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日本人の幸せを左右する「場」
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2025年12月23日

「日本人の幸福度は低い」説の真偽とは?国による自己認識の差異や、幸福の定義の多様性を文化心理学の観点から深掘りする。日本人が自分らしく幸福を追求するためのヒントを専門家が解説。 ▼プロフィール 内田由紀子|京都大学 人と社会の未来研究院教授 文化心理学・社会心理学の専門家。ミシガン大学、スタンフォ...
日本人の幸せの鍵は「場」にあった?見えない引力が作り出す幸福論
日本における幸福論を語る際、個人のスキルアップや自己成長といった側面にばかり焦点が当たりがちだ。しかし、はたして個人の努力のみで、真の幸福は実現できるだろうか。多くの日本人が無意識に感じる「ままならなさ」の根源は、自分を取り巻く「場」にあるのかもしれない。本記事では、これまで見過ごされがちだった「場」という概念に着目し、その影響が個人の幸福感に及ぼす重要性を掘り下げる。

Q. なぜ、個人の幸福には「場」の視点が不可欠なのか?
日本人の幸福は、個人の能力や努力だけでは完結しないと論者は指摘する。むしろ、人間関係、制度、文化といった自分を取り巻く環境、すなわち「場」に大きく左右される点が特徴である。例えば「人並み感」や周囲からの期待、移ろいやすい自然への適応など、個人の枠を超えた要素が幸福を決定する重要な要因となるのだ。
世間には個人のスキル向上やマインドセットに関する幸福論が溢れている。しかし、会社で素晴らしい企画を提案しても、意思決定のプロセスが著しく遅延し、結局進まないといった事態は日常茶飯事である。個人の能力やモチベーションが高くても「場」が機能しなければ、幸福感は容易に阻害される。「場」とは、単なる物理的空間や集団ではなく、その独自の「引力」を持つ全体としての環境を指す。この「場」に積極的に働きかけ、ポジティブな変化を促すことこそが、日本人の幸福を考察する上で不可欠な視点だと考えられる。
Q. 日本企業に蔓延する「忖度」と「遠慮」は、どのように従業員の幸福を阻害しているのか?
日本企業のウェルビーイングを考える際、論者が特に問題視するのは組織の「意思決定の遅さ」である。多段階にわたる決済プロセスは組織を重くし、社員の提案が途中で頓挫することが多い。このプロセスの背景には、まさに日本独特の「忖度」文化が横たわる。「忖度」は、上層部の意向を汲み取ろうとする保身から生まれる「場の引力」の一種である。有益な提案であっても、決済担当者が上司の顔色をうかがい、実際に確認することなく握りつぶしてしまう。これは結果的に、誰もがハッピーにならない状況を生み出し、組織全体の幸福を阻害する大きな要因となっている。
さらに、職場の人間関係においては「遠慮」もまた幸福を阻害する要因だ。調査によると、日本人は他のアジア諸国に比べて職場で相談できる人が少ないという。これは、「忙しそうな人に迷惑をかけたくない」という遠慮が働くためである。助けを求めることも、助けを差し伸べることもためらう心理が、結果的に相互扶助の精神を薄れさせ、職場のウェルビーイングを低下させる。不寛容な社会情勢も、失敗を恐れて人々を萎縮させ、助け合いといったポジティブな行動までも抑制してしまう側面があるだろう。このような見えない足かせを取り除くことが、「場」を良くし、幸福度を高めるための第一歩となる。
Q. 日本人の「主体性」を育むために、企業はどのようなアプローチを取るべきか?
欧米の企業文化で重視される「自分の意見を主張する」や「個人の価値を発揮する」といった価値観は、日本人には馴染みが薄い。論者の見解では、日本人の多くは人生の意義や「パーパス」を問われても戸惑う傾向にある。これは、個人の主体性を発揮するよりも、与えられた役割を責任感を持って全うすることに価値を見出す文化が根底にあるからだ。

