殉教者とみなせば、殉教精神は国民にさらに浸透し、彼らに代わる指導者候補も常に用意されている。

Q. 現在の状況において、イランの最大の戦争目的とは何か?
イランにとっての戦争目的は、米国に軍事的に勝利することではない。彼らが目指すのは、イスラム共和制という現体制を維持する「国体護持」である。これは第二次世界大戦時の日本が天皇制の維持を最優先したことと同様の状況といえる。
イスラム共和制が存続する限り、停戦に持ち込めればそれはイランの「勝ち」となる。そのため、イランは長期的な消耗戦も辞さない構えだ。これに対し、米国は勝利が必要であるという非対称な構造が戦争の膠着化を招く要因となる。
トランプ政権による攻撃は、明確な目的や大義名分、同盟国の十分な支持を欠いた、行き当たりばったりのものと評される。国内の中間選挙やインフレ、個人的スキャンダルなどで追い詰められた結果、「直感」に頼った拙劣な判断があった可能性がある。十分な準備なしに始めた戦争は、その後の見通しを困難にするばかりで、イランの抵抗力を過小評価した点に決定的な誤算があったと言えよう。
Q. 長期化するイランとアメリカの紛争、その終結はどちら側から起こり得るのか?
イランが「降参」することはないだろう。体制の終わりを意味するからだ。その点、最終段階まで徹底抗戦するイランと、成果を出して早期に引き上げたい米国では思惑が異なる。停戦の動きがもし出てくるとすれば、戦争長期化に伴う国内経済や政治の悪化から「勝てない」と判断したアメリカ側からとなる可能性が高い。
軍事的には、米国・イスラエルが航空戦力で圧倒的な優位を持つが、イランには9000万人の人口と広大な国土があるため、地上軍なしでは完全に制圧はできない。むしろイランは、安価なドローンやミサイルを大量投入し、米国製の高価な迎撃兵器を消耗させる「非対称戦術」で対抗する。これにより、米国の継戦能力が先に限界を迎える事態も考えられる。
さらに、イランには最終手段としてホルムズ海峡でのテロや小型ドローンによる攪乱がある。わずか一発の攻撃でも、船主はリスクを嫌い航行を止めるため、低コストで世界経済に絶大な打撃を与えることが可能となる。米国側は、指導者暗殺などの戦果を掲げ、「イランを無力化した」と一方的に勝利宣言して手を引く可能性も指摘されるが、イスラエルはイラン体制の完全壊滅まで戦争を続けたいと望み、米国の動きを牽制するだろう。
Q. アラブ諸国は、今回のイラン攻撃をどのように捉えているのか?
中東地域では、戦後の地域秩序を支えた二つの主要な思想潮流、「アラブ民族主義」と「イスラム主義」がいずれも政治的に行き詰まり、求心力を失いつつある。アラブ民族主義はパレスチナ問題を解決できず失敗。その後台頭したイスラム主義も、イラン革命や過激派組織ISISの事例に見られるように、経済的な繁栄や安定をもたらせていない。

サウジアラビアなどの多くのアラブ諸国の指導者たちにとって、最大の脅威は必ずしもイスラエルではない。彼らの最優先事項は自らの政権存続であり、体制を揺るがすのはイランのような勢力であった。そのため、米イスラエルによるイランの弱体化は、内心歓迎される側面がある。共通の敵イランを前に、アラブ諸国とイスラエルの関係正常化が水面下で進行しつつある。
イラン体制を強引に転覆させた場合、その後の明確な青写真がなければ「力の真空」が生じ、深刻な内戦状態を招きかねない。その隙を突いて過激派勢力が台頭すれば、アフガニスタンやイラク以上の地域不安定化を招くリスクがある。これは日本のような資源エネルギー輸入国にとって最悪のシナリオ(悪夢)である。国際社会にとって現実的な落としどころは、米国がイランの「国体護持」を容認し、彼らが矛を収める道筋を作る事かもしれない。しかし、イラン体制の打倒を悲願とするイスラエルがこれを受け入れるかは極めて不透明だ。
Q. 中東情勢の混乱は、世界と日本経済にどのような影響を及ぼすのか?
今回の紛争で最大の「漁夫の利」を得ているのはロシアである。米国の関心が中東に集中することで、ウクライナへの資源投入が減少し、原油価格の高騰はロシア経済に潤いをもたらす。地政学的な優位を享受している形だ。
一方、中国の立場は複雑だ。米国が中東に忙殺されるのは歓迎だが、中国も中東産原油に大きく依存するため、地域の不安定化はエネルギー供給のリスクを伴う。国内経済の低迷に加え、対米関係での板挟みとなり、必ずしも楽観視できる状況ではない。
米中の両国とも現在、本格的な衝突を望んでいないため、短期的には融和的な会談が想定される。しかし、中国は米国の注意が中東に逸れている間に、台湾問題に関して米国から有利な譲歩を引き出そうと狙っている可能性がある。日本にとって中東の安定は、原油の約9割を依存する現状を考えれば死活問題である。特にホルムズ海峡の封鎖は、日本のエネルギー供給を壊滅的な打撃から守るため、これまでの受動的な外交姿勢の限界を浮き彫りにする。

Q. 日本は中東への関与において、どのような課題を抱えているのか?
日本は1973年のオイルショック以来、50年もの間、中東湾岸地域への原油依存という構造的な脆弱性を解決できていない。天然ガスと異なり、原油は経済性・物理性から中東以外に大規模な代替供給源がなく、中東依存は今後も続かざるを得ないだろう。この問題は日本が戦後抱え続ける最も深刻な課題の一つであり、受け身の姿勢から脱却し、能動的な関与を考える時期に来ている。
憲法の制約があるとはいえ、公開海域での安全な航路確保のための国際協力や、外交的役割を通じた発言力の強化は可能である。これまで安全保障を米国任せにしてきた結果、有事の際に情報や利権の面で後手に回ることが懸念される。自国の利益を守るためにも、能動的に中東地域の安全保障に貢献する姿勢が不可欠だ。
日本社会の中東への関心は、戦争やテロなどの大事件が起きるたびに一時的に高まるものの、継続性に乏しい。心理的・地理的な隔たりに加え、一神教的価値観への理解の難しさも相まって、専門家が育ちにくい土壌がある。優秀な人材を長期的に育成し、彼らが活躍できる環境を整備することが、日本の外交力と国益維持のために急務である。