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地政学からみる中国軍トップの粛清
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2026年2月10日

革命に怯える中国・ロシア。中国が「最強の兵器」を持つための3条件とは。今、日本が1番恐れるシナリオとは。2026年国際情勢はどう変化していくのかについて田中孝幸氏に聞いた。 <ゲスト> 田中孝幸|国際政治記者 1998年日本経済新聞社入社。モスクワ支局員やウィーン支局長を歴任。40カ国以上で要人や...
2026年 世界情勢の羅針盤:地政学が示す国家の論理と心理
目まぐるしく変化する現代の国際情勢は、多くの人々に困惑と不安をもたらす。表面的なニュースの裏側で、国家や指導者たちがどのような論理と心理に基づいて行動しているのかを理解することは、世界をより深く洞察するために不可欠だ。本記事では、地理という「動かないもの」と政治という「動くもの」の相互作用を解き明かす「地政学」の視点から、2026年における主要な国際問題とその背景をQ&A形式で解説する。
本解説は、日本経済新聞編集委員兼論説委員の田中孝幸氏の知見を基に構成した。氏の新著『世界を解き明かす地政学』では、地政学が多岐にわたる現代の動向をどのように解釈し、未来の予測に繋がるかを詳細に分析している。地政学を通じて、国際ニュースの本質を読み解く旅を始めよう。

Q. 地政学とは何か、その「地」と「政」が意味するところは何だろうか?
地政学は、地理(ジオグラフィー)という「変わらない要素」と、政治(ポリティックス)という「変わりやすい要素」を整理し、国際情勢を分析する思考フレームワークである。「地」は数十年、数百年単位では変化しない、たとえば日本列島のような島国の地理や山の配置などを指す。これは国民の行動様式や国家の存立を規定する不変の基盤となる。
一方「政」は、リーダーの個性によって大きく変動する政治的要素を示す。しかし、この変動する政治の中にも法則性があり、なぜ特定の指導者が権力を維持できるのか、なぜ特定の行動原理が繰り返し現れるのかを分析できる。動かない地理的条件が、動き続ける政治をどのように制約し、あるいは影響を与えているかを解き明かすことが、地政学の目的である。筆者自身の原点は、ボスニア内戦の悲劇を目の当たりにし、「なぜこのようなことが起きるのか」という問いを探求し始めた体験にある。
Q. ランドパワー(大陸国家)とシーパワー(海洋国家)の違いは国際情勢にどう影響するのだろうか?
国家の地理的特性は、その国の行動様式や指導者のメンタリティに深く影響を与える。ランドパワー、すなわち大陸国家の典型はロシアや中国だ。これら国家は広大な国土と多くの国との国境線を持ち、歴史的に外敵の侵入や国内の分裂の脅威にさらされてきた。そのため、多民族国家になりやすく、国家統一を維持するために強力な中央集権体制、つまり強力なトップダウン型の指導者を選びやすい傾向がある。常に「国がバラバラになるのではないか」という根源的な不安を抱えるのが特徴と言えるだろう。

対照的に、シーパワー、海洋国家はイギリスや日本のように海に囲まれており、陸からの直接的な侵攻リスクが低い。海軍力を用いて貿易で経済を確立し、海外に出て生存戦略を築く国民性が形成されやすい。地理は人々の価値観や行動を規定する「動かないもの」であり、これが国の文化や政策決定の土台を築いているのだ。
Q. 中国が南シナ海に固執し「深い海」を求める真の狙いは何だろうか?
中国が南シナ海の領有権に異常なまでに固執する理由は、単なる資源やシーレーン確保だけではない。最も重要なのは、核ミサイルを搭載した原子力潜水艦(SLBM)を隠し、運用できる「深い海」を手に入れることにある。中国の沿岸海域、特に黄海などは水深が浅く、潜水艦の運用には適さないため、敵に探知されずにミサイルを発射できる深海域が、核抑止力を確立する上で不可欠となる。

