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税制改正を徹底解説:1億円の壁・超富裕層税
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2025年12月19日

与党の税制改正大綱に盛り込まれた、超富裕層税。1億円の壁とは何か?増税の狙いは何か?海外流出は起きるのか?税理士で元国税庁国際課税分析官の岡直樹・東京財団上席フェローに話を聞いた。 ▼プロフィール 岡直樹|東京財団上席フェロー 税理士。元国税庁国際課税分析官。税務大学校教授や主任国税訟務官(国際)...
「1億円の壁」は崩れるか?2026年税制改正の焦点と超富裕層課税の未来
所得税負担が所得1億円を境に減少する「1億円の壁」。この税制上の歪みが、長年にわたり社会の不公平感の源となっていた。政府は2026年度の税制改正でこの問題に切り込み、超富裕層への課税を強化する方針を示した。
一方、若年層の資産形成を後押しするNISAの大幅な拡充や、暗号資産の税制見直しなど、国民生活に直接影響を与える多様な施策も打ち出されている。
人口減少が加速する日本において、誰が社会コストを負担し、どのような税制が持続可能な未来を築くのか。税のエキスパートが、今回の改正の全体像と背景にある深い社会構造の変化を解説する。

Q. 2026年度税制改正の主要なポイントは何か?
今回の税制改正で特に注目すべきは、NISA(少額投資非課税制度)の対象を18歳未満に拡大する点である。これにより、0歳からでも口座開設が可能となり、子どもの将来に向けた長期的な資産形成を国が強く後押しする。これは、「貯蓄から投資へ」という国策の方向性を決定づける動きと見てよいだろう。
もう一つの大きな変化は、暗号資産への課税見直しである。これまで最大55%の総合課税の対象であった暗号資産の利益が、株式などと同様の20%の申告分離課税となる見通しだ。これは国が暗号資産を金融資産として正式に認め、投資を推進するメッセージである。しかし同時に、国際的な情報交換の対象に暗号資産が加わり、税逃れを防ぐ体制も整備される。税率の高い層には減税となる一方で、低い層には増税となる可能性も孕んでいる。
一方で、経済の好循環に不可欠な「賃上げ税制」が縮小される点は懸念が残る。大企業向けの優遇が絞られ、中小企業に手厚くする方針だが、日本全体の賃上げの勢いを維持するには、より積極的な支援策が必要との指摘もある。
Q. 「1億円の壁」とは何か?そして「トップアップ税」でどのように是正するのか?
「1億円の壁」とは、所得が1億円を超えたあたりから、所得税の負担率が逆に低下し始める現象を指す。これは、高所得になるほど、累進課税である給与所得に代わり、税率が20%と低い金融所得(株式譲渡益など)の割合が増加するためである。給与所得者にはこの現象は当てはまらず、主に多額の金融投資で富を得る富裕層に特有の構造的問題であった。

この「1億円の壁」を是正する画期的な制度が「トップアップ税」である。これは金融所得課税を一律に引き上げるのではなく、所得が6億円を超える超富裕層を対象とする。対象者の全体所得に対する税負担率が30%に満たない場合、不足分を上乗せ徴収するという仕組みだ。過去には金融所得課税の一律引き上げ案が株式市場の反発で頓挫したが、トップアップ税は市場への影響を最小限に抑えつつ、税の歪みをピンポイントで解決する「非常に賢い制度」として国際的にも評価できる。2023年には所得30億円超に導入済みであり、今回は対象がさらに拡大する。
所得税負担が所得の増加に伴い低下する現象は、程度の差こそあれどの国でも発生しうる構造的な問題である。今回の日本の方針は、国際的にも先進的な取り組みと捉えることが可能である。
Q. 新たな富裕層課税は日本経済に悪影響を及ぼすか?
富裕層への課税強化は、優秀な人材や資本の海外流出を招くのではないかという懸念の声が上がるのは当然だろう。しかし、実証データを見る限り、税金だけを理由に海外に移住する人の割合は限定的である可能性が高い。加えて日本には、1億円以上の有価証券を持つ者が海外に移住する際に、含み益に課税する「出国税」が存在するため、安易な税逃れはできない仕組みになっている。
政府は富裕層への課税を強化する一方で、経済の活性化に必要な起業家への支援策も同時に打ち出している。例えば、起業家が株式売却で得た利益を最大20億円までスタートアップに再投資した場合に、その譲渡益を非課税にする制度がある。これは、課税強化とのバランスを取り、富の再投資を促すことで、経済の活力を維持しようとする試みと言える。
今回のトップアップ税は、金融所得が大部分を占める一部の超富裕層を対象としており、高額な給与や報酬を得るスポーツ選手や企業経営者など、給与所得者には直接的な影響はない。あくまで税制の歪みを是正するためのピンポイントな措置と考えるのが妥当だろう。
Q. 人口減少社会において税制はどのような役割を果たすべきか?
今後15年で日本の労働人口が1000万人も減少するという現実は、社会保障制度を含む国家のコストを誰がどのように負担していくかという根源的な問いを突きつける。現役世代にこれ以上の負担を強いることには限界があり、税制全体の見直しは避けて通れない。

