政策超分析
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2026年1月29日

「政策超分析」では、専門家が政策や国際情勢を徹底解説。今回のテーマは「衆院選の争点」。前編では、高市政権の「責任ある積極財政」を検証する。 <出演者> 会田卓司|クレディ・アグリコル証券 チーフエコノミスト ジョンズ・ホプキンス大学経済学博士課程単位取得。メリルリンチ日本証券、バークレイズ、ブレヴ...
世界の経済政策の潮流は、今、大きな変化の渦中にある。高市総理が提唱する「サナエノミクス」は、これまでの「量の成長」モデルから「付加価値型の成長」へと、日本経済を根底から転換させようとする壮大な試みだ。
本稿では、サナエノミクスの理論的支柱であるクレディ・アグリコル証券の会田卓司氏と、元財務省で法政大学経済学部教授の小黒一正氏の解説に基づき、その詳細と目指す先を深掘りする。
衆院選を控え、財政政策のあり方、特に「緊縮財政の呪縛を乗り越える」という高市政権の方針が、果たして国民に受け入れられるのか。アベノミクスとの比較、日本経済停滞の真因、そして政府の新たな役割まで、経済政策の核心に迫るQ&Aを届けよう。

高市政権が繰り返し強調するのは、世界経済の政策潮流が変化しているという認識だ。かつては低価格品を大量に生産する「量の成長」が主流だったが、今は一つ一つの製品やサービスが持つ価値を高める「付加価値型の成長」へと重心が移っている。これは、安価な製品を多数作るよりも、付加価値の高い製品を一つ創造する方が重要である、という考え方にほかならない。

こうした転換が求められる背景には、世界的な分断によるサプライチェーンの不安定化や、日本国内における恒常的な人手不足がある。新自由主義的な効率化優先の経済は、短期的な利益追求に走り、長期的な投資や賃上げを疎かにし、国内経済の停滞を招いてしまった。その結果、経済安全保障や災害対策など、喫緊の社会課題への対応が後手に回る状況に陥っていたのである。
この大きな潮流の変化に対応するため、高市政権は単なる物量ではなく、イノベーションと品質で勝負する経済構造へのシフトを国家戦略の核に据えている。それは、民間企業の活動に任せるだけでなく、政府が社会課題解決を促す投資を積極的に支援することで、国全体として付加価値を向上させる道を模索するものである。
サナエノミクスはアベノミクスの単なる継承ではなく、経済状況の変化に対応した全く異なる政策体系と理解すべきだ。アベノミクスはデフレ下の日本経済において、大胆な金融緩和による需要喚起、財政出動、そして規制緩和による新自由主義的な成長戦略を「三本の矢」として掲げた。その目的は、需要の不足を補いデフレからの脱却を図ることであった。
一方、サナエノミクスは、すでにインフレに転じ、賃金も上昇傾向にある現代日本に対応する。金融政策においては大規模緩和を求めるのではなく、「経済成長と物価安定を両立する緩やかな利上げ」を容認する姿勢を示す。財政政策では単なる総需要の押し上げではなく、官民連携による成長投資と危機管理投資を通じて「将来の供給能力拡大」に焦点を当てる。
成長戦略の面では、アベノミクスの「小さな政府」に対し、サナエノミクスは経済安保や国土強靭化といった社会課題解決のため「政府の関与拡大」を提唱する。政府は官民連携のパートナーとして、戦略的分野への投資をリードし、日本経済を構造的に強化することを目指す。デフレとインフレという全く異なる環境下で、政策の目標と手段が180度転換している点に本質的な違いがあるのだ。
日本経済の長期的な停滞の根源は、人口減少といった外的要因ではなく、企業行動の構造的な問題にあると指摘される。本来、企業は金融機関などから資金を借り入れて投資を行い、事業を拡大することで経済を活性化させる主体であるべきだ。この状態を「投資超過」と呼ぶ。