最強の核戦力を持つためには、①原子力潜水艦、②潜水艦発射型ミサイルの技術、③そして潜水艦を秘匿できる「自国が管理可能な深い海」の三つの条件が必要とされる。中国はすでに①と②を手に入れており、残るピースである③、すなわち南シナ海を自由に使える「聖域」にすることに全力を挙げているのだ。これは、アメリカと対等な核戦力を持つことで、国際社会において影響力を高め、自国の政治システムを守ろうとする中国の大戦略の一環である。
Q. 中国指導部による軍トップの粛清や、アメリカ大統領がグリーンランド買収に動いた背景には、どのような政治的力学があるのだろうか?
権威主義国家の指導者は、その権力維持に不安を抱えがちだ。習近平指導部は、創業者世代ではない、経済成長が鈍化している、宗教的権威がない、という点で、その正統性が盤石とは言えない。そのため、軍事力に依存しつつも、実力組織である軍によるクーデターを最も恐れる。最近の軍トップの粛清は、まさにこの権力基盤の脆さの裏返しであり、自身の地位を脅かす可能性のある、軍内で人望の厚い実力者を排除する力学が働いたと推測される。特に台湾有事が懸念される時期の粛清は、指導者の極度の危機感と、絶対的な忠誠心を求める心理の表れと言える。
一方、アメリカのトランプ大統領(当時)がグリーンランド買収に動いたのも、選挙を前にした政治的思惑が大きかった。国内経済政策は即効性に欠けるため、外交や軍事行動といった派手な「実績」で支持率を稼ぎ、中間選挙での敗北や弾劾の回避を目指す意図があった。メルカトル図法でグリーンランドがアフリカ並みに大きく見える視覚的効果も、国民へのアピール材料として計算されていた可能性がある。こうした行動は、地政学的な戦略的合理性よりも、指導者自身の保身や政治的なレガシー作りを優先する、普遍的な政治心理が背景にあると読み解けるだろう。
Q. 台湾有事はなぜ日本の有事と言われるのだろうか?
台湾有事が「日本の有事」とされる理由は、地政学的な位置付けから明らかだ。台湾は、中国が太平洋に進出する上で大きな障害となる「第一列島線」の中核に位置する。中国海軍にとって、この蓋を突破し、海洋へのアクセスを確保することが長年の悲願だ。もし台湾が中国に統一されれば、アメリカの西太平洋における軍事プレゼンスは大幅に後退し、グアム以東に追いやられる可能性がある。

これは日本にとって最悪のシナリオにつながる。アメリカと中国が西太平洋を二分する「ディール」を結び、日本が中国の勢力圏に取り込まれる可能性がゼロではないからだ。地理的に見ても、台湾で武力衝突が発生した場合、日本がその影響から完全に逃れることは極めて困難である。また、中国は、第一列島線の内側を切り崩すため、沖縄に対して長期的かつ巧妙な世論工作を仕掛けている。たとえば沖縄県知事が訪中した際に中国の首相が異例の厚遇をするなど、歴史的・文化的な交流を装いつつ、沖縄の人々の親中感情を醸成しようと試みているのだ。
Q. 私たちが地政学を学ぶ意義はどこにあるのだろうか?
地政学を学ぶ真の意義は、特定の国家や民族に対して感情的な非難や憎悪を抱くためではない。むしろ、他国の行動の背景にある論理や心理、歴史的経緯や地理的制約を冷静に理解することにある。軍事行動であれ政治的な意思決定であれ、そこには必ず合理的な(その国家にとっての)理由が存在するのだ。
相手の行動原理を知らなければ、我々はただ漠然とした恐怖に囚われたり、表面的なニュースに振り回されたりするだけになる。地政学は、なぜ特定の地域で紛争が頻発するのか、なぜある国家が予想外の行動を取るのか、といった複雑な問いに対する答えを与えてくれる。この知識は、一個人として世界のニュースを理解する羅針盤となり、国家レベルではより建設的で効果的な外交・安全保障政策を立案する礎となるだろう。