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ロレアルはなぜ独り勝ちなのか?
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2025年12月8日

過去最高の赤字を見込む資生堂。独り勝ち状態が続くロレアル。今、世界の化粧品市場ではどんな地殻変動が起きているのか?財務戦略アドバイザーの田中慎一氏に、化粧品業界の競争地図を分析してもらった。 ▼プロフィール 田中慎一|財務戦略アドバイザー インテグリティ代表 慶応義塾大学経済学部卒業後、監査法人太...
化粧品業界の変革期におけるロレアルの強みと資生堂が直面する課題
化粧品業界は今、激しい構造変化のただ中にある。かつては高収益を誇った世界的ブランドも、軒並み苦境に陥っているのが現状だ。
しかし、その中で異次元の成長を遂げ、「一人勝ち」を続ける企業がある。それがフランスの化粧品大手ロレアルである。
本稿では、なぜロレアルだけが勝ち続けているのか、そして日本の化粧品最大手である資生堂が抱える課題を、客観的なデータと要因分析から解き明かす。
Q. 世界的な化粧品大手の多くが苦戦する状況とは何か?
資生堂のみならず、エスティローダー、アモーレパシフィック、P&Gといった世界の主要化粧品メーカーは軒並み苦戦を強いられている。
エスティローダーは2022年をピークに売上が急落し、直近では営業赤字に転落した。これは同社がかつて誇った「北米・欧州・アジアで3分の1ずつ」というバランスの取れた地域ポートフォリオが、中国市場の失速で裏目に出た結果である。

特に利益率の高いスキンケア分野で、新興ブランドにシェアを奪われたことが大きい。韓国のアモーレパシフィックやP&Gの化粧品部門も、依然として高い利益率は維持しつつも、成長の鈍化や利益率の低下に直面している。
Q. なぜロレアルは業界全体が苦しむ中で突出した成長を遂げているのか?
ロレアルはまさに「別世界で生きる生き物」と言えるほどの成長を続けている。過去10年で売上を倍増させ、パンデミックによる一時的な落ち込みからもV字回復を通り越してさらにパワーアップした。

直近の売上高は1.2兆円にも達し、資生堂の全社売上高約9900億円を純利益だけで上回る。営業利益率も20%と極めて高く、全ての事業セグメントで高い収益性を維持している点も特徴だ。
プロ向け、一般消費者向け、高級ライン、そして特に急成長中のダーマコスメティクスに至るまで、全方位でバランスよく利益を上げている。特定の市場や商品に依存しない盤石な事業構造が、その圧倒的な強さを支える。
Q. ロレアルの「ダーマ」事業の驚異的な成長とその背景とは何か?
ロレアルの皮膚科学に基づく「ダーマコスメティクス」事業は、現在進行中の業界構造変化を象徴する存在である。
このセグメントは、パンデミック下の「巣ごもり美容」需要を捉え、爆発的に成長した。自宅で肌の手入れをする消費者が増加し、高価な美容液ではなく、効果と安全性を重視したミドルレンジのダーマコスメティクスが支持されたのだ。

この事業単体で資生堂の全社売上をも超える規模(直近で1.2兆円)に達しており、ロレアルの先見性と市場への素早い対応力を示している。
興味深いことに、資生堂がダーマに着目した1997年よりも遥か以前の1989年には、ロレアルは既にラ ロッシュ ポゼなどの有力ダーマブランドを買収し、長期的に育成していた実績がある。
Q. ロレアルが時代の変化に素早く対応できる組織的強みとは何か?
ロレアルの強みの一つは、良い意味での「ミーハーさ」である。経営陣がフランス人で保守的なイメージとは裏腹に、LVMHやエルメスなどと同様に、新しいトレンドやテクノロジーに対して極めてフットワークが軽い特徴がある。
例えば、中国でのライブコマースやTikTokのようなSNSマーケティングに、競合他社が躊躇する中、ロレアルは積極的かつ大規模に投資してきた。結果として、TikTokのフォロワー数でも他社を圧倒する。
また、同社は最初から欧米市場を主要ターゲットとし、中国市場への依存度をわずか13%に抑えていた。他社が中国市場の甘い蜜に引き寄せられる中、このバランス感覚が地政学リスク回避に繋がり、結果的に他社が苦境に陥った要因から距離を置くことができた。
ESG(環境・社会・ガバナンス)への意識の高さも特筆される。ESGの概念が提唱された2004年には、フランスでは既に大きな関心を集めていた。ロレアルもその流れを組み、女性管理職比率5割を達成するなど、日本企業がようやく取り組んでいる課題に遥か前から先行して対応している。これが長期的な企業価値向上に寄与していることは明らかだ。
Q. 資生堂が現在抱える主要な経営課題とは何か?
資生堂は数々の改革を行ってきたにもかかわらず、固定費が重い体質が改善されていない。特に生産性の低さは深刻な課題である。従業員一人当たり営業利益は110万円に留まり、ロレアルの1600万円と比較すると、その差は約15倍にも及ぶ。

売上や利益規模に対して人員数が多すぎる可能性があり、これまでのリストラだけでは根本的な改革には至っていない。
また、ブランドイメージの陳腐化と顧客層の高齢化も深刻だ。「お母さんが使っていた化粧品」というイメージが定着し、若年層への訴求に失敗している。パナソニックのような事例と同様に、新規顧客の獲得が進まず、将来の成長性が懸念される。
意思決定層における多様性の欠如も問題視される。商品の主要顧客層が女性であるにもかかわらず、主要なポジションや経営陣の多くを男性が占めているため、市場のニーズや変化に対する感度が鈍くなる。
過去のM&A戦略にも課題が見られる。アメリカのベアエッセンシャルなどの海外ブランドを高値で買収し、巨額の減損損失を計上した経験がある。これは「見逃すことへの恐怖」(FOMO)から冷静な判断を欠き、戦略的な目利きができていなかったことを示唆する。
Q. 資生堂が再び成長軌道に乗るためにはどのような選択肢が考えられるか?
資生堂が持続的な成長を実現するためには、抜本的な変革が必要となる。長期的な視点でのブランド育成と、市場の短期的な変化への迅速な対応力、この両方を兼ね備える必要がある。
短期的な利益改善を目的としたプロ経営者による改革には限界があり、長期的な視点を持つガバナンスへの移行が重要となる。
一つの可能性として、ロシュ傘下で大きく成長した中外製薬の例に倣い、ロレアルのような巨大なグローバル資本の傘下に入るという選択肢も考えられる。
ロレアルの研究開発力や世界的な販売網、ブランド育成ノウハウを活用することで、資生堂ブランドの潜在能力を最大限に引き出し、従業員のモチベーション向上や新たな成長機会の創出に繋がる可能性がある。これは日本の多くの伝統企業にとっても、構造改革の一つのモデルケースとなるだろう。