PIVOT TALK MONEY
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2025年12月12日

現在の基軸通貨である米ドル。その地位と影響力はこれからも安泰なのか?それともドルに変わる新たな「覇権通貨」が生まれるのか?基軸通貨の歴史を紐解きながら、東京大学大学院客員教授の宮崎成人氏に聞いた。 ▼プロフィール 宮崎成人|東京大学大学院 客員教授 1984年大蔵省(現・財務省)入省。主計官、国際...
現在の日本円は、歴史的な円安の局面に立っている。この状況は「強いドル」の反映ではない。世界的にはアメリカ経済の課題を背景とした「ドル安」が進行しており、その中で円はさらに弱いという複雑な現実がある。
過去に最強通貨の座にあったポンドの興亡、そしてそれを教訓に世界の中心となったドルの軌跡は、現代の通貨が抱える課題を浮き彫りにする。通貨の力は何によって決定され、覇権はどのように維持されるのか。そして、日本円の未来はどこにあるのか。東京大学大学院 客員教授の宮崎成人氏に聞いた。

為替レートの強弱を測るには、特定の通貨ペアの名目値だけでなく、インフレ率を考慮した「実質実効為替レート」で見る必要がある。この指標が示す現在の円の価値は、変動相場制に移行した1971年以来、およそ50年ぶりの歴史的な安値水準にある。つまり、単なる「ドル高」としてではなく、円自体の実力が非常に弱まっていると認識すべきである。

この歴史的な円安は、金融市場の単なる変動以上の構造的な問題を内包している可能性がある。戦後稀に見る水準であり、日本経済の競争力や国際的地位の変化を映し出しているとも解釈できる。
かつての最強通貨ポンドは、金に裏付けられた「金本位制」と、大英帝国の圧倒的な経済力、軍事力、金融市場(シティ)の成熟度によって強固な信頼を得ていた。通貨の強さは経済力のみならず、国の信用力全体によって決まることを歴史は物語る。
しかし、第一次世界大戦によりイギリスの国力は疲弊し、経済は破綻状態に陥る。この状況下で、戦前のポンドの威信に固執した政府は、経済実態に見合わない高レートで金本位制に復帰した。硬直的な金本位制のもと、景気悪化への柔軟な金融政策が阻害され、長期不況へと繋がった。成功体験に囚われシステムに固執した結果、ポンドはその輝きを失ったのだ。
第一次世界大戦で欧州が疲弊する中、本土が無傷であったアメリカは「ラストマン・スタンディング」として台頭し、世界最大の経済大国および債権国となった。続く世界大恐慌では、ポンドが金本位制に固執して滅んだ歴史を学び、ルーズベルト大統領は即座に金本位制を停止し、柔軟な経済政策への道を開いた。

さらに戦後、アメリカ主導で「ブレトンウッズ体制」が構築された。これはドルと金をリンクさせ、各国通貨をドルに固定する「ドル金本位制」であり、ドルは法的に世界の基軸通貨としての地位を得た。加えて、多くの先進国が為替レートの固定を諦め、独立した金融政策と自由な資本移動を優先する「国際金融のトリレンマ」の法則をアメリカは巧妙に乗りこなした。
「基軸通貨」は、ブレトンウッズ体制のように国際的な制度によって法的に中心的な役割が保証された通貨を指す。一方、現在のドルは「覇権通貨」と呼ばれる。ブレトンウッズ体制の崩壊でシステムに裏打ちされた基軸通貨としてのドルは一度死んだものの、その圧倒的な利便性と信用力から、制度的裏付けがないまま「事実上の世界標準」として復活したのだ。
この覇権通貨の地位は、アメリカに自国通貨を際限なく発行できる「法外な特権」をもたらし、貿易赤字や財政赤字を他国からの信認でファイナンスできるメリットを享受させている。しかしその裏返しとして、財政規律が失われやすく、過剰なドル供給が国内経済のひずみを招き、結果として自国産業の競争力を低下させるというデメリットも生んでいる。
日本から見た「円安・ドル高」という視点とは裏腹に、世界的には「ドル安」が進行している。この原因は、アメリカの大規模な財政支出と金融緩和、特にコロナ禍以降の過剰なドル供給にある。市場にドルが溢れかえることで希少価値が薄まり、価格、すなわちドルの価値が低下しているのだ。
アメリカの財政は、巨額の対外債務を抱えながらも、政治的な要因から容易に引き締められない状態にある。この「財政拡張バイアス」は、ドルの信任を内部から侵食し、長期的な価値下落圧力となり得る。なお、人民元は厳格な資本規制が存在するため、デジタル通貨も決済手段としては不安定で、現時点ではドルに代わる主要な代替通貨とはなり得ない。
ドル覇権を脅かす最大の要因は、ライバル通貨の台頭ではなく「アメリカの政策に対する国際的な信頼の喪失」にある。経済制裁の乱用は、他国に「いつ自分たちに影響が及ぶかわからない」という不安を与え、「ドル離れ」を促す危険性を孕んでいる。ロシアやイランなどが人民元建てでの取引を増やす背景には、そうした対米不信の兆しが見え隠れする。

日本はかつて「円の国際化」を目指したが、これは残念ながら不成功に終わった。その最大の理由は、経済的な長期停滞と、アジアにおける中国経済の台頭により、日本が地域の経済的リーダーとしての魅力を失ったためである。国の経済力と成長性、そしてそれに伴う国際的な求心力がなければ、その国の通貨が他国に選ばれることはない。
日本経済が再び国際的な存在感を放つには、生産性の向上が不可欠だ。その鍵を握るのは、国内の人的資源を最適化することである。賃金や成長の見込めない分野から、ITやイノベーションなど、より生産性の高い成長分野へ人材がスムーズに移動できるような社会構造と政策を実現することが、日本円の国際的な復権に向けた唯一の道である。