PIVOT TALK BUSINESS
賃金が低いのは、経営者の責任だ
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2025年11月24日

株価は上昇しても、日本人の実質賃金はほとんど上がっていない。なぜ日本人の給料は上がらないのか?日本の経営と経営者をどう変えればいいのか?元ネスレ日本CEOの高岡浩三氏に聞いた。 <ゲスト> 高岡浩三|元ネスレ日本 社長兼CEO 1983年神戸大学経営学部卒業後、ネスレ日本に入社。30歳で同社史上最...
日本人の給料が上がらない根本原因を解き明かす:元ネスレCEO高岡浩三が語る課題と未来
過去30年以上にわたり、日本の実質賃金は停滞を続けてきた。これは単なる経済的現象にとどまらず、日本社会全体の活力低下にも繋がっている。一体なぜ、日本人の給料は上がらないのだろうか。
本稿では、元ネスレ日本社長兼CEOである高岡浩三氏の視点に基づき、日本企業の経営マインド、コーポレートガバナンス、歴史的背景、そしてグローバル化・デジタル化への対応といった多角的な側面から、この根深い問題の核心に迫り、未来への変革のヒントを探る。

Q. 日本人の給料が上がらない最大の原因は何ですか?
高岡氏は、日本人の給料が上がらない最大の原因は、日本企業の経営マインドが「利益率」向上に執着していない点にあると指摘する。
欧米企業と比較し、日本の企業は売上やシェアを優先しがちであり、利益をどれだけ生み出せているかという視点が著しく低い。米国企業では利益率1桁は業績不振と見なされることが多いが、日本の企業では7〜8割がこの水準にあるのが現状だ。
賃上げの原資は企業が生み出す利益からしか生まれない。利益率を上げるためには、コストダウンはもちろんのこと、ホワイトカラーの生産性向上や効率的な人員配置など、多角的な改善が不可欠である。利益率が低ければ、企業はコスト負担増を避け、結果的に賃上げを躊躇してしまうのは当然の流れといえる。
Q. 日本企業にグローバル基準の賃上げを実現させるため、政府ができることは何ですか?
政府が直接的に賃上げを法律で義務付けるのは現実的ではないものの、スウェーデンの事例から示唆が得られると高岡氏は語る。
スウェーデンでは、国が業界ごとの黒字企業の平均利益率に基づいて翌年のベースアップ率を決定し、全企業にその適用を義務付けている。これにより、赤字企業は賃上げのプレッシャーを受け、淘汰される仕組みとなっているのだ。
淘汰された企業の労働者は、国の支援によってリスキリング(再教育)を受け、儲かっている企業や成長産業へと再配置される。この循環が産業構造の健全な新陳代謝を促進し、労働者全体の賃金水準向上に繋がる。
日本ではスウェーデンと異なり、産業別の労働組合ではなく企業別の労働組合が主流であるため、一律の賃上げは困難である。しかし、業界団体が既得権益の保護だけでなく、業界全体の利益率向上と賃上げを牽引する役割を担うことで、日本経済全体が大きく変わる可能性があると高岡氏は提言する。
Q. 日本のコーポレートガバナンス改革はなぜ進まないのでしょうか?
日本でもコーポレートガバナンス改革の機運は高まり、社外取締役の増加やPBR(株価純資産倍率)改善への意識が見られるものの、その実態は「まだまだ甘い」と高岡氏は指摘する。

