PIVOT TALK WORLD
ウクライナ戦争から4年:前駐ロシア大使が語る、プーチンの本質
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2026年2月24日

2022年2月24日の開戦から4年が経過したウクライナ戦争。プーチンの歴史認識とは何か?今後、ロシアと米国はどう動くのか?第3次世界大戦を防ぐための教訓とは何か?前駐ロシア大使の上月豊久氏と、慶應義塾大学の細谷雄一教授に対談してもらった。 <ゲスト> 細谷雄一|慶應義塾大学法学部 教授 立教大・...
「ポスト冷戦の終わり」を告げたウクライナ侵攻。プーチンが固執する歴史認識の「危うい」世界秩序
今回のピボットトークでは、ロシアのプーチン大統領の思考と行動原理を紐解く。
元駐ロシア大使である上月豊さん(前駐ロシア大使、千葉工業大学特別教授)と国際政治学者の細谷雄一さん(慶應義塾大学教授)が、その歴史認識がいかに現在の世界情勢、特にウクライナ侵攻に影響を与えているかを議論した。
本記事では、プーチンが自らの国家戦略の基礎とする独自の歴史解釈、そしてそれが世界の新たな潮流にどう呼応しているのかを探求する。彼の行動を理解することは、激変する国際秩序の本質を捉える上で不可欠な視点となるだろう。


Q. ウクライナ侵攻は国際秩序においてどのような転換点をもたらしたか?
2022年2月24日のウクライナ侵攻は、「ポスト冷戦時代」の終焉を告げる歴史的な転換点であった。
この30年間、西側諸国がロシアとの和解や協力を模索してきた努力は完全に破壊されたといえる。プーチンは対話を拒絶し、軍事力を行使するモードへと移行した。
バイデンやマクロン大統領らの再三の説得も虚しく、その結果としてロシアと欧米諸国の関係は根底から損なわれた。米国はインテリジェンスを通じて侵攻を予期し、情報公開を通じて抑止を図ったが奏功しなかった。これは外交的解決が困難であることを明確にし、これからのロシアとの関係構築には全く異なる思考が必要だと示唆する。
Q. プーチン大統領の歴史への深いこだわりはどこに起因するのか?
プーチンは単なる歴史愛好家ではなく、自身の統治原則を歴史から導き出す。自ら論文を執筆し、時には事実を意図的に強調したり省略したりすることで、政治目的に合致する歴史を「形作ろう」とする。元駐ロシア大使の上月氏は、プーチンが日本の歴史にも深く精通する専門家レベルの知識と記憶力を持つと述べる。
上月氏が1998年に初めてプーチンに面会した際、北方領土問題に関する説明に対してプーチンは一切表情を変えず、本心を見抜かせないそのしたたかさに、理解の難しさを感じたという。彼の歴史観の形成には協力者の存在も指摘されるが、その思想の根幹は彼自身のものである。

Q. プーチン大統領はソ連崩壊をどう捉え、ウクライナ侵攻とどう関連付けているか?
プーチンはソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的悲劇」と位置づけ、広大な国土と人口の喪失に強い危機感を持つ。
彼の政治の根底にあるのは、「大国ロシアの復活」という一貫した信念だ。その顕著な例が2021年に彼が発表した「ロシア人とウクライナ人の歴史的統一性について」という論文である。この論文でプーチンは、ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人はキエフ・ルーシを根源とする同一民族であると主張した。
これによりウクライナ問題を「ロシアの内政問題」と定義し、国際的な批判をかわすことで、今回の侵攻を歴史的な回復運動の一環として正当化しようとする意図が見られる。
Q. プーチンの行動はゴルバチョフ元書記長への強い反発が影響しているのか?
プーチンは、ソ連を崩壊させ東欧を手放したゴルバチョフの政策を「弱さ」とみなし、極めて批判的な姿勢を取る。自身はそのような「歴史的過ち」を繰り返さないという強い意志が、プーチンの行動原理となっている。
東ドイツのドレスデンでKGBとして勤務中、ベルリンの壁崩壊を目の当たりにしたプーチンは、デモ隊に事務所を囲まれながらもモスクワからの支援がない状況を経験した。
この「見捨てられた」経験が、ゴルバチョフへの深い不信と批判を決定づけたとされる。ソ連崩壊後もゴルバチョフは公的な場で冷遇され、国葬もされなかったのは、プーチンの彼に対する強い恨みの表れといえるだろう。
Q. ロシア経済の変遷はプーチンの政治姿勢をどのように変容させたか?
ソ連崩壊後の1990年代、ロシア経済はGNPが40%も落ち込む大混乱に見舞われ、プーチン政権発足当初は米国に協調的であった。
2001年の9.11同時多発テロでは、真っ先に米国に支援を申し出、アフガニスタン作戦におけるロシア上空の通過や米軍基地の設置を黙認した経緯がある。

しかし、2000年代半ば以降、国際的な石油価格が高騰すると、ロシア経済は年率7%という驚異的な成長を遂げ、西側に依存する必要がなくなった。
この経済的自立が、プーチンの外交姿勢を西側への強硬な路線へと決定的に転換させた主要な背景の一つだ。
Q. プーチンは国民世論をどのようにコントロールしているのか?
プーチンは国民世論の「形成」を重視する「管理民主主義」を実践している。エリツィン時代に政治的影響力を強めたオリガルヒ(新興財閥)や地方知事の権限を徹底的に排除し、大統領への権力集中を進めた。
彼にとって世論は操作すべきものであり、国民を教化する有効な手段が歴史である。
プーチンは共産主義の象徴である「革命記念日」を廃止する一方で、17世紀に国民義勇軍がポーランドからモスクワを解放した11月4日を「国民統一の日」と定めた。
これは統治理念を共産主義から「愛国主義」へと転換させ、強力な指導者の不在が国を危機に陥れるという教訓を植え付けるプロパガンダ戦略の一環である。
Q. プーチンの愛国主義は現代の反グローバリゼーション潮流とどう結びつくか?
プーチンの愛国主義は、新自由主義とグローバリゼーションに対する世界的な反動、すなわち「反グローバリゼーション」の潮流と深く関連している。この30年間で拡大した経済格差や共同体の希薄化は、世界中で保守化・伝統主義への回帰を生み出した。

米国においても、トランプ支持層に見られる反グローバリズム、反リベラリズム(DEI批判など)の思想は、ロシアの思想家アレクサンドル・ドゥーギンの伝統主義的な言説と奇妙な親和性を持つ。
プーチン政権は、ロシア正教を国家統一の重要な思想的支柱として活用し、宗教と愛国主義を融合させることで、自身の政権を強力に支持しているのだ。