日立は「大企業病」を乗り越えられるか?CEOが語る変革の道筋と未来
かつてリーマンショックで巨額赤字に陥った日立製作所は、大規模な構造改革を経てITとインフラを融合した「社会イノベーション事業」へと事業の軸足を転換した。その結果、過去10年で株価は5倍に達するV字回復を遂げた。
しかし、日立は本当に「大企業病」から脱したのだろうか? 本稿では、日立製作所CEO德永俊昭氏が社員からの問いに答える形で、変革のリアルな状況、AI戦略「Lumada」の進化、そして未来を見据えたリーダーシップの哲学と人材戦略について語る。

Q. 日立は過去の困難を乗り越え、どのように社会イノベーション事業を確立したのか?
日立は1910年創業の歴史ある企業であり、かつては重機や家電まで手がける総合電機メーカーとして知られた。しかし、2000年代後半のリーマンショック時には巨額の赤字を計上し、存続の危機に直面する。この窮地を転機と捉え、大規模な構造改革を断行したのが大きな変革点だ。
事業の大部分を整理・売却し、ITとインフラを組み合わせた社会イノベーション事業へと経営の舵を大きく切った。この決断は成功を収め、日立の事業はハードウェア中心から、データとデジタル技術を駆使して社会課題を解決するソリューション提供型へと移行したのである。
特に、NVIDIAやOpenAIといったグローバルテック企業との協業は、日立のAI戦略を加速させ、これまで提供できなかった顧客課題解決の可能性を広げた。これは日立が持つIT(情報技術)、OT(制御・運用技術)、プロダクト(製品)の総合力が、外部のデジタルケイパビリティと融合することで「真のワン日立」としての価値を再認識する機会となった。この独自性こそが、日立がグローバル市場で新たな存在感を発揮する基盤となっている。
Q. AIの進化は、日立にとってどのような変革の機会をもたらすか?
AIの登場は、日立にとってゲームチェンジャーとも言える大きな機会をもたらしている。日立がこれまでに培ってきた社会インフラ領域における深い知見や制御技術(OT)と、AIをはじめとする先進のITを融合することで、顧客が抱える複雑な課題に対し、これまで不可能であった高精度な解決策を提供可能になっている。

例えば、鉄道運行の予兆保全を可能にするHMAXのようなソリューションがその典型だ。これは、日立が持つ膨大な現場データと運行ノウハウ(ドメインナレッジ)をAIに学習させることで、故障予測やメンテナンスの最適化を実現するものである。
また、AIの進化は、IT・OT・プロダクトを全て持ち合わせた日立のユニークなケイパビリティを一層際立たせている。サイバー空間での価値提供を得意とするハイパースケーラー(GAFAMなど)がリアルな世界、すなわち物理インフラへのリーチを求める中、日立は彼らにとって強力な協業パートナーとなり、相互補完の関係を築いている。このような連携を通じて、日立は「真のワン日立」として、新たな顧客価値を創造するフェーズに突入したと言える。
Q. 世界のデジタル企業を競合とせず、日立が目指す独自の立ち位置とは何か?
德永CEOは、GAFAMを競合ではなく重要なパートナーであると明言する。日立が持たないデジタル領域のケイパビリティを彼らが有しており、協力することで新たな価値が生まれるためだ。
日立が目指すのは、特定の競合企業をベンチマークとするのではなく、IT、OT、プロダクトのすべてを融合させ、世の中に前例のない価値を創造する独自の企業像だ。OTやプロダクトの領域ではシーメンス、デジタルサービスではアクセンチュアといったベンチマークが存在するものの、それらを総合的に手掛ける企業は他にない。
このユニークな統合こそが、日立の差別化要因であり、日立自身が市場のお手本となる存在を目指している。その具現化が、日立のAI戦略である「Lumada(ルマーダ)」だ。Lumadaは、IoTプラットフォームとして始まり、顧客課題を解決するデジタルソリューション、そして現在ではAIとドメインナレッジを組み合わせた価値創造型事業(Lumada 3.0)へと進化を続けている。社会インフラから得られる大量のデータをAIで分析し、新しい価値に転換することで、環境・幸福・経済成長が調和した「ハーモナイズドソサイエティ」の実現を目指しているのである。
Q. 「大企業病」からの脱却を目指す日立は、社員の意識改革にどう取り組むのか?
德永CEOは、「日立が大企業病から脱したか?」という問いに対し、「ノー」と率直に答えている。CEOが考える大企業病とは、組織のサイロ化と、達成可能なコンサバティブな目標を設定しがちな文化の二つである。

