PIVOT TALK ECONOMY
財政健全化 2つの“物差し”
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2026年1月16日

「健全化vs経済成長」が長年の大きな議論になっている。 その前提になる問いは「どんな物差しを用いるべきか?」 上智大・中里透氏が議論の最前線を徹底解説。 <収録日> 2025年12月10日 <ゲスト> 中里透|上智大学経済学部 准教授 専門はマクロ経済学・財政運営。東京大学経済学部卒業後、東京大...
財政健全化の物差し:国をどう経営すべきか、指標を巡る日本の大論争
日本の財政健全化を巡る議論が今、大きな転換点に直面している。長年その中心を担ってきた「プライマリーバランス(PB)の黒字化」という目標から、「債務残高対GDP比の安定化」へと舵を切ろうとする動きが政府内で強まっているのだ。

これに対し、従来のPB重視を訴える勢力との間で激しい論争が繰り広げられている。この論争の核心はどこにあり、国をどう経営すべきか、国民が持つべき視点とは何か。上智大学経済学部准教授・中里透氏が議論の最前線を徹底解説。
Q. 日本の財政健全化目標は現在どのような状況にあるのか?
現在の日本において、財政健全化の物差しに関する歴史的な転換期を迎えている。従来の財政運営では、毎年度の財政収支であるプライマリーバランス(PB)を黒字化するというフロー指標が中心に据えられてきた。

しかし高市政権以降、ストック指標である政府の「債務残高対GDP比」を重視する新たな潮流が台頭している。これにより、財務省に設置された財政制度等審議会(財政審)は従来の「毎年度のPB検証」を主張し、政府の経済財政諮問会議(諮問会議)は「債務残高対GDP比」へのシフトとPBの複数年度評価を提唱し、意見が対立している状況だ。
Q. プライマリーバランス(PB)とは何か?その特徴は何か?
プライマリーバランス(基礎的財政収支)とは、国が新たな借金を除いた歳入(税収など)と、過去の借金返済費用を除いた歳出(社会保障や公共事業などの政策的経費)との収支差を指す。
これは国家財政の基礎的な健全性を示す指標であり、家計における年収と日々の生活費のバランスに相当する。日本はこのPB目標を導入して以来20年以上が経過しているが、一度も黒字を達成したことはない。
Q. 政府債務残高対GDP比とは何か?その利点は何か?
政府債務残高対GDP比とは、国の累積債務総額(借金)が、その国の経済規模(国内総生産:GDP)に対してどれくらいの割合を占めるかを示す指標である。個人の年収と住宅ローンの関係に例えると理解しやすい。

GDPが増大、すなわち経済が成長すれば、たとえ借金の絶対額が変わらなくとも、相対的にその負担は軽くなる。このため、経済成長を重視する立場からは、経済全体のパイを拡大することで借金問題を解決する手段としてこの指標が注目されているのだ。
Q. なぜ財政健全化の物差しに関する主張が以前とは逆転したのか?
現在の財政健全化に関する議論の特異な点は、2006年の小泉政権時代に起こった議論と、当時の主張が逆転していることだ。
当時、経済成長を重視する「上げ潮派」はPBの目標を緩く設定しようとし、増税によって財政健全化を目指す「増税派」はPBの厳格な黒字化を求め、その先の最終目標として債務残高対GDP比の安定化を掲げていた。
元々、PBは竹中平蔵氏により「主たる」「第一段階の」という意味で導入されたものであり、あくまで最終目標である「債務残高対GDP比の安定的引き下げ」のための一里塚に過ぎないと考えられていたのだ。この指標に対する解釈の変化が、現在の逆転現象を生む背景にある。
Q. 金利と経済成長率の大小関係は財政指標にどう影響するのか?
財政の健全性を決定づける重要な要素に、名目金利(r)と名目経済成長率(n)の大小関係がある。

国の債務残高(B)のGDP比の変動は、概ね「ΔB = (プライマリーバランスの赤字) + (r - n)B」という数式で表される。
2006年頃は「r > n」すなわち金利が成長率を上回るデフレ環境にあり、この状態が続けば、たとえPBを均衡させても債務残高は雪だるま式に増加する可能性があったため、PB黒字化が強く求められた。
しかし現在は「n > r」すなわち成長率が金利を上回るインフレ基調へと変化している。この状況下では、多少PBが赤字であっても、経済成長によってGDPが増えれば債務残高対GDP比は自然に安定化しやすくなる。この劇的な状況変化こそ、現在の積極財政論が「債務残高対GDP比」重視へ傾倒する主要な理由だ。
Q. なぜプライマリーバランスがよりコントロール可能な指標として優れているのか?
名目金利と名目成長率の関係(ドマー条件)が債務の安定に重要であることは確かだが、これは「将来もこの関係が持続する」という非現実的な前提に基づいている。

経済は景気変動の波があり、金利と成長率の関係は容易に逆転しうる。一時的な好況期に「n > r」を過信した財政運営は、将来的なリスクを高める危険な「罠」を孕んでいると言えよう。
このため、財政運営における最も有効な指標は、政府が歳出と税収という形で直接コントロール可能なプライマリーバランス(PB)であると中里氏は指摘する。債務残高対GDP比の分母であるGDP(経済成長)は、政府の努力で左右される部分もあるが、完全にコントロールすることは困難であるため、PBを基軸とした財政規律の方が、より安定的な運営に繋がるという認識だ。
Q. 国民は財政議論においてどのような視点を持つべきか?
国民は財政健全化を巡る議論において、「財源論」すなわち「税か国債か」という表面的な議論に惑わされてはならない。
真に注視すべきは、「その財政支出が何のために使われるのか」という支出の質と、それが将来にどのような価値をもたらすのかという視点である。

例えば、高度成長期の東海道新幹線のように、時には借金をしても将来世代にとって計り知れない利益を生む「賢い投資」も存在する。一方で、たとえ税金で賄ったとしても、将来に役立たない「無駄な支出」は将来世代への真の「ツケ」となる。
国債は、リーマンショックやコロナ禍のような未曾有の危機において、急激な増税や歳出削減を避けるための「経済のクッション」として重要な役割を果たすこともある。そのため、国債=悪という単純な構図で捉えるのではなく、その使い方を冷静に吟味する賢明さが求められる。
財政議論は常に「破綻論」と「無制限な支出論」という極端な意見に傾きやすい。しかし真実は両極端の中間に存在する。様々な思惑に満ちた言説に踊らされることなく、客観的な情報に基づいて支出の中身を精査し、冷静に国の財政運営を監視することこそ、国民一人ひとりに求められる重要な使命である。