
【新しい世界秩序】力こそ正義の時代
「力こそ正義」:米露中による「破壊と混迷」の時代の行く末とは?
現在の世界情勢は混迷を極めている。かつて信じられていた「ルールに基づく国際秩序」が崩壊し、各国が自国の利益を追求する中で「力こそ正義」の論理が台頭しつつある状況である。この時代はイタリアの思想家アントニオ・グラムシが約100年前に述べた「古い秩序が崩れ、まだ見えない新しい秩序の間で怪物たちがうごめく狭間の時代」と表現できる。
本稿では、国際ジャーナリスト・川北省吾氏の見解に基づき、世界がなぜこのような混迷に陥ったのかを深く掘り下げ、日本がこの予測不能な時代をいかに生き抜くべきかについて考察する。

Q. 世界は今、どのような時代を迎えているのか?
現代はまさに「狭間の時代」である。戦後80年続いてきた「ルールに基づく国際秩序」という美しい物語が終わりを告げ、ドイツのメルケル元首相が指摘したように、「力が支配する大国政治の時代」に突入したと認識されている。2024年のミュンヘン安全保障会議のテーマが「破壊のさなか(Under Destruction)」とされたことからも、世界が極めて不安定な状態にあることが理解できる。
さらに、政治学者イアン・ブレマーは2012年に「Gゼロ」の到来を予言した。「Gゼロ」とは、世界のリーダー不在を意味し、アメリカや中国が国際社会をリードする準備がない状況を指す。この「Gゼロ」の時代において、何が新しい秩序となるのかはまだ誰にも見えておらず、世界は白紙のルールブックを前に、先行き不透明な混迷の中に置かれている。
Q. 冷戦後、「アメリカ一強時代」はなぜ終わりを迎えたのか?
冷戦終結後、アメリカは「歴史の終わり」という幻想に陥った。冷戦の勝利に酔いしれ、フランシス・フクヤマの説にならい、自由民主主義と市場経済が全世界に広がる「国境なき一つの世界」が到来すると過信した。この陶酔感が、アメリカの「傲り」を生み、歯止めを失わせる原因となった。
具体的には、政治面では「民主主義の輸出」を掲げ、軍事介入主義に走った。イラク戦争に約9年、アフガニスタン戦争に20年も関与し、総額約1230兆円という莫大な戦費を費やしたことは、日本の国家予算の10年分に相当する額で、アメリカの国力を大きく疲弊させた。

経済面では「強欲資本主義」が加速し、市場原理主義が行き過ぎた結果、富裕層と一般市民の間に甚大な格差を生んだ。社会面では、国境を開放し誰もが世界市民となるとした政策が、移民との文化摩擦や社会の分断を深めた。これらの要因が複合的に作用し、冷戦勝者のアメリカは次第に「下り坂」へと向かっていった。
そして、2012年頃、この「下り坂のアメリカ」と、石油などの資源貿易やWTO加盟による経済成長で力をつけた「上げ潮の中国・ロシア」のパワーバランスが交差し、転換点を迎える。翌2013年9月、オバマ大統領がシリア内戦への介入を見送り「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言したことは、指導者不在の「Gゼロ時代」が顕在化した象徴的な出来事と言える。
Q. ロシアや中国、そしてアメリカでも「失われたものを取り戻す運動(レコンキスタ)」が加速する理由は何なのか?
オバマ大統領の「世界の警察官ではない」宣言は、ロシアや中国にとって「今ならいける」という信号となった。実際に、その3ヶ月後には中国が南シナ海で人工島建設を開始し、さらにその3ヶ月後にはロシアがクリミア半島を併合した。これらはまさに、失われた領土や威信を取り戻そうとする「現代版レコンキスタ(国土回復運動)」と言える。
ロシアのプーチン大統領の行動原理には、ソ連崩壊後に西側諸国から軽んじられ続けたことへの深い「怨念」がある。彼は冷戦の敗者という屈辱を晴らし、かつての世界大国の座を取り戻そうとしている。
中国の習近平国家主席も同様に、アヘン戦争以降の約100年間、列強による搾取と半植民地状態に置かれた「100年国恥」の歴史を乗り越え、中国を再び世界の中心に据えるという「プライド」が行動の原動力となっている。