真のコーポレートガバナンスとは、経営と所有が明確に分離され、株主から選任された社外取締役が経営者を厳しく監督する体制を指す。グローバル企業、例えば高岡氏が経験したネスレの取締役会では、独立社外取締役が大多数を占め、しかもそのほとんどが他社の元社長経験者である。
彼らは業績が悪化すれば、躊躇なく社長を解任する権限を持ち、そのプレッシャーこそが経営者の利益への執着を促す。一方、日本では、社外取締役が「お友達」のように機能し、弁護士や会計士、大学教授などが名を連ねるものの、実質的に経営者を監督・交代させる機能が働いていないのが実情である。
次の社長を選出する権限を持つ指名委員会設置会社が、上場企業全体の2%程度に過ぎないという現状も、日本のガバナンス不全を如実に示している。政府がこの指名委員会設置を義務付けることも、ガバナンス改革を加速させる一歩となると考えられる。
Q. 「プロ経営者」が日本に育ちにくい背景には、どのような歴史的経緯がありますか?
日本で「プロ経営者」が定着しにくい問題は、「卵が先か鶏が先か」の議論にも通じる。その背景には、戦後復興期からの日本独自の経済システムがある。
戦後の日本は、外資による企業買収を防ぐため、国民に代わって銀行が企業の主要株主となる「銀行資本主義」が構築された。メインバンクは企業の成長を重視し、稼いだ利益は配当に回さず、設備投資に使うよう促した。このシステムの下では、利益より売上拡大が是とされ、株主総会は形骸化し、経営に規律が生まれなかった。
また、高度経済成長期は、毎年100万人ずつ人口が増え、「作れば売れる」国内市場が存在した。加えて、勤勉で質の高い労働者が安価に存在したことで、日本は「労働力」で欧米に勝利した。この成功体験が、「MBA教育」のような科学的な経営者育成を軽視する土壌を生んだ。欧米が労働力で日本に劣ると見てMBAでエリートを育成したのとは対照的である。
日本企業は長らく終身雇用を維持してきたため、経営者も社内育成が基本であった。しかし、バブル崩壊後、グローバル経営に対応できる真の経営者は育たなかったのが現実だ。外から来たプロ経営者が失敗する例も少なくないが、これは「異質な人材を受け入れない排他的な企業文化」と、失敗した場合に速やかに交代させられないガバナンスの欠如が一因だと高岡氏は指摘する。
Q. グローバル化・デジタル化が進む中で、なぜ日本のビジネス界は遅れを取っているのですか?
スポーツ界や政治の世界がグローバル化とデジタル化の波に乗って大きく変革している一方で、日本のビジネス界は、変化に最も遅れていると高岡氏は警鐘を鳴らす。

スポーツ界では、例えば卓球が国際リーグの設立や、ラリーを長続きさせるための台やボールの規格変更など、テレビ映えやビジネス性を意識した改革が進んだ。外国人監督や選手の招聘も当たり前となり、多様性を取り入れることで競技レベルとビジネス価値を高めている。
政治においても、デジタル化によって有権者と政治家が直接繋がるようになり、情報伝達や監視のあり方が大きく変わった。オールドメディアの意図しない選挙結果(トランプ大統領選など)や、SNSによる政治家への厳しい評価など、政治に対するガバナンスも機能し始めている。
しかし、日本のビジネス界は国内市場の大きさにあぐらをかき、グローバル競争への意識が薄かった。人口600万のスイスやデンマークのような小国が大企業を多数生み出すのは、最初から国内市場だけを見ていないためである。結果として、過去35年間で世界の株価が6〜7倍になったのに比べ、日本の株価の伸びは著しく鈍い。日本のビジネス界は、この世界的な変革の波から最も取り残されており、その認識を持つべきだ。
Q. 「物言う株主」に対して、企業はどのように向き合うべきですか?
日本企業の一部では「ハゲタカファンド」と蔑称されることもある「物言う株主」に対し、高岡氏は「死語である」と断じる。
グローバルな視点で見れば、物言う株主こそが、経営者が気づいていない課題や、着手できていない改革について外部の視点から指摘し、企業価値向上を促す「最も重要な対話相手」である。彼らはしばしば無理難題を突きつけると見られがちだが、その提案には的確な視点が含まれることも多い。
「短期的な利益ばかりを追求する」という批判も日本企業側から聞かれるが、高岡氏はこの言葉に対し、「では、日本の企業は長期的な利益を見て、これまでどれだけ成長してきたのか」と問いかける。

実際には長期的成長を実現できていないのだから、むしろ短期的な利益追求から企業体質を変えていくことの方が重要かもしれない。企業は物言う株主との対話を恐れず、積極的に耳を傾け、前向きなガバナンス改革に繋げるべきだ。
Q. 日本企業が賃上げを実現し、競争力を高めるためには、今後どのような変革が必要ですか?
長きにわたった終身雇用制度が崩壊しつつある今こそ、日本企業が根本的な変革を遂げる絶好の機会だと高岡氏は見ている。
旧来の年功序列型人事から脱却し、高い専門性を持つ人材には相応の報酬を支払う実力主義へと移行することが必要である。外資系企業のように、新卒のホワイトカラーよりも、現場でプロとして働く人に高待遇を与えるような意識改革も求められるだろう。
この変革を主導するのは、他ならぬ「プロの経営者」である。グローバルな視点と強固なガバナンスのもと、従業員の生産性を引き上げ、利益を最大化する経営戦略を果敢に実行するリーダーシップが必要不可欠だ。そして、政府もまた、そうした変革を後押しするリーダーシップを発揮すべき時期に来ているといえる。