この「役割遂行型」の働き方には、確かに日本の技術的な信頼性や安心感を支えてきた強みがある。しかし、グローバル競争においては、個人の意見や目的意識が求められる場面が増えている。こうした現状に対し、企業がいきなり「目標や意義を語れ」と個人に迫っても、根本的な変化は期待できないだろう。必要なのは、まず「この場で一緒に意義を考えよう」といった中間ステップを設けることだ。つまり、組織や「場」が主体性を育むトレーニングの機会を提供し、従業員が自身の内面と向き合い、考えを発信できるようサポートするアプローチが、日本の文化にはより適していると言える。個人任せにせず、場の力を使って主体性を段階的に醸成していくことが、真の成長に繋がる道である。
Q. 伝統的な日本的組織文化(JTC)は、現代において否定されるべき存在なのか?
日本の伝統的な企業、いわゆるJTCの組織文化は、現代において必ずしも全否定されるべきではない。論者は、JTCの持つ「職人気質」の強みを強調する。与えられた使命を責任感を持って全うし、タスクを緻密に遂行する姿勢は、日本の技術力やサービスの品質を長年支えてきた紛れもない財産である。この能力は「働きがい」といった一般的な指標では測りきれない部分であり、正当に評価されるべき強みと言えるだろう。
一方で、停滞した「場」に新たな刺激をもたらす存在として、スタートアップのような企業は社会変革の起爆剤となる可能性がある。既存の枠にとらわれず、「指示を待つな」といった主体的な行動を促す文化を持つ企業が活躍することで、旧来の働き方しか知らなかった人々に「こういう働き方もある」という新しいモデルが提示される。彼らが社会にもたらす新しい価値観は、日本全体の多様性を育むきっかけとなるだろう。JTCの良さを活かしつつ、新たな風を取り入れるハイブリッドなアプローチが、これからの日本企業に求められていると言える。
Q. 大谷翔平選手は、これからの日本社会の幸福を考える上で、どのような示唆を与えるのか?
論者は、大谷翔平選手を日本社会の幸福を考える上での重要なモデルケースとして挙げている。彼の特徴は、周囲からの承認や評価(自己承認)に囚われず、自らの目標達成(自己実現)に向けて努力する強い志向性にある。これは、アメリカで成功を収める日本人選手に共通して見られる資質であり、従来の日本社会とは一線を画する姿勢である。

大谷選手のように、既存の日本的な枠組みを超えて活躍する人材が現れ、それが国内で大いに称賛される現象は、社会にとって非常に大きな意味を持つ。この成功モデルの出現は、日本の人々に対して「こういう生き方や働き方もあるのだ」という、多様な価値観を提示する機会となるのだ。彼のような自己実現型の成功者が「ハイブリッド」な存在として広く受け入れられることで、日本社会が持つ伝統的な美徳と、グローバルな競争力を併せ持つ新しいロールモデルが生まれていく可能性がある。このような新しい価値観が育まれる土壌が、これからの日本の幸福を形作ると言えるだろう。
Q. 都会に住む私たちにとって、地域社会における「場のウェルビーイング」はなぜ重要なのか?
「場」のウェルビーイングという概念は、職場に留まらず、友人関係、地域社会、公共空間など、我々を取り巻くあらゆる環境に当てはまる。地域社会における「場作り」を考える際、論者はオーバーツーリズムの問題を例に挙げた。観光客が全く来ない状況と、市民生活が成り立たなくなるほどの来訪者が殺到する状況のどちらも望ましくはない。ここで求められるのは、観光客と住民双方がWin-Winとなるような「共創」の関係を築き、地域の「場」を最適化することである。

実際に香川県直島では、アートを共通の誇りとして、来訪者と住民の間に共創の関係が生まれている。このような共通の価値を通じて住民が地域を誇りに思える状態こそが、健全な「場」が持つ特性と言える。都市部に暮らしていると、地域社会との繋がりを意識する機会は少ないかもしれない。しかし、災害時など有事の際には、隣近所との助け合いや情報共有が自身の安全と安心に直結する。歴史的に見ても、日本で地域社会が重要視されてきたのは、災害時に協力し合えるかどうかが、生き残りに直結する課題だったからである。日頃から地域との緩やかな繋がりを持つことが、予期せぬ事態への備えとなるだろう。
Q. 幸福な地域社会を築く上で「緩い繋がり」が鍵となるのはなぜか?
都市部において、良好な地域社会の「場」を築く上での鍵は「緩い繋がり」だと論者は指摘する。地域に愛着を持つ人々の生活にとって、人と人が自然に顔を合わせる「ハブ」となる場所の存在は非常に重要だ。例えば、地域住民が集まる公園、活気のあるカフェや商店、公民館や小学校といった施設が、そうした接点の場として機能しうる。そこでは、形式的な人間関係ではない、日常の中でのちょっとした挨拶や会話が交わされる。この緩やかな交流こそが、地域の連帯感と安心感を醸成する。
個人の性格やライフスタイルによって、心地よいと感じるコミュニティの濃淡は異なる。非常に密接な関係を好む人もいれば、干渉されない自由を求める人もいる。そのため、絶対的に「こうあるべき」という固定されたコミュニティ像はない。重要なのは、自分が選択できること、そしていずれの場合でも「緩い繋がり」が存在することである。繋がりが強すぎると個人の自由を縛る制約となり、逆に全く繋がりがないと災害時などに孤立する危険がある。挨拶を交わす程度の適度な関係性は、個人のプライバシーを守りつつ、いざという時の助け合いを可能にし、幸福な地域社会の基盤となるだろう。