
インド経済は世界4位になるか?
インド・東南アジア経済の2026年予測:米中関係と内政リスクが示す暗雲
2026年のインド・東南アジア経済の展望は、米中関係の行方、各国の内政状況、そして中国の圧倒的な競争力に大きく左右される。世界経済の牽引役として期待されるインド、米中対立の「漁夫の利」を得てきた東南アジア。その明るい成長シナリオの裏には、様々なリスクが潜んでいる。
本稿では、第一生命経済研究所の西濱徹氏の解説を基に、これらの地域が直面する主要な課題と、今後の経済動向を左右する要因について、Q&A形式で深掘りする。

Q. インド経済は日本を抜き、世界第4位の経済大国になるのか?
IMFは当初、インドが2025年に日本を抜いて世界第4位の経済大国になると予測していた。しかし、その時期は後ずれしている可能性が高い。主な要因は、アジア新興国通貨の中で特に弱いとされる深刻なルピー安にある。高い経済成長率を達成しても、ドル建てで換算したGDPの伸びは通貨安によって相殺されてしまう現象が見られるためだ。

現状のインドでは過去最安値を更新するようなルピー安が続いており、この通貨の動向が、インド経済が日本を追い抜く時期に引き続き影響を与え続けるだろう。
Q. なぜインド経済はルピー安や「双子の赤字」というリスクを抱えているのか?
インド経済は個人消費を中心とする内需が牽引役であり、堅調な成長基盤を持つ。しかし、慢性的な経常収支赤字と財政赤字という「双子の赤字」を抱え、構造的に脆弱だ。モディ政権が実施した財サービス税の減税といった景気対策は、財政悪化を招き、金融市場の懸念を煽り、ルピー安を一層加速させている。
対米関税(50%)の影響については、マクロ経済全体への影響はGDPの約2%と限定的とされる。しかし、輸出に占める対米比率が高い自動車、鉄鋼、アルミニウムなどの個別産業にとっては、依然として個別企業レベルでの大きな打撃となる。さらに、医薬品(ジェネリック医薬品の世界有数の生産国であるインドにとって重要な分野)にまで関税が拡大した場合、その影響は甚大になる可能性がある。
Q. 米中接近は東南アジア経済にどのような影響を与えるのか?
東南アジア諸国連合(ASEAN)はこれまで、米中貿易摩擦の激化により、中国製品の迂回輸出拠点となることで「漁夫の利」を得てきた。しかし、最近の米中首脳会談で対中関税が約20%まで引き下げられた。この水準は主要ASEAN諸国に課されている対米関税率(約19〜20%)とほぼ同等になっている。
関税率の差が縮小したことで、迂回輸出のメリットが薄れ、特にベトナムのように漁夫の利を最も受けていた国々の経済成長を鈍化させる懸念が生じている。東南アジアの製造業は、価格と技術の両面で競争力を高めた中国製品との直接競争に直面し、米国向けと中国向けの両市場で輸出環境が厳しくなるという「二重苦」に陥る可能性があるだろう。

Q. 東南アジアの半導体・EV産業が直面する課題は何か?
東南アジアは半導体生産で注目されるものの、実態としては汎用性の高い「後工程」が中心であり、高付加価値な「前工程」の誘致には至っていない。EV産業においても、中国メーカーの進出が進むが、基幹部品は中国から輸入され、生産も自動化されているため、現地での雇用創出や裾野産業への波及効果は限定的だ。これにより、地域経済は産業の「美味しい部分」を取り込めていない。
インドネシアが持つニッケルなどのEVバッテリー関連重要鉱物資源は、国内で精錬・加工し付加価値を高める技術をいかに導入できるかが、今後の競争優位性を左右する。しかし、レアアースに関しては、精錬時の環境負荷やコストの高さから新規参入のハードルが高く、環境規制を無視して生産を進める中国が圧倒的な優位性を保持する状況は変わらないだろう。
Q. インドはなぜアメリカとの関係強化に苦戦しているのか?
インドは、米中対立の激化を背景に自国の国際的地位を高めようとする「戦略的自律性」を追求してきた。しかし、米中が一時的に接近したことで、インドの外交的立場が揺らいでいる。米国との貿易交渉では、モディ政権の強力な支持基盤である農業票を守るため、インドは農業分野での譲歩を避け、交渉が停滞している状況にある。インドはBRICSとQUAD双方に加盟するなど「全方位外交」を展開するが、同時にロシアとの関係も維持している。

また、国境問題を抱える中国とは表向きの関係が友好的でも、裏では常に競争意識を持つ。対中貿易赤字に苦しむインドは、米国との関係が膠着する中、輸出多角化として中国市場への接近も模索せざるを得ないジレンマを抱えている。
「チャイナプラスワン」の候補としては、インドは依然として電力不足などのインフラの脆弱性や生産現場での低い歩留まりといった課題を抱えている。これらの要因は、生産効率やコスト面で中国に劣り、中国の完全な代替地とはなり得ていないのが現状だ。
Q. 「世界の工場」中国の圧倒的な競争力と、アジア新興国が抱える内政リスクとは?
中国は、需要を伴わずとも生産を拡大し続ける「過剰供給力」と、「新質生産力」による生産性向上を背景に、安価で質の高い製品を世界市場に供給し、「デフレの輸出」を引き起こしている。この圧倒的な競争力は、他国の製造業にとって極めて厳しい逆風となる。中国の供給統計に基づくGDP成長は、必ずしも内需の健全性を反映しているわけではなく、実態はより複雑な過剰生産の状態を示唆している。
このような外部環境の厳しさに加え、インドや東南アジア各国は、内部にも様々なリスクを抱える。インドネシアやフィリピンでは汚職問題が頻発し、一部では民主主義に逆行する動きも見られる。インドではモディ政権を支えるヒンドゥー至上主義政党(BJP)が先鋭化し、宗教的マイノリティへの抑圧が進む懸念が高まっている。これらの内政リスクは、投資環境や社会の安定性に影を落とし、経済成長の足を引っ張る可能性がある。
