PIVOT TALK BUSINESS
スタートアップ社長、上場後の憂鬱
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2025年12月22日

スタートアップのブームにも翳りが見える中、上場後に伸び悩む企業も多い。スタートアップは上場後にどう変わるのか?社長はどんなリアルな悩みを抱えているのか?リーボックブランドなどを手掛けるジェイドグループの田中裕輔社長に聞いた。 ▼プロフィール 田中裕輔|ジェイドグループ(旧ロコンド)社長 一橋大学を...
上場スタートアップ社長のリアル 田中裕介が語る挑戦と渇望
上場スタートアップ社長という肩書には、華々しいイメージが伴うことが多い。しかし、その現実は、世間の予想を遥かに超える困難と孤独の連続である。ジェイドグループ社長の田中裕介は、自身の歩んできた道を振り返り、創業からの絶体絶命の危機、著名人からの痛烈な批判、M&A後の大量離職といった「ハードシングス」を赤裸々に語った。常に最前線で戦い続ける経営者の生々しい挑戦と、そのモチベーションを保つ原動力とは何か。多岐にわたる事業を成功に導いてきた田中氏の言葉から、リアルな経営哲学を探る。

Q. 上場スタートアップ社長のリアルはどのようなものか?
スタートアップブームの終焉と共に、経営者は「チャラい」といった誤ったイメージが広がる一方、現実は時価総額100億円問題に象徴されるように厳しいものがある。ロコンドはドイツの投資会社の日本法人として、売上ほぼゼロの状態で社員約200名を抱えながらスタートした。初年度には多額の赤字を計上し、さらに東日本大震災の影響で親会社が撤退。当時のインターンであった田中氏が、残された社員を救うべく経営を引き継ぎ、波乱に満ちたキャリアが始まった。上場時、堀江貴文氏からは「小粒上場」と酷評され、またひろゆき氏からは「アホ」呼ばわりされたように、世間の風当たりも常に厳しく、多くの批判や困難がつきまとうものであった。
こうした「ハードシングス」は経営者の成長には欠かせない要素であり、乗り越えた経験がその後の事業に大きく活きる。厳しい現実と向き合い続けることが、社長という仕事の真の姿であると言えるだろう。
Q. 事業成長の転換点、特にマーケティングにおける「奇策」の戦略とは?
上場後の限られた予算で大企業に匹敵する知名度を獲得するためには、正攻法ではない「奇策」が不可欠となる。例えば、テレビCMにデヴィ夫人や片瀬那奈を起用したり、YouTuberとのコラボレーションを実施したりするなど、世間の注目を集める独特な手法を多用してきた。

その象徴的な事例が大谷翔平選手のホームランボールへの入札である。数十万円の費用がかかる一般的なテレビCMよりも、この一連の報道によって遥かに多くのサイト流入を得た。また、美術品扱いのボールは会計上、費用(PL)ではなく資産(BS)として計上され、減価償却もされないため、財務を痛めずに絶大な宣伝効果を享受できた。これは単なる奇抜さではなく、高いROI(投資収益率)を緻密に計算し、取締役会でも承認された、会社として実施する「最高のマーケティング」である。大企業では難しい意思決定の速さと柔軟性を活かすことで、市場での存在感を確立してきたのだ。
Q. M&Aを成功させる秘訣とPMIの難しさはどのようなものか?
上場後の継続的な成長にはM&Aが不可欠であり、ジェイドグループの成長の約7割はM&Aに由来するという。これまでの12件のM&Aはすべて成功し、投資以上のリターンを生み出している。その秘訣は二つある。一つは「高く買わない」という明確な投資規律である。そしてもう一つは、自社の強みである物流とITシステムに被買収企業のインフラを統合することで、劇的なコスト削減を実現できる「勝ちパターン」を確立していることだ。これにより、確実に収益改善を達成し、成功へと導いてきた。
しかし、M&Aは財務的な側面だけでなく、文化の融合、すなわちPMI(M&A後の統合プロセス)が極めて難しい。実際にマガシーク買収後には、リーダーシップスタイルやリモートワークに対する考え方の違いから、200名の社員のうち8〜9割が1年で退職するという事態に直面した。これに対し田中氏は、ECモールのように事業が重複するケースでは、会社ごとの吸収合併とカルチャー統合を積極的に進めるが、リーボックのようなブランド事業においては、創業者が残りブランドの世界観を維持しながら、物流やITのみを統合するといった使い分けが重要だと考えている。
Q. 長期間にわたり社長を務めるモチベーションはどのように維持しているか?
創業当初の混乱を経て、持株比率が低い状況から会社を牽引し続けるモチベーションの源泉は、決して金銭や名誉だけではないという。田中氏は自身の大部分を「8〜9割の劣等感」が占めると表現した。マッキンゼー時代の先輩経営者たち(DeNA、M3など)の活躍が、彼らに追いつき、まだ達成できていないという「渇望」となって自らを突き動かしている。加えて、家族にすら「パパすごい」と褒められない日常が、現状に満足せずハングリー精神を維持させる逆説的な力となっているとも語った。

