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2026年3月3日

ホルムズ海峡封鎖は日本の為替にどう影響するのか?日銀の人事、日米首脳会談の注目点と合わせて、為替ストラテジストの佐々木融氏に速報解説してもらった。 <ゲスト> 佐々木 融|ふくおかフィナンシャルグループ チーフ・ストラテジスト 1992年上智大卒、日銀入行。国際局為替課で介入実務を担い、NY駐在時...
イラン国営メディアによるホルムズ海峡封鎖の報は、日本経済に新たな暗雲を投げかけている。世界経済の地政学的動向、日本の金融政策のスタンス、そして日米関係の微妙なバランスが複雑に絡み合い、円相場はかつてないほど予断を許さない状況にあると言えよう。これら多岐にわたる要因は、日本が長らく直面してきた構造的な課題をさらに浮き彫りにし、為替と貿易収支に深刻な影響を及ぼす可能性が高い。本稿では、これらの要因がどのように円安を加速させ、日本経済全体にどのような波紋を広げるのかを深く掘り下げて解説する。

ホルムズ海峡の封鎖が現実のものとなり、その期間が長引けば、日本経済は大きな打撃を受けることになるだろう。最も顕著な影響は、原油価格の高騰とそれに伴う貿易収支の悪化である。日本の輸入する原油の約8割がこの海峡を通過するため、航行不能になれば供給は滞り、国際市場での価格は急騰する。さらに問題なのは、原油価格だけでなく、液化天然ガス(LNG)や石炭といった代替エネルギー源の価格も連動して上昇する点だ。すでにこれらの価格は上がり始めており、このような状況が続けば、2022年に経験したような大規模な貿易赤字が再来し、日本経済に大きな構造的圧力をかける。特に、輸入額の増加は継続的な円安要因となり、国民生活に直接的な影響を及ぼす可能性が高い。

ホルムズ海峡封鎖の経済的な影響を具体的に試算すると、その規模は想像以上に大きいことがわかる。例えば、為替が1ドル160円まで上昇し、国際的な指標である北海ブレント原油価格が1バレル100ドルに達した場合、日本の原油輸入額は年間で約5兆円も増加すると見込まれている。しかし、問題は原油だけに留まらない。代替エネルギーとなるLNGや石炭の価格も高騰するため、エネルギー全体の輸入額に対するインパクトは、最大で年間10兆円規模に拡大する可能性がある。この数字は、日本の年間貿易赤字に極めて大きな影響を与え、再び巨額の赤字に転落する蓋然性を高めるだろう。中東への原油依存度が95%に達する日本にとって、この試算はまさに危機的状況を示唆していると言える。

