
【社会学から見る大阪】大大阪という神話
大大阪の「神話」から探る都市文化と現代社会の多様性
万博の開催や政治動向で再び注目を集める大阪。しかし、その輝かしい表層の裏には、東京への対抗意識の中で独自の文化を見失ってきた歴史が横たわっている。社会学者である長崎励朗氏が自身の著書『大大阪という神話』を通して、大阪の変遷を深く掘り下げ、現代社会が抱える多様性の問題、そして都市文化の本質を浮き彫りにする。

Q. 大大阪という言葉に「神話」と名付けた理由は何だろうか?
大大阪とは、1925年の第2次市域拡張によって現在の大阪市とほぼ同じ形となった時代を指す言葉である。当時、都市拡張は世界の潮流でもあった。関東大震災からの人口流出も重なり、1925年から約7年間、大阪市は東京市を上回る日本一の人口を誇った事実もある。しかし著者は、この輝かしい時期をあえて「神話」と表現した。
それは、東京に対抗できるという考え自体が幻想であったと指摘するためである。単に人口の多寡を競うことはできたとしても、政治経済の中心である東京に対し、同じ尺度で勝負を挑むことは必然的に模倣と個性の喪失を招く。大大阪の「神話」は、まさに大阪が東京の模倣を進め、独自のローカリティを見失っていく始まりだったという皮肉が込められているのだ。

Q. なぜ大阪のラジオ放送は神社の祝詞から始まったのだろうか?
長崎氏がメディア史研究から大阪の文化を深掘りするきっかけとなったのが、大阪のラジオ放送が異質な形で始まった事実である。近代メディアであるラジオは、普遍的で均質な情報を届ける存在と一般に認識されていた。ところが、大阪のラジオ第一声は東京のようにモダンな開始ではなく、神社の祝詞(のりと)で始まった。この特異な事実に長崎氏は着目する。
大阪のラジオが祝詞で始まったのは、最初の仮放送所があった三越百貨店の屋上が、特定の神社の氏子地域(テリトリー)だったためだ。つまり、メディアという空間を超越するはずの存在が、現実には地域の物理的空間やしきたりというローカルな文脈に強く縛られていた。この発見は、普遍的価値観というものの自明性を問い直し、あらゆるものが地域性に強く影響されているのではないかという長崎氏の関心を深めることとなった。
Q. 吉本漫才の台頭は大阪の文化にどのような影響を与えたのか?
現在「大阪らしさ」の象徴とも言われる吉本の漫才は、実は大阪固有の文化が均質化し、失われていく過程を象徴している。吉本興業は大阪への人口流入が顕著だった時期に台頭した。当時の主流であった上方落語は、特定の地名や地域の文脈を知らなければ理解しにくい、非常にローカルな文化であった。これに対し、移住してきた新しい住民たちには上方落語の面白さが伝わりにくかったのである。
そこで吉本は、より多くの人に受け入れられる普遍的なコンテンツを追求する。代表的なコンビであるエンタツ・アチャコは「早慶戦」のような全国区の話題を漫才に取り入れ、服装も背広を着るなど、ローカル色を薄めて洗練されたイメージを作り上げた。かつて子供が近寄れなかった演芸場は、家族連れでも楽しめる場へと変化し、深くて個別的な文化は大衆向けで無難なものへと均質化していったのだ。
Q. 「大阪人はおもろい」というイメージはどのようにして生まれたのか?
「大阪人は面白く、会話にオチを求める」というステレオタイプは、長崎氏に言わせれば「幻想」に過ぎない。生来の気質というより、戦後に意図的に作られ、メディアによって強化されたイメージである可能性が高い。東京への対抗の中で固有性を失いかけた大阪が、戦後の高度経済成長期に「大阪らしさ」を慌てて再構築した結果だと分析されている。

テレビのロケなどで「面白いおばちゃん」のような役をメディアが繰り返し描き出すことで、商店街の住民などがそのイメージを内面化し、期待に応えるように振る舞うようになった側面がある。それは決して大阪全般の市民性に根差したものではなく、メディアによるイメージの自己強化と、それに対する市民のサービス精神が作り出した、ある種のパフォーマンスだと言える。
Q. 大阪万博は都市にどのような影響を与えたのか?
2025年に開催された大阪万博について、長崎氏は「全く興味がなかった」と明かす。1970年の万博がニュータウン開発の契機となり都市の再編成に深く関与したのに対し、今回の万博は都市全体への影響が限定的だったという点がその理由である。会場は文字通り「離れ小島」のように孤立し、市民の日常的な生活空間や都市構造そのものへの変化はほとんどもたらされなかった。
万博が歴史の転換点となるかのように、過剰な意味付けをする風潮があるが、これは的外れだという指摘である。多くの市民にとって、万博は地元の自営業者が出展するイベントであり、子供連れで一度は訪れる「ただのイベント」に過ぎず、それ以上の大きな意味合いを持つものではなかったのだ。
Q. 維新の「既得権益打破」に見られる政治の本質と「偏り」とは何か?
大阪維新の会が掲げる「既得権益の打破」というスローガンは、本質的には「俺たちにも富や権力をよこせ」という政治の根源的な利益要求である。この利益要求自体は政治活動の当たり前の姿だが、問題はこれを「正義」と称して語る点にある。あたかも中立で正しいものであるかのように装うことで、その主張の背後にある偏りや利益誘導の側面を隠蔽してしまうことの危険性を長崎氏は指摘する。
本書の核心的な主張の一つは、「文化とはバイアス(偏り)である」ということだ。人間は誰もが偏った存在であり、その偏りを大切にすべきである。そして、「偏りのない正義」を主張する人ほど危険である。自分こそが神のごとく真実を知り、中立だと主張することは、他者の多様な意見や個性を否定し、社会全体を画一的な方向へ押し込もうとするものになりがちだからである。
歴史的にも、古い権益を打破した新興勢力が統治能力に欠ける場合、社会インフラの混乱を招く事態が生じる。その空白を埋めるようにして、より大きな公権力である官僚組織が介入し、支配を拡大していくことが繰り返されてきた。既得権益の打破が、意図せずして官僚支配を強化するという皮肉な結末を迎えるケースは少なくない。
Q. 大阪、そして日本が今後大切にすべき文化とは何か?
長崎氏は、大阪が目指すべきは東京の模倣ではないと語る。東京への対抗意識には「東京のようになりたい」という憧れと「東京のようにはなりたくない」という拒絶の二つの側面がある。前者は東京という単一の尺度に囚われ、個性を失う結果を招く。本当に独自の文化を育むためには、「あなたとは違う」という明確な拒絶、すなわち「ああはなりたくない」という意志こそが重要だ。

行政に管理されず、人々が自発的に生み出す「混沌とした文化」や「わけのわからない場所」の価値を再認識すべきだという。例えば、かつて天王寺公園にあった将棋を指すおっちゃんたちの憩いの場のような、明確な用途が定められていない自由な空間。すべてを「きれいな芝生とカフェ」で画一化するような社会は、住民の活動の自由を奪い、多様性を失わせる不寛容なものになりかねない。
生物進化の歴史も示唆するがごとく、ある環境に最適化しすぎた種は、環境が変化した際に滅びるリスクが高い。「不合理な進化」が偶然と多様性によって成り立つのと同様に、都市や社会も、単一の尺度に最適化するのではなく、一見無駄に見える多様な個性や混沌を許容することが、変化の時代を生き抜くための鍵となる。文化における多様性を守り、それぞれの偏りを認め合う社会こそが、現代に求められる姿なのだ。