
割引は悪手?逆転のEC戦略【クラシコム青木耕平】
「売れる」ではなく「面白い」を追求する ECサイト戦略──「北欧、暮らしの道具店」の哲学
「北欧、暮らしの道具店」は、独自のECサイト運営哲学で知られる。単に商品を売るだけでなく、顧客に体験価値を提供することに重点を置くその姿勢は、多くの事業者にとって示唆に富むものであろう。
本稿では、同社のEC戦略、商品・価格戦略、そして組織論に至るまで、多角的な視点からその成功の秘訣をQ&A形式で深掘りする。一般的なECサイトの常識を覆す同社の考え方から、普遍的なビジネスの教訓を探るものである。
Q. 「北欧、暮らしの道具店」のECサイト運営では、「売れる」ことと「面白い」ことのどちらを重視しているのか?
ECサイトでありながら、「面白い」を優先する方針を掲げる。一般的にECサイトが「売れやすさ」を、雑誌が「面白さ」を編集方針とするが、両者ともに写真とテキストで構成される点は共通している。この違いに着目し、「北欧、暮らしの道具店」はECサイトに「面白さ」を重視する編集方針を取り入れたのだ。

このアプローチは、たとえ直接的な売上にすぐ結びつかなくても、顧客がコンテンツを愉しむ目的でサイトを訪問し、再訪を繰り返すことに繋がる。雑誌を見るように気軽にアプリを開いてもらうことで、コンテンツを通じてブランドへの愛着を育み、長期的な顧客関係を構築することを重視している。短期的な売上追求ではなく、「見に来る体験」の価値を最大化することが、結果的にLTVの向上に繋がるという思想である。
Q. ECサイトを「雑誌化」し「出会い」を演出するために、具体的にどのような工夫を行っているのか?
単なる商品を羅列するのではなく、商品がある暮らしの情景や、それを使った体験を丁寧に表現するコンテンツ制作を徹底している。まるで素敵な雑貨屋を訪れるかのように、買うものが決まっていない顧客でも楽しめるサイトを目指す。
多様な属性の顧客が「自分のための場所」と感じられるよう、幅広い年齢層のモデルを積極的に起用する。例えばブラックフォーマルのページでは、30代のモデルに加え、グレーヘアのモデルも登場させ、多くの人が共感できる表現を心がける。店頭で店員が話すような、商品の使用シーンやコーディネート例を先回りしてコンテンツ化することで、顧客の「知りたい」に応える。
Q. 商品数(SKU)の絞り込みと、それに伴う在庫管理の戦略について聞きたい。
同規模の他社ECサイトが1万SKUを扱う中、「北欧、暮らしの道具店」は約2000SKUにまで絞り込んでいる。これにより、個々の商品に対し多くのリソース(時間・コスト)を投入し、質の高いコンテンツを深く作り込んでいるのだ。一般的なSKU数ではこのような手厚い対応は不可能となる。

在庫管理では驚異的な成果を上げている。小売業で優秀とされる在庫回転率5回を大きく上回る年間10回を実現し、定価での販売を示すプロパー消化率は常に95%を超過。さらに、創業以来20年間、良品を廃棄したことは一度もないという。厳格な在庫管理と「売り切る」努力が、同社の収益性と持続可能性を支える重要な基盤となっている。
Q. 価格戦略について、事業初期に割引を行わないことの重要性をどのように捉えているのか?
事業初期の段階で割引に頼ることは避けるべきだ。割引による短期的な売上増は限定的であり、顧客が「なぜ買ってくれたのか」という本質的な学びの機会を失わせてしまう。それよりも、割引なしで商品を販売するために、どのような工夫や実験を重ねられるかに注力することが重要だと考える。