しかし、バブル崩壊後の日本では、多くの企業が賃金や国内投資を極限まで切り詰め、ひたすら借金返済とコスト削減にまい進した。結果として、投資に回すはずの資金をため込む「貯蓄超過」という異常な状態に陥ってしまったのだ。これは、企業の本来の役割が失われ、国内の総需要を破壊する強力な停滞要因となってきたことを意味する。
この企業の貯蓄超過を解消するには、国内支出、すなわち投資と賃金を大幅に増やす必要がある。企業が貯蓄超過状態から脱却し、再び「借り入れて投資する」という正常なサイクルを取り戻すことこそが、日本経済再生の出発点であるとサナエノミクスは主張している。
これまで日本政府は、経済対策において「需給ギャップゼロ」を目標としてきた。需給ギャップがゼロであれば、需要と供給が釣り合い、景気は十分回復したと判断し、政策を引き締めることが繰り返されてきたのだ。しかし、これは誤りであった。需給ギャップは、過去の経済トレンドと現在の状況を比較する指標であり、過去のトレンド自体が長期的な停滞によって「低い平均」にとどまっているため、ゼロに戻しても景気が十分強いとは言えないのである。
需給ギャップがゼロであっても、恩恵を受けているのは輸出セクターや大企業、東京などに限定され、中小企業や地方の内需セクターでは景気回復の実感が伴わない状況が続いてきた。日本の労働人口の大半が中小企業や地方で働くことを考えれば、経済全体が力強い回復軌道に乗ったとは言えないのは明らかだ。
サナエノミクスが目指すのは、「高圧経済」だ。具体的には、需給ギャップをプラス2%程度まで積極的に押し上げることである。この「高圧」な状態を投資需要によって作り出すことで、景気回復が中小企業や地方にまで広がり、賃金上昇や投資意欲を一層刺激する。結果として企業の貯蓄超過が解消され、経済が健全な循環を取り戻すと見込んでいる。
「付加価値型の成長」とは、人手不足の時代において、より少ないリソースでより高い価値を生み出す経済活動への転換を指す。具体的な例として、「牛丼を2杯作る代わりに、高価なフレンチを1皿作る」というイメージが提示された。
人手が限られる状況で「量」を増やすことは困難であるため、生産性向上と高付加価値化が不可欠となる。これは、牛丼しか作れない労働者をフレンチも作れるように「人的投資」でスキルアップさせることや、生産プロセスを高度化する「設備投資」を伴う。こうした投資によって、同じ労働力や資源からより多くの経済的価値を引き出すことが可能になる。
現在のインフレと人手不足は、企業が付加価値型へと転換せざるを得ない強力な推進力となる。コスト高は価格転嫁を促し、人手不足は省力化投資や生産性向上の誘因となるためだ。この変化に対応できない企業は淘汰される一方、適応できる企業は持続的な成長を実現する。政府は、こうした構造転換を円滑に進めるため、民間が抱える長期投資のリスクを軽減し、サポートする役割を果たすことになる。
民間企業が長期的な成長投資に踏み切れない最大の要因の一つが、政府が掲げる政策の「継続性の不確かさ」である。特に、プライマリーバランス黒字化(PB黒字化)という考え方が、「はしご外し」のリスクを助長してきた。PB黒字化は、将来の成長や所得を生む投資であっても、税収の範囲内で行うべきだという考え方に立つ。そのため、税収が減少すれば投資が打ち切られる可能性があり、これが民間企業の不安要素となっていた。

サナエノミクスでは、このPB黒字化目標の考え方を変革しようとしている。成長につながる投資と、日々の経費を会計上明確に区別するアプローチだ。投資については、その利払い費を上回る将来的な便益が生み出せるかどうかで判断し、必要であれば国債発行も活用して、複数年にわたる長期的な計画で実行可能とする。これにより、民間は政府の支援が突如としてなくなる恐れを抱くことなく、安心して大規模な長期投資に臨める環境を整備する。
政府は、これまでのように一方的に成長分野を指定するのではなく、企業側から「ここに投資したい」「障害は何か」といった声を聞き取り、長期的な資金供給、規制改革、制度的支援などを柔軟に行う。これにより、官民が真に連携し、日本の社会経済全体の課題解決に資する形で、競争力の高い17の重点戦略分野への投資を加速させることが狙いだ。