ECONOMICS101
原油の急騰がもたらす日本経済への衝撃
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2026年3月6日

イラン攻撃によって懸念される原油高。100ドル超えも考えられると専門家は語る。生活への影響はいつからなのか?株価はどうなってくのか? エコノミスト 永濱利廣氏とマーケット・リスク・アドバイザリー共同代表 新村直弘氏に話を聞いた。 <ゲスト> 永濱利廣|第一生命経済研究所 首席エコノミスト 1971...
第三次オイルショック到来か?日本経済を襲う原油高騰の衝撃と、冷静に備えるべきリスク
中東情勢の緊迫化が原油市場に激震をもたらしている。これまで「ありえない」とされたホルムズ海峡の事実上の封鎖によって、原油価格は高騰の一途をたどり、日本経済に甚大な影響を与えるのは必至だ。
家計や企業のコストは上昇し、政府が期待していた「実質賃金プラス」のシナリオも崩壊の危機に直面している。専門家はこの現状をどう捉え、そして日本は何に備えるべきなのか。中東からの情報を追うマーケットリスクアドバイザリー共同代表の新村直弘氏と、エコノミストの永濱利廣氏の見解を基に、Q&A形式で解説する。

Q. 中東情勢の緊迫化が原油価格を急騰させているのはなぜか?
今回の原油価格高騰の背景には、イランが「国家存亡の危機」と認識したことに端を発する行動がある。イスラエルによる攻撃でイランの軍事幹部や後継者候補が殺害されたことで、イランはこれまでの「最終手段」とされてきたホルムズ海峡の封鎖に踏み切った。
過去にもホルムズ海峡の封鎖が示唆されたことはあったが、世界中の国々とアラブ諸国を敵に回す行為となるため、現実的ではないとされてきた。しかし、今回イランが実際に封鎖に踏み切った事態は、単なる威嚇ではなく、イランが追い詰められた末の深刻な行動だと理解する必要がある。

これまでの経験ではホルムズ海峡の封鎖という選択肢はなかったが、幹部の喪失により国家の存続が脅かされたと感じたイランにとって、前例のない行動も止むを得ない判断であったと考えられる。
Q. 今の原油価格は一時的なプレミアムなのか、それとも市場の適正価格を反映しているのか?
この価格上昇を「地政学リスクプレミアム」と解釈するのは不正確だ。真のプレミアムとは、需要と供給のバランスが整っているにも関わらず、付加価値に対して追加で支払われる対価を指す。現在の原油価格は、将来の供給不安による需給バランスの変化を市場がすでに織り込んだ「適正価格」と捉えるべきである。
供給不足が現実となると、生産者は現物確保の不確実性から売り渋る動きをみせる。これにより売り圧力が弱まり、結果的に価格水準が上昇する構造にある。世界最大のエネルギー消費国であるアメリカの景況感は原油価格に大きく影響する。足元でアメリカ経済が好調な中、中東からの供給不安が重なったことで、市場は需要と供給の両面から価格上昇の要因を抱えている状況である。まさに「最悪のタイミング」でこの問題が表面化したと言えよう。
Q. 原油価格の高騰は家計にどのような打撃を与えるか?
原油高は日本経済全体、特に家計に大きな影響を及ぼす。価格変動率(ボラティリティ)が高い原油価格が一度動き出すと、ガソリン代の即時的な上昇から始まり、電気・ガス料金、さらにタイムラグを伴って食料品価格にまで波及し、物価全体を押し上げる要因となる。一般に、原油先物価格の変動は消費者物価に約10ヶ月遅れてピークとなる傾向があるため、その影響は長期にわたる可能性が高い。
加えて、今回は「円安」が重なることで、その影響はさらに深刻だ。2012年の原油高局面では円高だったため負担は限定的であったが、現在は1ドル150円台の歴史的な円安下にある。試算によると、原油価格が2012年並みになると、家計の年間負担は3.6万円増加する可能性が指摘されている。
これは政府が目標とする「実質賃金プラス化」のシナリオを困難にし、国民の生活実感として改善が見えにくい状況を作り出す恐れがある。インフレが落ち着く前提が崩れることで、賃金上昇分が物価上昇で相殺され、実質的な所得減少につながる可能性があるのだ。
Q. 企業活動、特に日本のサプライチェーンへの影響はどこまで広がるのか?
企業活動への影響は、燃料費の高騰だけにとどまらない。特に懸念されるのは、石油化学製品の原料となる「ナフサ」の供給不足だ。日本はナフサの輸入品の約75%を中東に依存しており、かつナフサは国の備蓄対象から1993年に外れている。つまり、国内の商業在庫は1〜2ヶ月分程度しかなく、供給が滞れば早急に影響が顕在化する。
ナフサはプラスチック製品の基礎原料であり、コンビニ弁当の容器、ペットボトルといった身近な製品から、さらには半導体の製造工程に至るまで、極めて幅広い産業で使用されている。その供給が途絶えれば、広範囲の製造業におけるサプライチェーンが麻痺し、日本のものづくり全体に壊滅的な打撃を与えかねない。

