ビジネス虎の巻
大手チェーンを出し抜く経営戦略【大塚朝之】
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2025年11月26日

コーヒービジネスを起業する竹内由恵がスモールビジネスのノウハウを学ぶ第二弾。竹内自身が目標と掲げる猿田彦珈琲の創業者・大塚朝之が出演。スターバックスら大手チェーン店との差別化戦略を語る <出演者> 竹内由恵(renag coffee代表/フリーアナウンサー) https://note.com/re...
猿田彦珈琲の成功戦略: 「じわじわ作戦」で模倣困難な独自性を築く
一時のブームに終わらず、着実にファンを増やし続ける猿田彦珈琲。その成長の裏には、従来のコーヒーチェーンとは一線を画す、独自の経営哲学と戦略があった。大手チェーンが模倣困難なそのアプローチと、創業者・大塚朝之氏が語るビジョンについて解説する。
Q. 猿田彦珈琲が急成長した背景にある独自の戦略とは何だろうか?
猿田彦珈琲の成長を象徴するのが「じわじわ作戦」という独自の戦略だ。これは瞬間的なブームを作るのではなく、時間をかけて徐々に市場に浸透し、認知度を高めていく手法である。明確な事業計画を立てず、むしろ「来年の出店は5件か7件か8件」といった曖昧さを持つ点が特徴だ。このような予測不能な戦略は、緻密なデータ分析に基づいて展開される大手チェーンにとって、模倣や対策が極めて困難な参入障壁となる。資金が限られる中小企業にとって、目の前の課題に集中し、柔軟に経営判断を下すこの戦法は、持続的な成長を可能にする有効なアプローチだと言えるだろう。
Q. 品質を維持しながら多店舗展開を可能にする秘訣はどこにあるのだろうか?
猿田彦珈琲が品質を落とすことなく事業を拡大できた理由は、他社の追随を許さない「愚直な努力」にある。創業者の大塚氏は、自身が売れない役者だった時代に、売れている人々が並外れた努力をしていた現実を痛感し、その経験が現在の経営に活きていると語る。この圧倒的な熱量と真摯な努力は、同じ志を持つ優秀な人材を引き寄せ、品質向上への組織的なコミットメントを強固にしている。社員教育に関しても積極的に投資し、高い専門性とホスピタリティを兼ね備えたスタッフが顧客体験の質を支えているのだ。平均年齢23歳という若い組織は、コーヒー業界の「登竜門」として機能し、情熱を持った若者が集まる文化を形成している。
Q. 従業員のモチベーションを維持し、強力な組織文化を育む上で最も重視していることは何だろうか?
猿田彦珈琲は、大手チェーンが導入する「自己肯定ビジネス」とは異なる独自の組織哲学を持つ。自己肯定ビジネスとは、従業員の自尊心を満たす報酬や評価によってモチベーションを向上させる仕組みだ。これに対し、猿田彦は脳科学者・中野信子の著書にもある「利他的な行動こそが自己肯定感を高める」という考えを基盤に据える。つまり、仲間のため、お客様のため、コーヒーのためという利他の精神に基づく行動が、結果的に自身の成長と自信につながるという文化だ。さらに、共通の目標としてコーヒーの競技会への挑戦を掲げている。大会への多額の投資は、単なるスキルアップだけでなく、勝敗の感情を共有する機会となり、資金だけでは得られない強いチームの結束を生み出している。これにより、従業員は仕事に高い意味を見出し、長期的に組織に貢献する動機を持つ。
Q. 店舗拡大がコーヒー豆の品質向上に寄与するとはどういうことだろうか?
コーヒーの品質は、「生豆の買い付け」「焙煎」「抽出」の三つの軸で決まるが、その中でも生豆のポテンシャルが最も重要だ。猿田彦珈琲は、店舗を拡大し、コンテナ単位でコーヒー豆を大量購入することで、生産農園との強固な信頼関係を築いている。この関係は単に価格を抑えるためではなく、安定した大量購入を通じて「この顧客になら良質な豆を優先的に回そう」という農園側の心理を生む。スペシャリティコーヒーの世界では、生産者の生活を尊重し、安易な値下げをしない暗黙の了解があるため、大量取引が直接的な値引きに繋がることは少ない。しかし、信頼に基づく優先的なアクセスにより、より割安で高品質な豆を安定して手に入れることが可能となり、結果として顧客に「ワンコインで良質なコーヒー」を提供できる好循環を生み出している。
Q. 猿田彦珈琲は他社が模倣しづらい独自のビジネスモデルをどのように確立しているのだろうか?
多くの専門店が高価格帯商品で利益を追求する中で、猿田彦珈琲はあえて「ワンコイン」という低価格帯商品が売上を支える薄利多売モデルを採用している。これは多くの顧客を惹きつけなければ赤字に陥るというハイリスクな戦略だが、成功すれば他社が模倣できない強固な参入障壁となる。COVID-19パンデミック時には大赤字に直面し、金融機関から社長辞任を迫られるほどの危機に陥ったが、この窮地を高級スーパーへの卸売りという新たな活路を開くことで乗り越えた。また、俳優業で培った「他者にどう見られるか」を客観視する能力が、ブランドイメージの一貫性を保つ上で役立っている。「コーヒー屋がカツ丼を売ってはならない」というアドバイスのように、ブランドの本質から逸脱しない姿勢は徹底しているが、同時にコカ・コーラとの協業といった常識破りの挑戦も恐れない。この攻守の絶妙なバランスこそが、猿田彦珈琲の模倣困難な独自性を支えている。
Q. 店舗デザインにおいて、一流デザイナーへの依頼と低予算での実験、この二極をどのように両立させているのだろうか?
商業施設への出店では、提示されるマーケット情報を鵜呑みにせず、独自に調査・分析を行う。その上で、最終的には不確実性を受け入れ、勇気を持って決断している。特に御茶ノ水駅や淀屋橋店といった旗艦店舗のデザインは、虎屋の赤坂店などを手掛ける著名建築家・内藤廣氏に全面的に任せている。一流のプロの知見を最大限に尊重することで、ブランド価値を高める空間を実現する。しかし、その一方で「低予算で魅力的な店を作る」という実験も同時に追求する。ホームセンターで安価な材料を探すなど、世界の様々な店舗からインスピレーションを受け、低コストながらも個性を放つ店舗づくりのアイデアを模索している。この高価格帯と低価格帯のデザインの両極を探求する姿勢が、猿田彦珈琲の多様で魅力的な店舗展開の源泉となっている。
Q. 「美味しいコーヒー」だけでは顧客を惹きつけられない時代に、コーヒー業界の未来をどう見ているのだろうか?
「美味しければ売れる」という考えはもはや前提に過ぎず、顧客が求めるのは味覚を超えた「体験価値」だと大塚氏は語る。「このコーヒーを飲むと一日元気に過ごせる」といった感情的な価値が重要であり、顧客はそれが提供されることで、他にはない唯一無二の存在としてそのコーヒーを選ぶようになる。日本においてEC(オンライン販売)はまだコーヒー豆販売のメインストリームではないが、もし「ECでコーヒー豆を買う」文化が根付けば、業界の「ゲームチェンジ」となる大きな可能性を秘めている。店舗での体験とは異なる、ECならではの付加価値、「この人から買いたい」と思わせるような動機付けこそが、オンラインでの成功の鍵だと見ている。決して諦めずに探求を続けることで、新しい時代のコーヒービジネスを創造できると考えているのだ。