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資生堂はなぜ苦戦しているのか?化粧品市場の地殻変動
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2025年12月7日

過去最高の赤字を見込む資生堂。独り勝ち状態が続くロレアル。今、世界の化粧品市場ではどんな地殻変動が起きているのか?財務戦略アドバイザーの田中慎一氏に、化粧品業界の競争地図を分析してもらった。 ▼プロフィール 田中慎一|財務戦略アドバイザー インテグリティ代表 慶応義塾大学経済学部卒業後、監査法人太...
資生堂の苦境を深掘り:市場の変化と構造的な問題、そして王者の戦略
日本のビューティー業界を牽引してきた資生堂が、現在深刻な苦境に直面している。リストラの加速、業績悪化、そして中期経営計画の未達は、同社が抱える根深い構造的問題と、急速に変化するグローバル市場の地殻変動に起因すると考えられる。
本稿では、財務分析を通じて資生堂の現状と過去の経営課題を詳細に解説。さらに、中国市場への過度な依存がもたらしたリスクや、消費者の価値観の変化に伴う業界全体のメガトレンドを考察する。王者ロレアルとの比較から見えてくるのは、資生堂が早急に取り組むべき課題と、持続的成長のための戦略的な方向性である。

Q. 資生堂の足元の業績はどのくらい悪化しているのか?
資生堂は2024年度の通期で最終赤字の見込みを示しており、前期に続き2期連続の赤字決算となる見通しである。営業利益も激減し、メディアからは「どうした資生堂」という論調が強い。これはIFRSに基づく構造改革費用やのれんの減損損失といった特別損失が嵩んでいる結果である。本業のコア営業利益は黒字を維持しているものの、赤字体質が固定化する兆しを見せており、今後の株価への影響も懸念されている。

かつてパンデミック前には順調に推移し1兆円を超える売上高を記録していたが、現在は1兆円を下回る水準で推移する。営業利益、最終利益ともに2019年をピークに急落しており、収益性の低い構造が明らかになっている。
Q. 魚谷体制下の資生堂はどのような経営課題に直面してきたのか?
魚谷社長が2014年6月に就任して以来、資生堂はこの10年間、毎年巨額な構造改革費用やのれんの減損損失を計上し、過去の事業投資の「膿出し」に追われてきた。例えば、2010年に約1800億円で買収したアメリカのベアエッセンシャル社は、2017年に減損処理が行われ、最終的には2021年に主要ブランドが譲渡された。同様に、2016年のドルチェ&ガッバーナとのライセンス契約も、5年後の2021年には契約が解消されている。
これらのM&A失敗に加え、2022年には「TSUBAKI」などを含むパーソナルケア事業の日用品ブランド群を譲渡した。これは収益性の高いプレステージ領域に経営資源を集中させる戦略であったが、結果的に一般消費者との接点を失い、批判の声も挙がった。
近年では、2019年に買収したクリーンビューティーブランドのドランクエレファントでも計画未達が生じ、2025年には減損損失の計上が予想されている。化粧品ビジネスは参入障壁が低く、流行の変化が速いため、M&Aによるブランド獲得の難しさを資生堂は繰り返し経験している状況にある。
Q. なぜ中国市場への過度な依存が資生堂のアキレス腱になったのか?
資生堂の売上高の地域構成を見ると、中国本土が約25%を占め、免税店事業(トラベルリテール)が約11%である。このトラベルリテールは実質的に中国市場に支えられていたため、合計すると売上全体の約36%が中国市場に依存していた。

この過度な依存は、中国政府による「代購」(代理購入)に対する規制強化によって致命傷を負った。免税店で大量購入し、中国国内で転売するビジネスモデルが成り立たなくなったことで、かつて25%の高い営業利益率を誇ったトラベルリテール事業はわずか5%まで落ち込んだ。
中国市場の急成長期には「一本足打法」として機能したが、その失速とともに資生堂の脆弱な収益構造が露呈した形である。中国における販売網を通じて利益を最大化する戦略が得意ではなかった資生堂にとって、特定の市場への過度な集中は大きなリスクとなった。
Q. 化粧品業界全体で今どのような「地殻変動」が起きているのか?
化粧品業界では、以下3つの大きな地殻変動が進行している。これらの変化は、従来の化粧品ビジネスモデルを根底から揺るがすものである。
第一に、「C-Beauty」の台頭がある。自動車業界におけるBYDのように、ライブコマースを武器にした中国発の化粧品ブランド(例:フローラシス、パーフェクトダイアリー)が急速に力をつけている。かつて日本の化粧品が席巻した中国市場において、国産ブランドへの回帰が進み、日本企業にとっては新たな脅威となっている。彼らは日本に旗艦店を出すなど、積極的に海外展開も進める。
第二に、美容医療の浸透が挙げられる。高価な美容クリームで時間をかけて効果を出すよりも、ヒアルロン酸注射やボトックス、ハイフなどの「プチ整形」によって短時間で効果を得る選択肢が広がっている。特に若い世代では美容医療に対する抵抗感が薄れており、この動きは従来のハイエンド化粧品市場を侵食しつつある。
第三に、消費者の価値観が「情緒価値」から「機能価値」へとシフトしている。かつての化粧品はブランドイメージや憧れといった情緒的な価値が重視されたが、現在は皮膚科学に基づいた科学的エビデンスや明確な機能性が求められている。このトレンドを捉えた「ダーマコスメ」市場が急成長を遂げ、薬局や皮膚科を販売チャネルとするブランドが強みを発揮する。
AIが感情やブランドを忖度せず、機能や効果のみで商品を評価する時代において、情緒的な価値だけに頼るブランドは淘汰されるリスクを孕む。資生堂も1997年から「dプログラム」としてダーマ分野に着手していたが、これをマス市場へと成長させきれなかった課題が指摘される。
Q. 化粧品業界の王者ロレアルは、資生堂と何が違うのか?
化粧品業界の王者ロレアルは、この地殻変動の只中において、資生堂とは対照的に成長を続けている。ロレアルの強みは、地域ポートフォリオのバランスと圧倒的な投資力にある。

ロレアルの北アジア(中国含む)への依存度は約13%と資生堂よりも低く、特定市場へのリスクを分散できている。また、科学的エビデンスが重視される現代において、研究開発への投資規模は極めて重要である。ロレアルは年間約2500億円を研究開発に投じているのに対し、資生堂は約270億円にとどまり、約10倍の差がある。この投資規模の差は、今後の製品開発力や市場競争力に絶望的な影響を与えかねない。
さらに、従業員一人当たりの生産性にも大きな差がある。資生堂の一人当たり売上高が約3100万円に対しロレアルは約8200万円、一人当たり営業利益では資生堂が約110万円に対しロレアルは約1600万円と、約10倍以上の隔たりがある。これは資生堂の抱える「固定費の重さ」という構造的問題の根深さを示唆しており、抜本的な体質改善が不可欠であることを物語っている。