現在の日本のエネルギー備蓄は、表面的には安心できる数字に見えるかもしれないが、長期的な封鎖には耐えられない脆弱性を持っている。2025年12月末時点の国家備蓄は146日分、民間備蓄は101日分と報告されており、産油国共同備蓄を含めると合計254日分の原油備蓄が存在する。この数字だけを見ると、およそ8ヶ月間は供給を維持できる計算になる。しかし、裏を返せば、封鎖が約8ヶ月、具体的には2025年11月上旬まで続けば、国内の原油は枯渇するという未曾有の事態に直面することになる。さらに、LNGの備蓄は約3週間分と極めて少なく、短期的な供給途絶にも弱い。市場はこうした実態を敏感に察知し、先行きの不透明感から価格を高騰させやすい。封鎖が一旦解除されたとしても、その間に生じたリスクプレミアムや海上保険料の上昇は恒常化し、コスト削減は極めて困難になることが予想される。
ホルムズ海峡の安全保障上のリスクが高まった場合、日本はエネルギー供給体制の根本的な変革を迫られることになる。日本は長年、中東への原油輸入依存度を懸念してきたが、地理的・経済的要因からその脱却は容易ではない。実際、日本の原油輸入の95%が中東地域に集中しており、供給元の分散はほとんど進んでいないのが現状だ。LNGについてはオーストラリアやマレーシアなど比較的供給源が多様であるものの、石炭はオーストラリアへの依存度が高い。他地域からの代替調達は理論的には可能だが、既存のインフラや輸送ルートの制約、調達コストの高騰、そして他国との競合などを考慮すると、一朝一夕に実現できるものではない。この危機は、再生可能エネルギーの導入加速や、水素エネルギーのような次世代技術への投資をより一層強化する必要性を突きつけていると言える。しかし、短期間での劇的なポートフォリオ変革は現実的でなく、日本の脆弱性が露呈することになるだろう。
ホルムズ海峡問題が為替相場に与える影響は、短期と長期で異なる側面を持つ。短期的には、地政学的な緊張が高まることで「有事のドル買い」という動きが見られる。これは、金融市場における短期筋がリスクオフの状況で積み上げていたドルショートポジションを解消する動きであり、ドルが他の通貨に対して買われる傾向にある。実際、直近ではドルが主要通貨の中で最も強くなっているが、これはオーストラリアドル、ノルウェークローネ、カナダドル、ポンドといった「エネルギーコモディティ通貨」も同時に買われていることから、短期的なリスクヘッジの動きと見ることができる。しかし、問題が長期化すればするほど、日本の経済構造に根ざした「実需のフロー」が円安圧力を強めることになる。日本はエネルギー輸入大国であり、価格高騰はそのまま円安・ドル高要因となるからだ。さらに、エネルギー価格の上昇は「悪いインフレ」を招き、景気を冷え込ませる一方で物価だけを押し上げる。この状況下で、日本銀行が利上げに踏み切りづらいとなれば、実質金利はマイナスが維持され、金利差から生じる円安圧力はさらに高まることになる。参考までに、為替1ドル160円、原油100ドルの水準に達すれば、現在ガソリン暫定税率廃止で享受している価格低減効果が帳消しになり、国民のインフレ実感は再燃するだろう。
ホルムズ海峡問題に加えて、日本銀行の最近の人事異動も強力な円安要因として市場に作用している。新たに審議委員に就任した浅田氏と佐藤氏はいずれもリフレ派、すなわちハト派の経済観を持つとされており、特に佐藤氏に至っては「円安は日本経済にプラス」と公言している。このような人物が日銀の政策決定に加わることで、市場は日銀が積極的な金融引き締めに動く可能性は低いと判断し、円安容認の姿勢を読み取ることになるだろう。これにより、金融緩和が長期化するという観測が強まり、日本の実質金利マイナス状態は続くと予想される。より深刻なリスクは、来年2025年7月に高田氏と田村氏という現行のタカ派とされる審議委員が任期満了を迎える点だ。この二人もハト派の委員に交代することになれば、政策決定会合の9名の委員の中でハト派が多数派を占めることになる。そうなれば、利上げのハードルはさらに高まり、金融政策の方向性が完全に緩和寄りに固定される可能性が出てくる。この人事が示唆するのは、将来の日銀執行部が政権の意向を強く反映した「積極財政派」によって固められ、数年にわたり利上げが困難となる可能性であり、この観測が長期的な円安期待を醸成していると言えよう。

日米関係もまた、円安に拍車をかける要因の一つとして見過ごすことはできない。過去にニューヨーク連銀が円安に関するレートチェックを実施した際、その真の狙いは自国の長期金利上昇を嫌がる当時の米大統領トランプ氏の意向であったと言われる。しかし現在、米国の長期金利は安定傾向にあるため、米国政府が日本の円安是正のために共同で為替介入に乗り出す動機は低いと推測される。むしろ、今後の日米首脳会談、特に次期大統領選の候補であるトランプ氏との対話では、日本側は新たな経済的負担を負わされる可能性が高い。トランプ氏が自身の支持基盤向けに防衛費のさらなる増額や、具体的な対米直接投資の拡大を日本に強く求める蓋然性は高い。これらは日本にとって巨額のドル建てでの支払いや投資を意味し、結果として円売り・ドル買いのフローを発生させ、一段の円安を招くことになる。つまり、米国は現在の円安を容認しつつ、日本の経済力を利用して自国の国益を追求する可能性が高いと言えよう。日本外交が為替の面で独立性を維持しつつ国益を確保することは、極めて困難な課題となるだろう。