この「レコンキスタ」はアメリカ国内にも存在する。グローバル化と強欲資本主義の中で職を失い、貧困にあえぐ「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」の労働者層、いわゆる「忘れられた人々」が、エリート層に抱く怨念が根底にある。彼らは、社会が疲弊してもなお、恩恵を受けるエリート層や豊かな同盟国に対し不満を募らせる。ベストセラー『ヒルビリー・エレジー』に描かれたような、職を失いアルコールや薬物で命を落とす「絶望死」の増加は、その象徴である。
この国内的な怨念と、外国(同盟国)への対外的な不満が融合し、ドナルド・トランプのような強いリーダーを求める民衆の感情を突き動かしている。トランプ政権下の「自国第一主義」は、アメリカ版レコンキスタのひとつの現れであった。
Q. 強権的なリーダーの台頭は、個人の野心ではなく、どのような民衆の感情に支えられているのか?
強権的なリーダーの台頭は、プーチン、習近平、そしてトランプに限らず、彼ら個人の野心のみに帰するものではない。それは、その国の民衆や人民のなかに宿っていた「集合的な意識」や「強いリーダーを求める空気」が生み出したものと捉えるべきである。彼らは時代の症状であり、原因ではないのだ。
冷戦終結後のグローバル化や経済格差の拡大、社会の分断などにより、多くの人々が疎外感や不満を抱えている。例えば、アメリカの「忘れられた人々」は、自国が長年の戦争で疲弊する一方、自らの暮らしが豊かにならないことに憤りを感じ、強いリーダーによる解決を求めている。
ロシアや中国においても、過去の屈辱的な経験が国民の意識に深く刻まれており、「失われた国の威信」を取り戻してくれる指導者を強く望む感情が存在する。このような国内外に鬱積した怨念やプライドが、現在の世界の動きを決定づけている。
Q. 日本は予測不能な「力こそ正義の時代」をどのように生き抜くべきか?
日本がこの混迷の時代を生き抜くためには、「安全」「暮らし」「心」の3つを守ることが極めて重要である。
第一に、「安全」を守ること。岸田総理が言うように「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」という現実的な危機意識を持ち、安全保障の強化に努める必要がある。国際情勢はいつ悪化するか分からない状況であり、軍事力の整備や同盟国との連携は不可欠だ。
第二に、「暮らし」を守ること。安全保障のために多大な費用がかかるとしても、それが国民の暮らしを圧迫し、国内に新たな分断を生み出すような事態は避けるべきである。アメリカ国内の例に見られるように、格差や貧困が怨念を生み、社会を不安定にすることは避けるべきである。国家を支えるのはエリート層だけでなく、日々の暮らしを送る一人ひとりの国民であり、その生活を守る政治が求められる。
第三に、「心」を守ること。戦後、日本が「二度と戦争はしない」と誓い、平和と民主主義、法の支配を重んじてきた歴史は、アジアや中東の国々から高い信頼を得てきた。アメリカの同盟国であることに変わりはないが、アメリカにただ追従するのではなく、日本のこの価値観を堅持し、国際社会に建設的な意見を発信する姿勢が重要である。

さらに、グローバルサウスと呼ばれる途上国・新興国との関係強化も不可欠である。マレーシアのマハティール元首相の言葉が示すように、これらの国々は往々にして大国から都合よく扱われてきた歴史的な怨念を抱いている。日本には、福田赳夫元首相の「福田ドクトリン」に象徴される「心と心が通じ合う」対等な外交という実績がある。この外交資産を活かし、平時から信頼関係を築き、共鳴している中露とは異なる独自の視点を提供することが、日本の国際社会での役割を高める。
Q. 私たちは第三次世界大戦の危機をどう認識し、いかに平和への道を探るべきか?
プーチン大統領がウクライナを、習近平国家主席が台湾を容易に諦めるとは考えられない現状では、第三次世界大戦の危険性は決してゼロではない。歴史的に、新しい秩序は大きな戦争を通じて生まれることがしばしばあった。しかし、現代は核兵器が存在する時代であり、仮に世界大戦が勃発すれば、その惨禍は過去の比較にならないほど甚大となる。いかなる犠牲を払っても、これを起こしてはならない。
この予測不能な時代において、私たち一人ひとりが自分の頭で考え、何が正しいのかを自律的に判断することが不可欠である。情報に流されず、多様な意見に耳を傾け、積極的に他者と対話し、共に答えを探し続ける努力が求められる。
国際関係においても、アメリカのような絶対的な「秩序の守護者」が不在の今、日本やヨーロッパのように法の支配を重んじる国々が連携し、国際秩序の維持と形成に向けて建設的な役割を果たすべきである。個人の意識改革と国際社会の協力、その両輪によって、私たちは第三次世界大戦を回避し、平和な未来へと進む道を見出すことができると信じている。