PIVOT TALK ECONOMY
【食卓から魚が消える】漁業の消滅の危機
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2026年3月16日

食卓から魚が消える──そんな未来が現実になりつつある。なぜ日本の漁業は壊滅の危機に瀕しているのか?メディアが取り上げる「乱獲」の実態とは?鹿児島大学教授の佐野雅昭氏に聞いた。 <ゲスト> 佐野雅昭|鹿児島大学教授 鹿児島大学水産学部教授。京都大学法学部卒。東京水産大学修士課程、水産庁を経て北海道大...
魚が食べられなくなる日:就業者の減少と「乱獲」の真実
日本が誇る豊かな食文化の源である漁業が今、深刻な危機に直面している。このままでは30年後には日本の食卓から新鮮な魚が消えるとの警鐘が鳴らされており、その実態は「乱獲」による資源枯渇という単純な話では済まない。鹿児島大学教授の佐野雅昭氏が著書「日本漁業の不都合な真実」で指摘するように、漁業の未来には複雑な問題が絡み合っているのだ。果たして日本の漁業は何を抱え、どのように未来を築いていくべきか。佐野氏の見解をもとに深く探る。

Q. このままだと30年後、日本の漁業はどのように変化してしまうのか?
現状の推移が続けば、日本の漁業は30年後に壊滅的な状況を迎える可能性がある。漁業者の数は2003年から2022年の間に約半減しており、担い手不足は極めて深刻だ。このままでは、各地に根付いた漁村の風景は失われ、国内で獲れた鮮度の良い魚を家庭で味わう機会は激減するだろう。特に東京のような大都市では、魚そのものが手に入りにくくなることも予想される。

現在の豊かな「秋のサンマ」といった季節感に富む日本の魚食文化は、海外からの冷凍加工品や畜肉に置き換えられ、維持が困難になると予測されている。既にこうした傾向は始まっており、鮮魚から食肉への代替や輸入魚への依存が高まっているのが現状だ。
Q. 日本の漁業者の数が大幅に減少している主な原因は何か?
漁業者の減少には複合的な要因があるが、主に収入の不安定さと漁村での生活様式が若者の定着を阻害している。漁業は自然相手の生業であるため収入が安定せず、平均所得も低い傾向にある。中には年収1000万円以上を稼ぐ漁業者も存在するものの、その変動の大きさは安定志向の現代の若者の気質とは合致しない。さらに、多くの漁村は生活インフラの整わない僻地に位置し、都市的な利便性を求める若者にとって魅力的ではない。コンビニエンスストアや通信環境の不便さなどが挙げられる。
漁業者の親も子どもの将来を考え、都市への進学を促すケースが多く、漁村からは一方的に若者が流出する構造がある。これは職業選択というより、人生の選択として現代の価値観に合致しないため、後継者不足に拍車がかかる要因となっている。
Q. 一般に言われる「乱獲」は、本当のところ何を意味する現象か?
一般に「乱獲」として問題視される状況は、必ずしも海洋資源全体の枯渇を意味しない。日本の漁獲量が減少しているのは、漁師の数が減っていることが大きな要因であり、魚の資源量が直接減少しているわけではない。

実際には、クロマグロのように資源管理の成功によって増えている魚種も存在する一方、何らかの理由で減っている魚種もあるため、資源の状況は魚種ごとに大きく異なる。海中の生物総量(バイオマス)はエネルギー不変の法則によりほぼ一定であり、ある魚種が減れば別の魚種が増える「レジームシフト(魚種交代)」が起こるのが自然の摂理だ。マイワシが減ればサンマが増えるといった現象がその典型である。「乱獲」とは、人々の「価値のある、獲りたい特定の魚が獲れない」という都合によって引き起こされる認識であることが少なくないのだ。
Q. 豊かな日本の魚食文化は現代社会でどのように変化しているか?
かつて寿司屋の「時価」は、魚の豊凶に合わせて価格が変動する自然の摂理を反映した極めて合理的な仕組みであった。これは、特定の魚に固執せず、獲れるものを柔軟に楽しむ日本の伝統的な魚食文化の象徴と言える。
しかし、現代はSNS映えやコストパフォーマンス(コスパ)、タイムパフォーマンス(タイパ)が重視され、食の本来的な美味しさよりも見栄えや効率が優先される風潮にある。また、生きた魚の血や内臓といった生々しさを避ける傾向も強まり、工場で加工されたクリーンな製品が好まれる。
かつて鮮魚店などが果たした魚の知識や調理法を消費者に伝える社会教育機能も失われ、魚を家庭でさばく習慣も減少した。さらに、スーパーの鮮魚売り場も、専門人材や冷蔵設備維持のコスト高から赤字に陥りやすく、効率重視の経営戦略により縮小傾向にある。これらの要因が、多様な魚に触れ、調理する機会を奪い、日本の豊かな魚食文化を衰退させているのだ。
Q. 世界が魚の消費を増やす中、なぜ日本は減少傾向にあるのか?
世界の水産物消費量が健康志向や環境意識の高まりによって増加傾向にあるのに対し、日本だけは減少傾向にあるという逆説的な現象が起きている。欧米ではDHAやEPAといった魚に含まれる栄養素の健康効果が広く認識され、健康寿命を延ばす手段として魚食が再評価されている。
また、畜産に比べて環境負荷の小さい漁業は、SDGs(持続可能な開発目標)の観点からも支持され、特にドイツや北ヨーロッパで魚の消費が伸びている。欧米の若者たちは積極的に魚を取り入れているが、日本の若者は魚離れが進んでいるという現実がある。かつて日本人が無意識のうちに築き上げてきた自然と調和する食生活は、現代の都市的な価値観へとシフトし、環境や健康への影響が考慮されないまま失われつつあるのだ。
Q. 世界的な食料危機が予測される中、日本はどのように食料を確保していくべきか?
18世紀の経済学者マルサスは、人口増加が食料生産を上回る「マルサスの罠」を予言したが、2050年には世界人口が100億人に近づき、現在の1.6~2倍の食料が必要になるとされ、この危機が現実味を帯びている。陸上の農地拡大や遺伝子組み換え技術による増産も限界に達しており、食料問題は待ったなしだ。

しかし、島国である日本には、気候変動に強い主食の米と、世界有数の豊かな漁場を持つ「海」という潜在力がある。海洋からの豊富な水産物は、日本国民が必要とする動物性タンパク質を低コストで供給可能であり、昆虫食や人工肉よりもはるかに効率的で自然な解決策となるだろう。
このポテンシャルを最大限に活かすには、消費者が「獲れた魚を食べる」柔軟性を持ち、それを支える漁業が存続していることが絶対条件となる。漁業技術は一度失われると継承が困難であるため、未来の食料安全保障のためにも、今の日本の漁業を守り、育成していくことが不可欠だ。この機会を逃せば、世界でも稀に見る日本の食料ポテンシャルが「宝の持ち腐れ」となるだろう。