例えばポップアップストアの開催や、商品の新たな価値提案など、価格以外の魅力を伝えるための施策に時間を割くべきだ。売上規模が小さい時に安易な割引をせず、定価で買ってもらうためのノウハウを蓄積することが、長期的な成長のための資産になると言える。割引はいつでも実行できるが、顧客が商品を気に入る本質的な理由を知る機会は、初期の実験期間にしか得られないからだ。
Q. ビジネスの成功は「うまくなる」ことよりも「下手でもうまくいくこと」を見つけることから始まるという哲学について、詳しく聞きたい。
成功の順番は「下手でもうまくいくことを見つける」ことにあり、それが「続けられる」ことによって「結果的にうまくなる」のだと考える。スキルや技術の未熟さに捉われず、まずは市場に本当に求められている価値を持つ商品やサービスを発見することに全力を注ぐ。
同社の原点であるヴィンテージ食器販売が良い例だ。当初、未熟なサイト制作であったにもかかわらず売れた経験は、商品自体の持つ本質的な価値と需要があったことを示している。このような「なぜかうまくいく」体験は、継続へのモチベーションとなり、長く続ける中で自然とスキルも向上していく。
初期のアイデア検証では、あえて過度な工夫をしない方が、そのアイデアが持つ真のポテンシャルを早く見極められるという。シンプルに試すことで、もしうまくいかなければ、その方向性の誤りに早期に気づき、軌道修正ができるため、無駄な努力を省ける利点がある。
Q. 広告に頼らず、自社メディアでコンテンツ制作を行う戦略とその成功要因は何か?
外部の広告に多額の費用を投じる代わりに、自社で動画コンテンツを制作し、YouTubeや自社アプリといったプラットフォームで配信している。これは広告を「原価で仕入れる」という感覚に近く、費用対効果の面で圧倒的な優位性をもたらす。広告代理店にCM制作を依頼し、その放映枠を買う費用と比べれば、自社制作・自社配信は圧倒的にコストが低いからだ。
SNS運用においても、日々の業務で生まれる膨大な写真やテキスト素材をクラウド上で一元管理し、全社員で共有する仕組みを構築している。これにより、バイヤーやカスタマーサービス担当者など、SNS専任者ではない社員が、自身の業務の傍らでブランドトーンに合った投稿を効率的に行える。ゼロからクリエイティブを生み出す手間を省くことで、少ないリソースで多角的な情報発信が可能となっている。
Q. EC売上の8割弱を占めるという自社アプリの成功要因は何か? また、動画コンテンツの勝ち筋を見つけるまでの経緯は?
自社アプリは500万ダウンロードを超え、EC売上の約8割を占めるまでになった。その成功の要因は、広告を通じて新規顧客にアプリを訴求したのではなく、YouTubeやSNSなど既存のチャネルで既にブランドを知り、好意的に感じているファンに対しアプリを案内したことにある。強力なファン基盤があったからこそ、新規獲得コストを抑えつつ、スムーズな顧客の移行と定着が実現できたのだ。
動画コンテンツに関しては、2011年頃からその重要性を感じ、「今年こそ動画元年」と毎年試行錯誤を繰り返してきた。しかし、社員が制作するプロトタイプは納得いくものでなく、長らくプロジェクトが頓挫する状況が続いた。転機は2019年、顧客に響き、かつメディアとして成長できる動画の「型」をようやく発見。その後、コロナ禍でYouTubeの視聴者が爆発的に増加する波が来る直前、約8年間「パドリング」を続けて準備していたことが、時流に乗る大きな要因となった。
Q. 組織作りや理念浸透において、「小さな劇団」という考え方をどのように適用しているのか? また、そのための独自の経営方針・判断基準はあるのか?
創業期の組織作りやパートナー選びにおいて、「小さな劇団」という比喩を用いる。つまり、理想のスキルを持つ完璧な人材を探すのではなく、今いるメンバーで何ができるかを考え、その人々に合わせて事業を構想する「当て書き」のアプローチだ。
社員数が少ないうちは、「団員3人の劇団」として、限られたリソースの中で最大限の魅力を引き出せる演目(事業)を選ぶ。やりたいことの本質は堅持しつつも、それをどのように実現するかは、今いる人々や現実の状況に合わせて柔軟に変化させるべきだという。

組織が拡大しフルリモートに移行する中で、理念浸透のため、言葉の定義を徹底している。「マネジメントとは何か」など、抽象的な概念を5万字にも及ぶ「マネジメントプレイブック」に言語化し、社員間の認識の齟齬を防ぐ。これにより、現場の判断に一貫性を持たせ、効率的な運営を実現する。
さらに独自の経営方針として「自由・平和・希望」を、行動の判断基準として「正直・公正・親切」を設定している。これは現場の社員が様々な局面で一貫性のある意思決定を下せるようにするためだ。
「自由」は資本や契約の独立性、「平和」は無駄な競争をしない独自ポジショニング、「希望」は蓄積と複利の効く事業への集中を指す。また判断基準では、「正直」を最優先とし、次いで「公正」に全体最適を図り、その範囲内で最大限「親切」であること求めている。これにより、目先の利益や個人の感情に流されず、会社の長期的な発展に資する意思決定が全社員で可能となる。