この課題を克服するため、CEOは二つの大きな取り組みを推進している。一つは、経営陣のマインドセットを「ART(Agility: 俊敏性、Responsibility: 責任、Transparency: 透明性)」へと変革することだ。リーダー層が率先して変化を受け入れ、オープンな議論を促進することで、組織全体への波及を狙っている。
二つ目は、国籍を問わず全ての社員が「社会への貢献」という創業以来の企業理念を共有することだ。この理念は、買収したシリコンバレー企業グローバルロジックが日立の傘下に入る決め手にもなった普遍的な価値を持つ。この共通の目的意識が、多様な人材が結集するグローバル企業・日立の求心力となると信じ、国内外の社員に対して一貫してメッセージを発信し続けている。
さらに、挑戦的な目標設定を促すため、単なる目標達成度だけでなく、目標の難易度を評価するような人事評価制度の変革も不可欠だと考える。これには、評価を行うミドル層の意識改革も求められている。
Q. 新しい時代に活躍する人材育成のため、德永CEOは社員に何を期待するのか?
德永CEOは、社員一人ひとりに「君の市場価値は何か?」という問いを常に自問自答し、社外でも通用する自分の強みを意識することを奨励している。自身の苦い経験から、半年ごとに自身の市場価値がどう高まったかを振り返り整理する習慣の重要性を強調した。
また、新しい技術の登場は、ベテランも若手もスタートラインが同じであり、若い世代にとっては大きなチャンスだと捉える。新技術をいち早く学び、自身の強みに変えることで、年齢や経験に関わらず活躍の場を広げられるという。CEO自身も若かりし頃、新しいOS「UNIX」を習得することでベテラン社員から頼りにされ、自身のキャリアを切り開いた経験を語っている。
転職による人材の流動化についても「ウェルカム」と語り、日立に戻る「出戻り人材」の増加を歓迎している。外部での経験が個人の成長に繋がり、日立に戻れば社内・社外の知見を融合したプラスの存在になると考えるためだ。社外に日立を理解する人材が増えることも企業にとって利益であると見なしている。
さらに、グローバル企業のリーダーとして、外国人社員の幹部登用も積極的に推進している。将来的には、内部でキャリアを積んだ生え抜きの外国人社員がトップ層に到達するキャリアパスを確立し、多様な才能が存分に活躍できる組織を目指している。
Q. 大企業を率いるリーダーとして、德永CEOの哲学と、未来へ継承すべき日立のDNAとは何か?
德永CEOは、自身のリーダーシップスタイルを「共感と楽観」と定義する。28万人もの社員、株主、顧客など多様なステークホルダーの動機や誇りに共感し、いかなる困難に直面しても「必ずうまくいくはずだ」と信じる楽観性が、組織を動かす原動力となると考える。また、「Lead the Self, Lead the People, Lead the Society」という哲学を持ち、自らを律し、人々を導き、社会全体をより良い方向へ動かすことを目指している。

プレッシャーへの対処法としては、未知の課題や困難に直面した際に「大変だ」ではなく「わからない、面白い」と捉える好奇心の重要性を説く。故・中西宏明氏から学んだ「面白えんだよ」という言葉は、CEOの困難に対する向き合い方の基礎を成している。この前向きな心の持ちようが、心身の健康を保つ秘訣であるという。
また、キャリア最大の失敗談として、問題の兆候に気づきながらも、自身の多忙を理由に部下のプロジェクトを放置し、最終的に会社に多大な損失を与えた経験を挙げた。この教訓から、「おかしいと思ったら自ら歩み寄り、話を聞き、必要な支援をする」ことの重要性を学び、それが現在の対話を重視する経営スタイルに直結している。
日立がどんなに変革を遂げても、創業以来の「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」というDNAは絶対に守り抜くべき不変の価値だ。この理念は国境を越え、グローバルなパートナーシップの基盤ともなっている。德永CEOは、この「社会貢献」のDNAを核に、日立を真の「一つの会社」へとまとめ上げ、未来へと繋ぐことを最終目標としている。