現状の日本の所得税は、国税庁の統計を見ると、納税者の約8割が国税負担率10%以下という、極めてフラットな構造を持つ。これは、多くの国民が所得税の恩恵を受けにくいだけでなく、所得税が本来持つべき所得再分配機能が十分に果たされていない実態を示している。多くの人が実感する税負担の重さは、むしろ地方税や社会保険料による部分が大きい。
今回の富裕層課税強化は、「負担能力のある人に応分の負担をしてもらう」という公平性を示す第一歩と位置付けられる。これにより、国民全体の納税意識を高め、「上位の所得層が適切に納税している」という納得感の上に、将来必要となる中間層を含めた税負担の議論を進めやすくする狙いもあるだろう。
Q. 相続税の現状と、今後の資産課税の展望は?
日本の相続税収はバブル期に迫る勢いで増加しており、事実上の「資産課税」としての重要性を増している。バブル期は地価高騰による不動産が主な対象であったが、現在は相続財産の半分以上(約55%)が預貯金や有価証券などの金融資産となっている。流動性の高い金融資産中心となったことで、納税のための資産処分が比較的容易になり、相続税がある種の「資産課税」として機能しやすくなった。

国際的にも富裕層への資産課税の議論は活発である。ヨーロッパでは、保有する資産そのものに毎年課税する「富裕税」が検討されているが、資産評価の難しさなど技術的な課題も多い。アメリカのバイデン政権下では、イーロン・マスクのような超富裕層が保有する未実現の株式含み益に、時価で課税する「時価評価課税」の導入が提案された(成立には至らず)。日本のトップアップ税も、所得税の枠組み内で資産の偏在に対応しようとする、こうした国際的な流れの一環と捉えることができる。
相続税は、故人が生涯で使い残した所得に対する最後の精算とも考えられるため、今後も富の再分配機能としてその重要性は高まる可能性がある。
Q. グローバル化が進む中で、富裕層の税逃れ対策は進んでいるのか?
グローバル化が進む一方で、税金だけを理由に海外に移住し、税逃れをするという時代の流れは変わりつつある。2017年から始まった国際的な銀行口座情報の自動交換に加え、今後は暗号資産もその対象となる。本人確認(KYC: Know Your Customer)の厳格化が世界中で進み、誰の所得がどこにあるかといった情報把握が飛躍的に容易になったからである。
アメリカには脱税の内部告発者に対し、徴収できた税額の最大3割を報奨金として支払う「密告制度」まで存在するという。これは、富裕層が公平に納税しているという信頼感が、税制全体の維持に不可欠であるとの考えが背景にある。このような国際的な包囲網の強化により、税金だけを見て有利な国へ安易に移動できる時代は終わりを迎えつつあると言える。
今後は、各国が自国の実情に合った公平な税制を設計しやすくなるとともに、事業活動や研究開発のしやすさといった本質的な魅力が、人材獲得の鍵となるだろう。
Q. 日本は海外の富裕層に選ばれる国としてどう評価されているか?
意外なことに、日本は海外の富裕層から移住先として高く評価されている。ある調査では、富裕層が移住したい国のトップ10に日本がランクインしているという。その魅力の要因は、税金の多寡だけでなく、「治安の良さ」や「質の高い医療へのアクセス」といった生活環境が非常に優れている点にある。日本のデジタルノマドビザの導入なども、この傾向をさらに後押ししている。
こうした海外の優秀な人材や富裕層を惹きつけ、彼らが日本で適切に納税することは、国の税収増にも繋がり、経済を活性化させる好ましい流れである。公平な税制を整備しても、国そのものが持つ魅力が高ければ、富裕層や優秀な人材を惹きつけ続けることは十分に可能であるという示唆だ。これは人口減少に悩む日本にとって、重要な展望と言えるだろう。