「スタートアップ村」のような、互いをチヤホヤし合う環境を意図的に避けることも重要だ。過度な評価に溺れず、常に自身の不足を認識できる状況に身を置くことで、高いモチベーションを保つ。最近では、今後20年間のコミットメントを示す譲渡制限付株式(RS)も受け入れた。経営という仕事自体が「好き」であること、そして「辞める意味がない」と感じられる環境が、田中氏を駆り立てる理由である。
Q. 経営者として成長したと実感する瞬間や、ハードシングスの価値をどのように捉えているか?
田中氏が「まあまあ社長として人前に出せる」と実感し始めたのは40歳を過ぎてからという。経営者の「器」を育む上で最も重要なのは経験であり、特に逆境や困難を乗り越えた経験こそがかけがえのない財産となる。創業期に倉庫がトラックに囲まれた経験、金欠による5年間の債務超過、テレビCM発表後の株価ストップ安、宮迫さんとの事業をめぐるひろゆき氏からの「アホ」発言、YouTuber騒動での炎上など、数々の厳しい状況を経験してきた。これらの「ハードシングス」は、精神的な苦痛を伴うものの、それらを乗り越えることで人は強くなれる。田中氏は、修羅場をくぐった経営者には独特の「顔つき」があると感じており、この多様な経験こそが自身の経営者としての自信に繋がっていると断言した。
Q. 強い会社を創るために不可欠な経営者の役割とは?
経営者は、様々な部門に深く関与し、高い集中力をもって日々の課題に取り組むべきである。出社時間は短くても、ITから物流、人事まで、毎週すべての部門と会議を行い、こと細かな議論を交わすことで、その疲労度は極めて高い。これは合議制で物事を進めるよりも、一人のリーダーが細部にまで目を配り、旗振り役を担う「ファウンダーズモード」の重要性を裏付けている。伸びる会社には必ず強力なリーダーが存在し、彼らが現場に深くコミットし続ける姿勢こそが、強い会社を創る上での必須条件であると田中氏は強調した。
Q. 起業を目指す人々に向けて、どのようなメッセージを送りたいか?
完璧な事業計画を描き上げてから起業しようとするのは誤りであると田中氏は語る。計画通りに進むことなど決してなく、多くの事業は生き残るための試行錯誤の中で形作られるものだ。顧客や取引先の声に耳を傾け、時には「ピボット」を繰り返しながら、道が拓ける。まずは「会社を始める」という行動が何よりも重要であり、頭でっかちになる前に一歩を踏み出す勇気を持ち合わせるべきである。

具体的なアドバイスとして、期間を限定した「1年半限定起業」を勧めている。まとまった貯金を用意し、その期間は100%事業にコミットする。たとえ事業がうまくいかなくとも、このハードな経験は貴重な財産となり、その後のキャリアにおいても有利に働く可能性がある。さらに、起業という不安定な挑戦を支えるためには、理解あるパートナーの存在が不可欠だと締めくくった。