農林水産業や空運など、運輸コストや燃料コストが直結する産業も、収益悪化に見舞われる。特に、コスト増を価格に転嫁しにくい医薬品業界などは、原料費高騰が利益を直接圧迫し、経営に深刻な影響を与えると考えられる。
Q. 今後の原油価格はどのように推移するのか?最悪のシナリオも想定すべきか?
今後の原油価格の動向は、中東での戦闘が「どれくらいの期間続くか」に全てがかかっている。例えば1ヶ月程度の短期間で収束すれば影響は限定的かもしれないが、数ヶ月以上にわたってホルムズ海峡の封鎖が続けば、在庫の枯渇は避けられず、原油価格は1バレル100ドルを超える可能性が十分にある。ジェット燃料価格が90ドルから220ドルへと倍以上に高騰していることからも、その懸念は現実的だ。
さらに深刻なのは、単なる価格高騰に留まらず、「物理的なエネルギー不足」が起こる最悪のシナリオだ。もし世界の石油・ガス供給が恒常的に2割減少する状態となれば、需要100に対して供給80という状況となり、強制的な需要抑制が必要になる。東日本大震災時のように、夏場の「計画停電」が現実味を帯びる可能性も否定できない。これはパニックになるべき事態ではないが、十分に起こりうるリスクとして認識し、冷静に備えるべきだ。
OPECによる増産や米国のシェールオイルによる供給拡大も、直ちの解決策にはならない。OPECの増産はホルムズ海峡が閉鎖されている限り、海峡を通れない国からの輸出にはつながらない。また、米国のシェールオイルも価格上昇で採算が合うとしても、実際の増産体制には9ヶ月から1年程度の時間が必要とされる。国際的な対立状況下では物資の確保も困難であり、即座の増産は極めて困難だ。
Q. 日本経済への深刻な影響が懸念される中、政府や企業、そして個人は何をすべきか?
内閣府のマクロモデル試算では、原油価格高騰が日本の実質GDPを0.3〜0.4%押し下げる。過去には2008年にも原油高がリーマンショック以前に日本経済を景気後退に陥らせた経緯があり、その影響力は甚大だ。最悪の場合、原油高による所得流出は年間12.5兆円にも達し、これは消費税率を1.4%から3.0%引き上げるのと同等のインパクトを持つ。

資源の乏しい日本は、エネルギーに関しては「ナチュラルにショートポジションを取っている」と言える。普段はそのショートポジションを商社の努力による輸入で埋めているが、ひとたび供給が途絶えればリスクが顕在化する脆弱な構造だ。政府の電気・ガス料金負担軽減策の延長などは応急処置に過ぎず、エネルギーそのものがなければ意味をなさない。根本的な解決には、エネルギー消費量の削減や代替エネルギーへの転換が不可欠である。
これほど深刻な状況にもかかわらず、株式市場が比較的に楽観的な姿勢を保っていることに、専門家からは「気持ち悪い」との懸念が表明されている。これはリスクが顕在化した際に市場が急落する可能性を孕む兆候かもしれない。
一番のリスクは、パニックになることである。幸い、まだ対策を打つ猶予は残されている。危機が表面化してからでは打てる手が限られるため、企業も個人も、半年先の事態を見越して冷静に、しかし真剣に、省エネルギーの徹底やリスク管理と向き合うべき時だ。今回の事態は、まさにエネルギー供給の構造を大きく変え、「第三次オイルショック」として歴史に刻まれる可能性をはらんでいる。